大ヒットアニメ「ぼざろ」「フリーレン」の監督・斎藤圭一郎の手腕とは?
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大ヒットアニメ「ぼざろ」「フリーレン」の監督・斎藤圭一郎の手腕とは?

2024.04.08 18:00

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  • 『アブソリュート・デュオ』『ラブライブ!サンシャイン!!』
  • 『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』『アイドルマスター SideM』
  • 『ぼっち・ざ・ろっく!』
  • 『ぼっち・ざ・ろっく!』
  • 『葬送のフリーレン』

今、若手アニメ監督で最も注目されている人物のひとりが、斎藤圭一郎監督です。

まだテレビアニメの監督作品としては2作しかないにも関わらず、『ぼっち・ざ・ろっく!』『葬送のフリーレン』の両作で好評を博し、その手腕を高く評価されています。

今年の夏には、『ぼっち・ざ・ろっく!』の劇場版の公開も控え、さらに注目度が高まっている斎藤圭一郎監督の来歴や魅力に迫ります。

若くして頭角を現す斎藤圭一郎のキャリア

1993年生まれで、京都精華大学マンガ学部アニメーション学科出身の斎藤圭一郎さん。卒業制作での監督作品『イタダキノサキ』で、京都精華大学マンガ学部アニメーション学科卒業制作優秀作品、および第12回吉祥寺アニメーション映画祭優秀賞 / PRODUCTION I.G賞を受賞しています。

同作や他の自主制作アニメは、今も自身のYouTubeチャンネルで公開されているため誰でも視聴可能です。若かりし頃の作品ですが、足し算と引き算の巧みさには、今に通じる作風がはっきり表れていて、「斎藤圭一郎のアニメ作品だ」という印象を強く抱かせます。

商業仕事としては、2014年頃から『アブソリュート・デュオ』や『ラブライブ!サンシャイン!!』の原画や動画制作に参加。

『アブソリュート・デュオ』『ラブライブ!サンシャイン!!』
©2015 柊★たくみ・株式会社KADOKAWA メディアファクトリー刊/アブソリュート・デュオ製作委員会 © 2016 プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!

早くも2016年以降は『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』や『アイドルマスター SideM』などで演出を手掛けました。

『モンスターハンター ストーリーズ RIDE ON』『アイドルマスター SideM』
©CAPCOM/MHST製作委員会 ©BNEI/PROJECT SideM

なお、2022年放送の『ぼっち・ざ・ろっく!』のアニメーションプロデューサー・梅原翔太さんは、自身が制作進行を務める『アイドルマスター SideM』に斎藤圭一郎さんを演出として誘った時からの付き合いであることを公言しています。

その後の活躍は知られている通り、初監督を務めた『ぼっち・ざ・ろっく!』が空前の大ヒット。作中に登場する結束バンドによる曲を集めたアルバムが『オリコン上半期ランキング 2023 作品別売上数部門』の「デジタルアルバムランキング」で1位を獲得。

原作も店頭で品薄となり版元である芳文社が「近年の作品ではトップクラス」とコメントする事態に。続いて手掛けた『葬送のフリーレン』は、日本テレビが異例の「金曜ロードショー」枠で2時間スペシャルとして放送開始した勝負作で、国内外から熱視線を集め、先日最終回を迎えると、“フリーレンロス”のファンが続出し、続編を期待する声が多くあがりました。

斎藤圭一郎の作風やテーマに見る作家性──主人公が仲間との交わりを通して、世界を広げていく

大前提として、アニメは集団制作の賜物であるため、作品から安直に監督の作家性を語ることは難しい媒体です。ただ、全体のテーマや演出方針、そして最後のクオリティコントロールはやはり監督によるところが大きいため、個々の仕事は脚本家やアニメーターの手によるものだとしても、ここでは監督・斎藤圭一郎を語らせてもらいます。

自主制作作品を除いて、テレビアニメの監督作品としてはまだ2作しかない斎藤圭一郎監督ですが、その2作にすでに共通するテーマや作風があり、作家性が垣間見えます。

『ぼっち・ざ・ろっく!』『葬送のフリーレン』に共通するテーマ

まず、『ぼっち・ざ・ろっく!』では、主人公の成長譚が描かれています。「ぼっちちゃん」こと主人公の後藤ひとりは、バンドに憧れてギターの腕を磨き続けるも、内気で人見知りすぎる彼女は友達もできないまま中学を卒業することに。

