2023年3月31日、日本国内で公開された『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』が、同年6月21日にU-NEXTにて配信されることとなった。本作はその聞きなれないタイトルから公開前にそこまで周知されていなかったものの、日本で公開されるとSNSやレビューサイトでの口コミが話題を呼び、高い評価を受けている。
今回はその『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』の下地となっている「TRPG」を含め、ファンタジーをいかに独自の解釈で表現しようと試みたのか。普段ビデオゲームや映画の批評をJiniという名義で寄稿する筆者の立場から考えたい。
本作は主人公・エドガンが恩赦を求めようと身の上話をするところから始まる。曰く、自身は正義の自警団「ハーパー」に所属していたが、自分の妻を敵対する「レッド・ウィザード」に殺された失意から盗人へと零落し、ホルガ、サイモン、フォージらと活動をしていた。その時、ハーパーの砦に死者を蘇らせる「よみがえりの石板」があると知ったエドガンは、妻を蘇らせようと仲間たちと共に砦へ向かうのだが、既に待ち構えていたハーパーによって捕縛され現在に至るのだという。
このように、どこまで嘘か本当かもわからない話を続けるエドガン。その間、遅れてやって来た陪審員の鳥人間(アーラ・コクラ)を見つけるや否や、審判を聞くまでもなく鳥人間に飛びついて高所から脱走を試みる。「え!釈放してやるつもりだったのに!」と陪審員一同は呆れている。
かくして脱獄に成功したエドガンは、投獄中に自分の娘であるキーラが行方不明になっていることに気付く。なんとキーラはかつての仲間フォージに誘拐されており、そもそも自分たちが投獄されたのもフォージと、その背後にいた怪しいウィザードが裏切っていたことも明らかに。かくしてエドガンはかつての仲間であるホルガ、サイモンに、ドルイドのドリックを加えた4人で、キーラ救出の冒険へ旅立つのだった。
このように文字にするとややシリアスな物語に思えるが、内実はよりコミカルだ。冒頭のシーンでさえ、本来であれば極寒の監獄から脱出するという生き死にをかけたシーンなのに、わざわざ鳥人間を捕まえて空から飛び出すという無茶な展開に、誰もがシリアスな設定を忘れてしまうほどだ。
他にも、娘を奪還するキーアイテム「魔法破りの兜」を探すために、かつてそれを持っていた戦士たちの遺体を霊媒するシーンも思わず笑ってしまう。これも本来なら、戦士たちの無念や後悔が際立つ悲しいシーンになるところ、エドガンたちは雑に戦士たちに語り掛け、それを戦士たちも気にもかけないというやり取りに、思わずクスリとくる。なお吹替版ではこの死体の声を、神谷浩史、森川智之、津田健次郎、諏訪部順一といった日本トップクラスの男性声優が演じており、あまりに贅沢な楽屋ネタも必見もとい必聴である。
また本作はただ笑えるだけでなく、その裏で、思わずほっこりするようなハートフルな掛け合いにも満ちている。そもそも4人のパーティメンバーは出自も異なり、価値観も違える。だからこそ、ぶつかる度にお互いを見直し、絆を修復していく過程が見どころになる。特にソーサラーのサイモンが、魔法を習得するのに何度も失敗し、そのたびに落ち込んでいるところを、エドガンの冗談めかした励ましや、ドリックの叱咤激励の中で少しずつ成長していく様子は、ありがちな展開ながらも極めて丁寧な心理描写によって心温まるシーンとなっていた。
このように、本作はベースが王道のファンタジー冒険譚でありながら、笑いあり、涙ありと、人間ドラマとしての温かみも備えており、この点が従来のファンタジー映画と少し違ったテイストを堪能できる。
『オズの魔法使い』であれ、『ハリー・ポッター』であれ、『指輪物語』であれ、ハイ・ファンタジーを基調とする映画の多くは文学を原作にしている。そして文学の多くは作者個人が訴えんとする美しさ、偉大さ、正しさが文体には宿り、そうした魂に揺れ動かされた体験を、ファンタジー映画は映像化しようと試みてきた。
この点で『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』における美意識はやや異なる。そもそも、サブタイトルの「アウトローたちの誇り」(原題では”Honor Among Thieves”)にあるとおり、主人公は言動も少々卑屈であり、弱気な一面もある盗賊で、ファンタジー映画に登場する「勇者」のような特別な能力も勇気もなく、どちらかといえば彼らに蹴散らされる「脇役」に等しい。
こうした対比を象徴化したキャラクターが、物語の序盤から中盤にかけて登場する、パラディンのゼンクだ。ゼンクは人格、能力、振る舞いどこをとっても「勇者」そのものであり、嘘も冗談も一切用いない言動や、ハーパーの一員である立場も含め、主人公エドガンとは対照的な人物だ。事実、ゼンクと出会ってまもない頃のエドガンは対抗心をあからさまに燃やす一方で、ゼンクの勇者らしい剣術や良識にエドガンたちは助けられてばかり、というコミカルな展開が続く。
