【レビュー】映画でもゲームでも味わったことのない『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』だからこその面白さ
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【レビュー】映画でもゲームでも味わったことのない『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』だからこその面白さ

2023.05.10 10:00

4月28日、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(以下、『マリオムービー』が日本で公開された。日本に先んじて公開された北米では3週連続1位を記録し、24日までに全世界の興行収入が1000億円を突破するなど、 早くも世界的に大きな注目を浴びている。

筆者は普段、note「ゲームゼミ」など多方面でビデオゲームに関する執筆・出演を行う傍ら、日常的に映画を鑑賞し、映画評論を書くなど、ビデオゲーム・映画どちらにも強い関心を持っている。今回は、そんな筆者の立場から『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』はどのような点に魅力があったのかを紹介したい。


※以下の内容は作品の一部ネタバレを含みます。


マリオで味わってきた感動の正体


それが1980年代に誕生したことを差し引いても、マリオの世界は実に不思議である。

『スーパーマリオブラザーズ』(1985年)一つとっても、空中にレンガのブロックが浮いているのはまだいいとして、前方から亀(ノコノコ)が二足歩行で歩いてきたかと思えば、それにうっかり触れた途端、主人公のマリオは軽快な音楽と共にたちまち絶命してしまうのだ。しかも絶命したかと思えば、あとマリオは2人残っていると表示されて、すぐ次のゲームが始まる。冷静に考えるととんでもない世界観である。

何と言っても印象的なのは、主人公たるマリオの風貌である。真っ赤な帽子とオールバック、蓄えられた口ひげと、常人の3倍はあろうかという鼻。こんなに個性的な風貌の男が「ゲーム史上、世界で最も知られているゲームキャラクター」としてギネス記録を持っているのだから、ヒーローに容姿はそこまで関係ないのだと考えさせられる。

ではどうしてこれほど不思議で、ともすれば珍妙な世界でありながら、マリオの世界はここまで世界に愛され、親しみを抱かれているのだろうか。

何故なら、実はプレイヤーがゲームに没入し、楽しむための工夫をした結果、このような独特の世界観になっているからだ。例えば、マリオが真っ赤なオーバーオールを着ているのも、これは画面の中でプレイヤーが自分が動かす主人公を一目で認識するためで、鼻や口ひげは、2D画面の中でマリオが左右どちらを向いているのかすぐに判別させる工夫だ。つまり、1980年代の限られた技術の中で、「プレイヤーがゲームに没頭しやすいキャラクターは何か」を突き詰めた結果作られたのがマリオという存在なのである。

社長が訊く『New スーパーマリオブラザーズ Wii』
https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/smnj/vol1/index2.html


他にも、マリオの世界にはこうしたプレイヤーを楽しませる工夫に満ちている。ノコノコは本来は踏みつけや突き上げから一度耐えられる存在として「亀」から着想されたキャラクターだし、ブロックが浮いているのもマリオがジャンプを楽しむためのアスレチックだ(マリオは元々「ジャンプマン」と呼ばれていた)。この世界はすべて、マリオではなくプレイヤーを楽しませるための整合性を考えた世界なのだ。

マリオの世界観は不思議なようで、実はそれぞれ「画面の向こう」にいるプレイヤーのために様々な工夫がされている。これは物語をとっても同じである。実際、マリオのストーリーは結論だけまとめれば「悪者にさらわれた姫を救う」のたった一行で要約できる。これも一見、何ら感動を呼び起こさないありふれた物語だ。

しかし、プレイヤーにとってのストーリーは違う。確かに最終的な結論は「悪者にさらわれた姫を救う」だが、その過程こそが本当の物語なのだ。つまり、1ー1で初めてプレイヤーがマリオを操作し、少しずつ習熟していく喜びや、1-4でキノピオに出迎えられた時の笑い、3-1でハンマーブロスに投げつけられたハンマーの痛み、何よりそれらを一つ一つ乗り越えた時の歓び、高揚、達成感、それらすべてがプレイヤーにとっての「ストーリー」であり、それを演出するための世界がこの奇妙なキノコ王国なのである。

マリオの世界観やストーリーは、一見すると荒唐無稽かもしれない。しかし、そこにプレイヤーがマリオという存在へ没入し、マリオに立ちはだかる障害と対峙し、そうした全てを自分だけの物語として記憶した時、その世界観とストーリーは忘れられない思い出となる。だからこそ、このマリオが映画化すると聞いたときに気になったのは、そんな「ゲームならでは」に満ちた「マリオ」をいかに「映画ならでは」の方法で表現するかだった。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』_サブ1
© 2022 Nintendo and Universal Studios. All Rights Reserved.