そしてある偶然から楽器ができる少女たちと出会い、彼女たちとの交流を通して、その才能を開花させながら居場所を見つけ世界への見識を広げていきます。

ぼっちは、誰とも関わらずひたすら腕を磨いてきただけあって、緊張しないシチュエーションにおけるギターの演奏にかけては一流。

『ぼっち・ざ・ろっく!』
©はまじあき/芳文社・アニプレックス

ネット上では一定の評価を得るものの、それだけでは彼女自身の居場所のなさ、承認欲求(より正確に言えばこの場合は所属欲求)は満たされませんでした。

『ぼっち・ざ・ろっく!』は、ギターが上手いだけで欠点だらけのぼっちが、現実の仲間たちと交流し、それを通してバイトや学校という場所と折り合いをつけていく物語です。

『ぼっち・ざ・ろっく!』
©はまじあき/芳文社・アニプレックス

『葬送のフリーレン』のテーマも同様です。

『葬送のフリーレン』
© 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

長命種であるエルフ・フリーレンが、魔王を倒した後の世界でかつての仲間の死を見届け、その弟子たちを引き連れながら仲間たちの生きた足跡を辿る旅をします。

人間の何倍も永く生き、知識や技術には誰よりも長けているフリーレンですが、仲間のこと、人間のことはちっともわかっていませんでした。仲間の死に触れて初めて、その命の儚さと尊さに気付き、これまでとは違う目線で世界を見て周ることになります。

『葬送のフリーレン』
© 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

斎藤圭一郎さんが監督をつとめた2作はともに、世界から孤立したキャラクターが主人公です。彼らはキャラクターとしては未熟で社交性に欠け、それゆえ自分の得意領域をひたすら磨くしかありませんでした。結果的に、その技術の研鑽と幸運とがたまたま重なって、仲間を得ることで自分の世界を拡張していくという、ストーリーになっています。

キャラクター設計や演出に通底しているもの

テーマだけではありません、その作風やキャラクター設計にもやはり通底する作家性が見て取れます。

内閉的で他人への共感性がやや低く冷淡なところもあるのが、ぼっちとフリーレンの特徴です。そのため物語は淡々と展開する場面が多いのですが、「世界に居場所のない自分」という、ともすれば湿っぽくなりかねないテーマなのに、決してそんな印象を抱かせないアニメになっているのは、ギャグテイストが絶妙な塩梅で全体を包んでいるためです。

そうした緩急は、演出面でも活きています。

『ぼっち・ざ・ろっく!』では、例えば日常パートと、生っぽいライブパートとの対比も語らないわけにはいきません。デジタル作画が当たり前のこの時代に、ライブパートでは、モーションキャプチャーから一度擬似3Dに起こした後に手描きするという、非常に凝った手法で制作されています。

『ぼっち・ざ・ろっく!』
©はまじあき/芳文社・アニプレックス

アニメでリアルな演奏シーンの描写は難しく、奏でられる音と演奏者の動きが合っていないことさえあります。しかし本作は、精巧すぎるほどの楽器や演奏描写で話題に。しかも単に生っぽく再現されているだけではなく、ギターヘッド部分から演奏者を見上げるアングルなど、これまでにないカットも含め素晴らしいアニメーションでした。

また、日常パートでも実写やクレイアニメを導入するなど、様々な手法を巧みに組み合わせ、間をたっぷり使った静謐なシーンと随所での尖った演出とのコントラストを効かせています。この緩急が、作品を飽きさせず魅力的なものとしています。

『葬送のフリーレン』はもっとわかりやすく、仲間の死を受け入れる旅を続ける日常パートと、魔王亡き後も各地で暗躍する魔族との苛烈な戦闘パートとが、その緩急に当たります。

漫画ではおそらく意図的に簡略化して描かれている戦闘シーンを、アニメーションではその髪の毛の動きにまで目を奪われるほどのハイクオリティで描き話題になっています。

『葬送のフリーレン』
© 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

『葬送のフリーレン』の日常パートも、漫画ではさらっと描写されがちなシーンを、きちんとアニメーションという連なりとして表現していて、その世界でフリーレンたちが生活していることがよく伝わってきます。そうして、ありふれた、だからこそかけがえのない日常を巧みに描いていて、作品のテーマ性を際立たせる仕上がりになっています。

『葬送のフリーレン』
© 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

シリアスとギャグ、それに静と動という躍動感のコントラストを巧みに使い分ける斎藤圭一郎監督は、間の取り方、音の使い方、そういった演出上の足し算と引き算に優れています。

しかもアニメ監督としては相当若手と言える31歳、まだ商業での監督作品は2作しかないにも関わらず、目の肥えたアニメ視聴者をも唸らせています。

斎藤圭一郎が「原作への理解度がすごすぎる」と言われる所以

これが良い傾向だとは手放しでは思いませんが、原作ものの映像化をヒットさせる条件として、原作をよく理解して別の媒体に再構築する手腕が、現在ますます重要になってきています。

