“時間”と“定点観測”という、藤井健太郎の演出術が凝縮されたタイムカプセル番組
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“時間”と“定点観測”という、藤井健太郎の演出術が凝縮されたタイムカプセル番組

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11月27日(水)22時から放送された『淳×ジュニア×有吉 40歳-50歳 ~10年観察~』は、破格のドキュメント・バラエティだった。田村淳、1973年12月4日生まれ。千原ジュニア、1974年3月30日生まれ。有吉弘行、1974年5月31日生まれ。お笑い界のトップ・オブ・トップに君臨する同世代芸人たちを、10年間にわたって密着取材するという、斬新すぎる番組だったのである。

これは、なかなかにハードルの高いプロジェクトだ。企画を心の底から面白がってもらい、プライベートに踏み込んだ長期間取材をOKしてもらう必要がある。三人のうち一人でも不祥事が起きれば、お蔵入りになってしまう危険性もある。そもそも多忙な彼らのスケジュールの合間を縫って、どこまで素の部分に迫れるのかという問題もあった。

企画・演出・プロデューサーを務めたのは、『水曜日のダウンタウン』で知られる藤井健太郎。田村淳とは『クイズ☆タレント名鑑』や『クイズ☆正解は一年後』、千原ジュニアとは『6人のテレビ局員と1人の千原ジュニア』や『あるあるJAPAN』(あくまでジュニアはアシスタントという役割で、MCはまさかのレイザーラモンRG)、有吉弘行とは『オールスター後夜祭』で仕事をしてきた仲間でもある。

これまで培ってきた関係性があるからこそ、「田村淳が40歳を迎える誕生日から、3人全員が50歳となる現在までの10年間を記録する」という、ライフログ的番組を成立させられたのだろう。

番組のヒントとなった『テベ・コンヒーロ』最終回

コンセプトの土台となったのは、2012年の4月から9月まで放送されていた伝説のバラエティ番組『テベ・コンヒーロ』。その最終回として放送されたのが、「淳×ジュニア×有吉“38歳”同い年3人が本音トーク」だった。

これは、お互いの「好き?嫌い?」を予想し合う企画。田村淳は「誕生日会が好き?嫌い?」。千原ジュニアは「オープンカフェが好き?嫌い?」。有吉弘行は「トランプが好き?嫌い?」etc。シンプルにも程がある内容だが、それがコンテンツとして成立しえたのは、同世代ながらも仕事以外ではプライベートで絡むことのない面々だったから。そして彼らは、キャリアも性格も生き方も異なる。

小さい頃から自他共に認める目立ちたがり屋で、若くして『ロンドンハーツ』など数々の冠番組でMCを務め、長年にわたってお笑い界の最前線で活躍してきた田村淳。極端な人見知りのため学校になじめず、兄・せいじに誘われてお笑いの世界に足を踏み入れ、今では天才芸人として多くの後輩から慕われる存在となった千原ジュニア。猿岩石時代に『進め!電波少年』のヒッチハイク企画でブレイクしたものの、その後は一発屋芸人として不遇の日々を過ごし、そこから再ブレイクを果たして『紅白歌合戦』の司会者にまで上り詰めた有吉弘行。

知っているようで、知らない相手。そんな三人の趣味嗜好を垣間見ることができるからこそ、本音トークが活き活きと躍動する。おそらく藤井健太郎には、そのあたりの計算もあったことだろう。ちなみに最後には、もう一人の同世代芸人レイザーラモンRGが登場し、「38歳あるある」を熱唱する場面があるのだが、それも最高 of 最高なので是非チェックしてみてください。

三者三様の10年間

今回放送された『淳×ジュニア×有吉 40歳-50歳 ~10年観察~』は、番組そのものを「淳×ジュニア×有吉“38歳”同い年3人が本音トーク」に寄せている。赤い三角形の台に定点カメラが設置されたセット・デザインが完全に同一だし、スタジオの進行を務める声の主が、枡田絵理奈元TBSアナウンサーなのも一緒。この番組が『テベ・コンヒーロ』の最終回を踏まえて制作していることを、確信犯的に表現している。