丁寧に再現された愉快なキノコ王国

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を鑑賞して最初に驚いたのは、まさにこの奇妙で愉快なキノコ王国が、信じられないほどストレートに映像として再構築されていたことである。

林立する巨大なキノコ、空中に浮いたレンガブロック、どういう生態系なのか全く掴めない生物たちに、当たり前のように熱力学第二法則を無視した土管。映像を成立させるうえで違和感のない最低限のリアリティが維持しながら、依然としてマリオワールドに対するワンダーラストが十全に発揮された「不思議さ」を、映像いっぱいで表現している。

何より驚くべきはその情報量である。ビデオゲームにおける「世界」は常にハードウェア上で演算し続ける性質上、描ける情報量には限界がある。一方『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』では画面を埋め尽くさんばかりにキノコが生えまくり(キノコ嫌いという設定のマリオがゾッとするのも納得だ)、街はキノピオたちでいっぱいになり、クッパ軍団は地平まで覆いつくす。まるで学生向けの定食屋のように、とにかく盛りだくさんの映像が、間髪入れずに流れ込んでくるので、全く退屈しない。

本来、マリオの世界観はあくまでゲームを楽しませるために、それぞれが最適化された世界だった。一見すると珍妙でありながら、実際にマリオを操作していく上で没入し、説得力のある世界として受け入れるものだ。だからこそ、その映像化は困難を極めただろうが、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』においてはこのマリオの世界を絶妙なリアリティラインで再現し、それも洪水のような情報量によって圧倒することで、観る者に全く違和感を持たせない。

その中でも特に映画表現として画期的に思えたのが、作中最大の見せ場である様々なアクションシーンである。「アクションシーン」といったが、実のところ、この映画は大半が何かしらの「アクション」が詰め込まれていて、むしろアクションが少ないシーンを探す方が難しい。

例えば、マリオとルイージが配管工として真面目に働くシーンでさえ、本作はアクションシーンに変えてしまう。2人がブルックリンの街並みを走り、飛び、時にスライディングをする。現場に到着しても、大げさにバルブをレンチで締め上げたかと思ったら、他のパーツがガタガタと揺れ始め、また2人は大騒ぎ。仮に2人が映っていないシーンでさえ、他のキャラクターや無機物でさえ元気よく動き出すのだ。

中でも、ゲーム本編を再現したようないくつかのアスレチックを駆け抜けるシーンは、必見だ。特に驚いたのがテンポである。ゲーム本編において、攻撃やジャンプのテンポは常に一定で、仮にどんな危険(安全)な状況であろうと、そのテンポは変わらない。そうでなければアクションゲームとして成立しないからだ。

しかし、映画となったマリオは違う。すごく遅いパンチも、すさまじいジャブも出せるし、ジャンプした時は4ブロックどころか10ブロック超えるようなジャンプもできる。アスレチックを駆け抜ける時、目にも止まらない速さでブロックを駆け抜けたかと思えば、キラーをよける寸前にはスローモーションになったりもする。マリオがゲームとして成立する上で決められたテンポさえ、本作ではアニメーションなのだからと自由自在にいじくってしまう。

さて、この質・量共に詰め込まれた不可思議なマリオの世界に、ゲームの常識さえも塗り替えた破天荒極まるアクションが加わると、人は何を感じるのだろうか?

そう、めちゃくちゃ「面白い」のである。

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は映画にもかかわらず、観ているだけでまるでゲームを遊んでいるかのような「面白さ」が詰まっている。映画の文法を踏襲しながらも、通常のアニメーションでは想像できないような奇妙な世界に、走る、飛ぶ、戦うというあまりにプリミティブでグルーヴィーなアクション。この明らかに破綻寸前で、無茶苦茶な内容は、実際に見終えると理路整然と、十全十美な作品として完結している。そこで味わう興奮とスリルは、通常の映画でもゲームでも味わったことのない、まさに『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』でしか味わえない「面白さ」なのだ。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』_メイン
© 2022 Nintendo and Universal Studios. All Rights Reserved.