“原作をきちんと解釈して再構築する”という点において、斎藤圭一郎監督は優れています。

『ぼっち・ざ・ろっく!』の公式ガイドブックでのインタビューでは、原作の解釈に関して、原作者を戸惑わせたエピソードが明かされています。

斎藤圭一郎監督が作品のテーマを、「バンド活動を通して、今まで自分の世界しか見えていなかったぼっちが、新たに喜多や虹夏、リョウ達の思いに触れていく事で自分の世界を身近な人たちの領域まで拡張していく成長物語」だと解釈して、構成案とともに覚え書きとして原作者・はまじあきに送ったところ、「これはどういう意味ですか?」という返事が来たと語っています。作者が意図しないあるいは無意識で描いていたテーマを、アニメにする上で斎藤圭一郎監督が抽出したとも言えます。

『ぼっち・ざ・ろっく!』原作はそもそも4コマ漫画で、アニメよりはギャグテイストが多い方だと思います。各エピソードが繋がりを持ち、ストーリー性はあるのですがそれをテレビアニメという連続性のある1本の物語として再構築し、原作の読者をも満足させている理由は、原作への理解度の高さが礎になっているのは間違いないでしょう。

また彼女の成長物語が視聴者にじんわりと説得力をもって伝わるよう、アニメとして丁寧に表現している点も原作の読者に支持されている理由のひとつだと言えるでしょう。。

例えば『ぼっち・ざ・ろっく!』でそれが端的に表れているのは、アニメの最終話である第12話「君に朝が降る」の終盤。

『ぼっち・ざ・ろっく!』
©はまじあき/芳文社・アニプレックス

結束バンドの一大イベントである文化祭ライブ本番を迎えたメンバーたち。ギターの弦が切れるというハプニングにも見舞われたぼっちですが、仲間の手助けもあってなんとか乗り切るのでした。

『ぼっち・ざ・ろっく!』
©はまじあき/芳文社・アニプレックス

しかしその後、一生黒歴史として残るだろう恥ずかしい珍事で呆気なく幕を閉じるのも実に『ぼっち・ざ・ろっく!』らしい緩急ですが、すさまじいのはその後です。

『ぼっち・ざ・ろっく!』
©はまじあき/芳文社・アニプレックス

文化祭ライブが終わり、家族や仲間に支えられながら楽器屋で新しいギターを手に入れ、翌日ぼっちはその新しい相棒を背負って家を出ます。そして最後のED主題歌が流れ終わり、トボトボと静かな道を歩きながら、「今日もバイトかぁ」という彼女のつぶやきで締めくくるのでした。

アニメのラストを、文化祭ライブでの最高潮の盛り上がりで締めるなど、クライマックスを張れるシーンは他にもあったでしょう。しかし本当の最後に持ってきたのは、大して意味のなさそうな独白でした。

多くの人にとっては、ありふれた日常です。しかしぼっちにとっては決して、それは当たり前の景色ではありません。第2話「また明日」ではぼっちが、氷風呂に入ってわざと風邪を引いてまでバイトを休もうとするほど、人との交流を嫌い世界を拒絶してきたことを視聴者は覚えています。

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』という物語を通して、ぼっちあるいは周囲が、劇的に変化したわけではありません。ぼっちが人見知りを克服したわけでも、ポジティブな人間になったわけでもありません。ただぼっちにとって、身体を痛めつけても逃れたかったバイトが、「あー今日もバイトかよだりーなー」くらいの誰にでも覚えのあるありふれた面倒くささに格下げされていることがここでわかります。これが高校生の、人ひとりのリアルな成長物語なのです。

また『葬送のフリーレン』では、第15話「厄介事の匂い」でのダンスシーンが話題になりました。原作では、2Pに収まるほんの数コマのシーンなのですが、ここもやはり、ダンスパートで今度はモーションキャプチャーも入れない全編手描きであることが明かされています。

フリーレンに同道する、かつての仲間たちの弟子同士であるフェルンとシュタルク。魔法使いであるフェルンは普段、お人好しな戦士であるシュタルクにやや理不尽な態度をとる絶妙な関係なのですが、このダンスではシュタルクが力強くフェルンをリードし、不安げだったフェルンの表情もターンするごとに明るくなっていきます。脚本家・演出はじめ現場スタッフの素晴らしい仕事であり、監督の采配、原作への理解度の高さがあってこそ実現したものだと思います。

倍速視聴も当たり前のファスト消費が極まる現代で、丁寧なアニメを世に送り出し続ける斎藤圭一郎監督の次回作に早くも期待がかかります。

なお『ぼっち・ざ・ろっく!』は、劇場総集編が、前編・後編の構成で公開されることが決定しています。2024年春に前編が、2024年夏に後編が上映される予定です。期待を膨らませながら劇場版『ぼっち・ざ・ろっく!』の公開を待ちましょう。

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