しかし、本作においてゼンクは「勇者」ゆえに脇役なのだ。勇者としてエドガンたちの道を拓いてきたゼンクは、物語の中盤で「この先はお前たちだけで行け」と自ら道を退く。そしてエドガンはこのゼンクの姿勢に影響を受け、弱気だった自分を奮闘させる。そして最後の決戦に向かう道のりは、エドガン一行の手に委ねられるのだ。
本作はユーモアやハートフルな展開が印象深いが、ゼンクの存在を考慮すると、むしろ既存の王道ファンタジー映画に対するアンチテーゼとしての側面も浮かび上がる。本来であれば脇役にいてもおかしくない小悪党らしい主人公だが、そんな彼と仲間たちだからこそ人間らしい痛みや苦しみを乗り越えいき、その姿に現実を生きる我々も共感できるのではないだろうか。
このようにファンタジー映画としてはやや異色の出来となった本作。この背景には、既にタイトルからご存知の方も多いように、本作が原作とするのが小説や劇ではなく「TRPG」というゲームだという点がある。
TRPGとは、テーブルトップ・ロールプレイングゲームの略で、1970年代から現代まで遊ばれてきたテーブルゲームの一種だ。その特徴はプレイヤー間の「演技(ロールプレイ)」にあり、まず既にあるルールブックをもとにゲームマスター(GM、あるいはダンジョンマスター、DMとも)がゲームを進行し、その進行に準じて複数人のプレイヤーがそれぞれの役になりきり、困難を乗り越えたり目標を達成するというものだ。
映画のタイトルにもある『ダンジョンズ&ドラゴンズ』はこのTRPGの中でも最古にして現在も遊ばれる古典的なもので、実は本作における地名などの設定もこの原作から流用されている点がいくつかある。例えば「ハーパー」「アンダーダーク」、また種族の設定なども本作に依拠している。
TRPGの魅力は多岐にわたるが、その一つは物語の結末はおろか、その過程や倫理まで一切がシナリオの作者ではなく、GMとプレイヤーに委ねられている点だろう。用意されたルールブックはあくまで指標となる基準であって、原則、GMがそれも良しとすれば成立するのがTRPGだ。つまり物語の可能性はセッションごとに存在している。
ここで興味深いのが、ともすれば「失敗」もこの「可能性」の一つであることだ。TRPGは主にGMが進行するが、プレイヤーたちの意思決定の成否はダイスを振って決める。つまり運次第だ。これにより、簡単そうに見えたダンジョン探索が失敗に終わったり、ともすればGMが物語の展開自体に失敗してグダグダになってしまうこともある(多くのGMは最終的に物語の帳尻を合わせようと工夫するが)。これは機械的に処理するビデオゲームのRPGと、人間とダイスで処理する本来のRPGの大きな違いだ。
ところが、この失敗こそがTRPGの醍醐味と考える人は少なくない。予想だにしない失敗があるからこそ、意思決定に緊張感が生まれ、セッションを共にするプレイヤーと達成感を分かち合う。また物語の運びがあまりうまくいかないからこそ、むしろ現実的な物語として共感しやすいものとなり、自分たちの生活に照らして思い出深いものになる。
そう、実は『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』のユーモアでハートフルな盗賊たちの冒険は、まさにこのTRPGが持つダイスと人間の、失敗を含めた偶発的そのものなのだ。実は映画の各シーンをよく見ると、あたかも実際にエドガンたち(厳密にはエドガンを演ずるプレイヤー)がTRPGをプレイしているのではないか、というシーンが多数登場する。通常であれば敵を倒して進むシーンで敗走したり、逆に絶体絶命を冗談みたいな方法で乗り切ったり。それこそ冒頭の脱獄シーンで、鳥人間に捕まって脱獄する背後で陪審員が「釈放するつもりだったのに!」と憤るシーンは、プレイヤーとGMのやり取りがすれ違ってしまったかのように思える。
プロダクションノートによれば、本作の撮影前にキャスト全員と監督たちで実際に『D&D』のセッションを4~5時間かけて行ったという。プロデューサーのレイチャムはセッションを通じ「お互いを知り、それぞれのユーモアのセンスを理解し、お互いのタイミングを理解しあった」と語るように、このセッションそのものが物語にも演技にも大きな影響を与えたことは想像に難くない。
このように原作『D&D』の魅力を見事に映像化し、「悪友たち」のファンタジー映画を確立した本作。映画を観たあとは、実際に友達や経験者と『D&D』をプレイして、いかにエドガンたちが綱渡りの判定を成功させ続けてきたか噛み締めるのもいいかもしれない。
『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』
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