「決して諦めない」ゲームの達成感をそのまま映画で追体験する喜び

このように、ゲームを楽しむために作った「マリオ」のすべてを、圧倒的な映像美とアクションに特化したアニメーションによって見事に映像化した『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』だが、最後に触れたいのが、そのストーリーである。

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の物語を究極的に要約すれば、この一言に尽きるだろう。「諦めなければ、いつかはできる」。言い換えれば、たったこれだけだ。本作の伝えんとするところは決して複雑でも、独特でもなく、むしろ現代となってはあまりにありふれたメッセージと言えるかもしれない。

だがこんな、歯の浮くようなテーマを、あまりにも真摯に、正面から、説得力を持ったまま訴えてくるのが、この映画のすごいところだ。

このテーマを描くうえで、まず本作はとても思い切ったことをしている。それは主人公・マリオの弱さだ。マリオは弱い。世界で最も知られたヒーローとは思えないほど弱い。大体の困難にぶつかれば一度は負けてしまうし、失敗し、挫折しかかる。周囲のピーチ姫や敵キャラクターさえ、あまりの弱さに憐れむほどである。世の中にアクション映画は数あれど、本作ほど主人公が失敗したり、ピンチに陥る場面が多い作品はほとんどないだろう。

だが、その度にマリオは立ち上がる。一度でダメなら、もう一度。この手が通用しないなら、次はあの手を使う。自分よりはるかに強大な敵が相手でも、それを打開する手段は必ずある。もし自分がダメだったとしても、仲間の力を借りればいい。こんなふうに、マリオは失敗する度に立ち上がり、不屈の闘志を燃やす。

そしてこの「マリオ」のあり方は、ビデオゲームにおける「マリオとプレイヤー」の存在そのものだ。ゲーム版のマリオも実はとても弱い。タルに轢かれて即死、足を滑らせて即死、自分で蹴ったノコノコが跳ね返ってきて即死、最弱のクリボーにさえ触れたら即死だ。当時のゲームとしては珍しくなかったものの、こうした即死は全てマリオを操作するプレイヤーの失敗でもあり、その度に悔しさや悲しみもプレイヤーはマリオと分かち合った。

そして、様々な失敗を経た上で、プレイヤーは敵の配置を覚え、マリオの操作にも慣れ、少しずつゲームを踏破していく。ワールド1の攻略もままならなかったはずが、気づけばラスボスのクッパを追い詰めるまで成長する。そうして子どもはマリオから学ぶのだ。「諦めなければ、いつかはできる」と。このテーマは本来、ゲーム原作の「悪者にさらわれた姫を救う」という建前的な物語から、プレイヤーの体験を抜粋したものとも言い換えられるだろう。

なお今は亡き、任天堂の元代表取締役社長の岩田聡は、「マリオ」の魅力を以下のように語っている。

わたしは『マリオ』に代表される
宮本さんたちがつくる一連のアクションゲームを
“体育会系のゲーム”と表現しているんですけど(笑)、
苦労して苦労して苦労して先に進んで
「ああ、もう少しでゴールだ」と思ったところで
ミスをしてしまうんですよね。
すると「さあ、もう1回!」という声が
天から聞こえてくるんですよ。
それで、もう1回チャレンジするんですけど、やっぱりダメで。
でも、そうやって、何度も何度も失敗しながらも
経験がどんどん積み重なっていって、
その結果、クリアしたときの達成感は
ものすごく大きなものになるんですよね。
そこが、“体育会系”なんですよ。

社長が訊く『New スーパーマリオブラザーズ Wii』
https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/smnj/vol1/index5.html


もし、「諦めなければ~」というメッセージを文面だけ提示する映画であれば、本作は陳腐な物語と笑われただろう。逆に主人公が失敗ばかり重ねるだけなら、本作は魅力に欠けた主人公と批判されただろう。だが、この一見陳腐な物語は、マリオのメンタリティと諦めないというメッセージ、そして、そんな努力に応えてくれるような不思議な世界と、見事なアクションによって、本作はまさにゲームで味わう「諦めなければ、いつかはできる」という精神を、映画を観る者の胸に訴えかけてくるのだ。

そしてそれは、実際に世界中の子どもにゲームを通じて「諦めない精神」を訴え続けてきた、宮本茂ら任天堂のスタッフたちがが、映画の大本の企画から世界観、アクションにまで熱心に携わってきたからこそ生ずる、表現力と説得力なのではないかと思う。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』_サブ2
© 2022 Nintendo and Universal Studios. All Rights Reserved.


映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』_KV
© 2022 Nintendo and Universal Studios. All Rights Reserved.

ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー
2023年4月28日(金)全国公開


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