彼らの10年間は、三者三様だ。田村淳はたくさんの仲間に囲まれて誕生日会を過ごし、新しいトレンドを追い求め、常に先を見据えて今後の戦略を立てている。千原ジュニアは気の置けない仲間とワイワイ過ごしつつ、お笑い道をストイックにひた走っている。そして有吉弘行は、トップ芸人となった自分自身をどこか冷めた目で客観視し、いつも独り寂しく酒を呑んでいる。淳やジュニアと比べて友達が少ないことを自覚している彼は、思わずスタジオで「上島さん」という名前も口に出してしまったりもする(泣ける)。10年前は「好き?嫌い?」クイズによって炙り出された三人の資質の違いが、今回は長いタイムスパンによって浮き彫りになるのである。

共通している部分もある。「結婚」、「住宅購入」、「出産・育児」という大きなライフイベントが、この10年で立て続けに起きたのだ。ふだんはなかなかバラエティ番組で見せることのない夫の顔と、パパの顔。彼らが語るのは単純なお笑い論・仕事論ではない。家族のために自分は何ができるのかという、ある種の人生論でもある。

芸能界に頓着しない田村淳、死ぬまで芸人でいたい千原ジュニア、60歳になったら芸能界を辞めるべきかどうか悶々としている有吉弘行。特に淳の「この年になって死について考えるようになった」というコメントは、彼らが明らかに30代・40代とは異なるステージにいることを、端的に示している。

この番組がつまびらかにするのは、芸能界で奮闘する芸人の姿ではなく、ひとりの人間の姿なのだ。

“時間”と“定点観測”

10年間カメラを回し続けるという、スケールの大きい番組を世に放った藤井健太郎。だが番組を見終えると、これもまた極めて藤井健太郎的なメソッドによって創り上げられた企画であることが分かる。それは“時間”と“定点観測”という手法だ。

“時間”を有効活用している分かりやすい例が、『クイズ☆正解は一年後』。「今年結婚しそうな芸能人は?」「離婚しそうな芸能人は?」などの予想を1月に収録して、年末にその答え合わせを生放送する年イチ特番。素材を「1年間寝かせる」ことで、コンテンツに奥行きを持たせるという戦略が取られている。彼が2016年に発表した書籍『悪意とこだわりの演出術』(2016年、双葉社)から、その一部を引用してみよう。

「バラエティ番組に限った話ではありませんが、今、制作にかけられるお金はどんどん削られています。予算が潤沢にあれば、セットを豪華にしたり、大規模なロケをやったり、派手な仕掛けを作ることもできますが、そういったお金が使えない状況の中で、お金をかけずにスケール感をどうやって生み出すか?そこで閃いたのが“時間を使う”でした」

素材を長期にわたって撮り溜めることで、タイムカプセルのような魔法の効果をもたらす。このドキュメンタリー的なアプローチこそ、藤井健太郎の真骨頂。ちなみに本の中には「今も、ものすごく長期で進めている企画がひとつあります」という記述があるのだが、確実にこの番組のことだろう。

そして、“定点観測”。『水曜日のダウンタウン』の「新元号を当てるまで脱出できない生活」や、 「清春の新曲、歌詞を全て書き起こせるまで脱出できない生活」 など、彼の企画には「芸人を監禁したうえでミッションを与え、それを定点観測する」というコンテンツが非常に多い。安田大サーカス・クロちゃんの自宅に24時間監視カメラを設置しているのは、その最たるものだろう。彼の番組には、コンセプチュアルな戦略性が息づいている。

『淳×ジュニア×有吉 40歳-50歳 ~10年観察~』は、“時間”と“定点観測”という藤井健太郎的メソッドを、田村淳、千原ジュニア、有吉弘行の三人に適用することで生まれた、新しいタイプのドキュメント・バラエティだ。もうこうなったら、もう10年といわず、永遠の彼らの姿を(芸能界を去ったとしても)追いかけ続けて欲しい。まずは、三人が還暦を迎える2034年の放送を楽しみに待つことにしよう。

淳×ジュニア×有吉 40歳-50歳〜10年観察〜

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