松たか子と松村北斗が夫婦役?最初に『ファーストキス 1ST KISS』のキャストを知った時、正直すぐにはイメージが湧かなかった。だが、予告編を見たり、テレビで2人が並んで話している姿を見たら、相性の良さが感じられ、しっくりきた。そして、本編を鑑賞したら、もうこの2人しか考えられないくらい、この2人だからこそ演じられる夫婦のリアルが胸に響いた。
『花束みたいな恋をした』でオリジナルの映画脚本を書き下ろし、大ヒットを記録した坂元裕二。『怪物』では日本映画初となるカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。大人気脚本家である坂元が執筆したTVドラマ『カルテット』と『大豆田とわ子と三人の元夫』にも主演した松が、今回も主人公を演じている映画『ファーストキス 1ST KISS』。監督は『ラストマイル』『グランメゾン・パリ』の塚原あゆ子が務めている。
かつて坂元脚本のドラマ『Mother』に夢中になり、塚原監督作では『わたしの幸せな結婚』が大好きな筆者は、この2人のタッグには安心感しかなかった。大きな期待を抱きながら試写に臨んだところ、松村が演じる夫・硯駈(すずり・かける)が事故に遭うという、いきなりショッキングなシーンから始まった。松が演じる妻・硯カンナは悲しみに暮れるかと思いきや、実はこの夫婦は離婚届を出す寸前だったことが分かる。
出会って惹かれ合い、恋に落ちて、1カ月程で結婚したカンナと駈。ラブラブな新婚夫婦だった2人は、やがて気持ちがすれ違い、関係が冷めていった。坂元の『花束みたいな恋をした』の同棲カップルも同様に気持ちが冷めていくさまが描かれていたことを思い出し、悲しくなってしまった。それでも、同棲カップルではなく夫婦であるカンナと駈の生活は、お互いに不満を抱きながらもしばらくの間続いたが、寝室は別、食事も離れた場所でとり、目も合わせない状態となっていった。
そして、結婚して15年後、記入することになった離婚届。でも、それが出される前に、駈は事故で亡くなってしまったのだ。脱力したカンナは無感情に近いような状態で、忙しく舞台の美術スタッフの仕事をしていたが、車で移動している際に15年前の夏、駈と出会う直前にタイムスリップしてしまう。若き日の駈を見たカンナは、彼への想いが再燃。駈が死なない未来をつくろうと、過去を変えるために奮闘する。
と、ここまであらすじを書いたが、これを読んだとしても、坂元ワールドを縦横無尽に駆け回る松の魅力は、映画を観て初めて堪能することができる。夫との関係が冷め切った妻の無表情、15年前の駈と出会って再び湧き上がる胸のときめきが伝わってくる笑顔、駈が助かる未来のために体を張って奮闘する姿など、松がキュートすぎて、彼女から目が離せなくなる。
カンナが何度も何度も繰り返すタイムスリップはコミカルで、ちょっとコントのようにも見えるくらい面白い。松のコメディエンヌぶりが最高だ。そんなカンナの意図を何も知らずに、40代の彼女に惹かれる気持ちを抑えられない20代の駈を演じる、松村の好演にも笑みがこぼれずにはいられない。松は20代の場面も演じているのだが、彼女の20代の頃のラブストーリーをリアルタイムで観てきた者として、何の違和感もなかったし、40代の駈を演じる松村の老けた声の出し方や重々しい表情も実に巧くて唸った。2人とも最上級の演技力を披露していると思う。
坂元が書き、塚原が演出する夫婦のリアルは残酷にも思え、身につまされる。だが、2人のタッグが奏でるものは、もちろんそれだけで終わらず、タイムトラベルというファンタジーを使って、心が温かくなる優しい世界が繰り広げられていく。カンナと駈の愛は冷めてしまったはずだし、駈は亡くなってしまったが、タイムトラベルによって、15年の間に育まれた愛が掘り起こされ、カンナを奮起させることとなる。だが、駈が生きている未来は、自分と出会わないことでしかつくれないと気づいてしまうカンナ……。
これは、予告でも描かれているが、その先は予想通りではなかった。坂元脚本は決して一筋縄ではいかず、カンナの願いと駈の本心の深い部分が綴られていき、最後まで観た時に、夫婦の15年の重みと、2人がお互いを想い合う気持ち、そして初めて知る駈サイドの真実が伝わってきて、優しさに包まれる。
共演のリリー・フランキーの飄々とした演技、駈に片想いする、ちょっと嫌な女性を演じる吉岡里帆、年下なのに的確なアドバイスをするカンナの同僚に扮する森七菜らが、ガッチリと脇を固め、初共演の松と松村のケミストリーがたまらない、優しさに満ちた映画『ファーストキス 1ST KISS』。お正月のスペシャルドラマ『スロウトレイン』に続き、魅力的すぎる松の素晴らしい快演を味わえる本作は必見だ。
2月7日(金)全国東宝系にて公開
脚本:坂元裕二
監督:塚原あゆ子
出演:松たか子 松村北斗
吉岡里帆 森 七菜
YOU 竹原ピストル 松田大輔 和田雅成 鈴木慶一 神野三鈴
リリー・フランキー
ドキュメンタリー映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』(2022)、社会派ヒューマンドラマ『オマールの壁』(2013)の配信を開始。2023年より以前のパレスチナの人々の生活を知る一助になるようなパレスチナの市民目線の映画をご紹介します。