『こちらあみ子』で鮮烈な監督デビューを飾った森井勇佑が大沢一菜と再び組み、中尾太一の詩集「ルート29、解放」に着想を得た新作映画を生み出した。11月8日に劇場公開を迎える『ルート29』だ。
鳥取で清掃員として働くのり子は、仕事で訪れた病院で患者に「姫路にいる娘を連れてきてほしい」と頼まれる。その依頼を受け入れたのり子は姫路に出向き、託された写真を頼りにハルという少女を見つけ、連れ立って鳥取へと向かうが──。姫路から鳥取へと続く国道29号線を舞台に、2人の風変わりな旅が始まる。
のり子を演じるのは、『こちらあみ子』の大ファンという綾瀬はるか。森井監督の世界観に完璧に溶け込み、新境地を開拓している。作品の舞台裏や、自身に生まれた「芝居をせず、ただそこに存在する」変化について語っていただいた。
──綾瀬さんは森井監督の前作『こちらあみ子』がお好きと伺いました。個人的に『こちらあみ子』『ルート29』には共通して“死が身近にある感覚”が流れているような気がするのですが、綾瀬さんは森井監督の世界観をどのように捉えましたか?
綾瀬:死が身近にある感覚、わかります。いまのお話を伺って、『ルート29』の中でカヌーに乗ったおじいちゃんを迎えに来るシーンや、もやがかかっているヤギ小屋の前で「死んだらどうなるんだろうね」と話しているところをパッと思い出しました。『こちらあみ子』のときにもされていた表現かと思いますが、森井監督が描く“死”は寂しくなく、「向こうでみんなが待っている」雰囲気なのが好きです。
──FIX(固定)で引きの画の中に、人物がポツンと配置されるのも森井監督の特徴かと思います。現場ではどのようなご指示があったのでしょう。
綾瀬:監督が「ここにこういう風に立っていてください」と決め打ちで指示して下さるパターンが多かったかと思います。監督の中でしっかり画が決まっていました。
私がのり子を演じる際にとっかかりにしたのは、タバコです。歩きタバコをしたり合間を見つけて座りタバコをする様子が台本に書かれていて、かつ人と積極的にかかわりを持とうとする人ではないと捉えました。監督から最初に「自分の中に宇宙がある人」と言われたこともあり、姿勢や歩き方にマイペースさを反映していきました。
──冒頭はのり子が喋るシーンがほぼありません。そんな中、観客としては綾瀬さんの身体性から人となりを掴めるところがあり、絶妙でした。
綾瀬:ありがとうございます。あくまで性格の延長で自然にそうなっていきました。ただひとつだけ、のり子が車を盗んで一瞬振り返るシーンだけ「機敏すぎる」といった理由で、何回かテイクを重ねています。撮影日程全体の初めのほうだったこともあって、監督ご自身も探っていたところがあったのかもしれませんが、のり子を演じるうえでヒントのひとつになりました。
──なるほど。監督の中にあるビジョン+綾瀬さんのお芝居をご覧になって調整を図っていく形だったのですね。
綾瀬:特にクランクインして最初の2、3日はそうした感じで、現場で監督と話し合いながらやってみて、自分の中で段々つかめたなというところからは監督も基本的にOKでした。監督はテストを行わずにいきなり本番、というスタイルだったので、監督の中で「いいな」と思うものが撮れたら「今日はもうOKです」と早めに上がる、ということも度々ありました。
──ちなみに今回は、ほぼ順撮り(脚本の順番、或いは時系列順に撮影すること)だったのでしょうか。
綾瀬:はい。大沢一菜ちゃんとの距離感が段々仲良く、自然になっていく様子がそのまま映っているので、私たち自身の関係性がしっかり出ているように思います。
──ちなみに本作は、序盤の清掃員の皆さんのシーンに象徴されるように、話すトーンも独特かと思います。これも監督からご説明があったのでしょうか。
綾瀬:ありました。最初に市川実日子さんと話すシーンで、一回段取り(動きの確認)を行ったのですが、その後に監督が話に来て下さって「僕は、綾瀬さんのことをいい意味で変な人だと思っているんです。そしてそれはのり子と通じるところがあると感じています。僕が思う映画の表現は“演じる”ではなく、そこにその人が“存在する”ことがすべてなので、演じようとせずにただ綾瀬さんのままでいて下さい」と言われました。とはいえセリフもありますし自分ではないし、さてどうしようと思ったのですが、市川さんとのシーンで「まだ相手に伝えようとしすぎている。もっと伝えなくていいです」と監督に言われて、これは難しいぞと感じました。
私は今まで「伝える会話」を演じてきましたが、監督からは「のり子は自分の宇宙が大きいから、余白をもっと感じてほしい」と感覚的な指示があり、「一人のときの自分に近い感じかもしれない」とやっていくなかで見えてきた感じがありました。自分が今まで経験してきた「演じる」を全部そぎ落として、ただそこにいる作業は本当に新鮮で、すごいタイミングでこの作品と監督に出会えてよかったな、と思いました。
──ただそこにいるだけで成立するのは、綾瀬さん=のり子として完全に同化しているという極地でもありますから、そこに到達するのは大変ですよね。
綾瀬:監督が最後に「僕は確かに“何もしなくていい”と言いましたが、そこまで何もしないと思いませんでした」と褒めて下さったときは、嬉しかったです。これは私だけでなく一菜ちゃんに対しても同様で、監督は「思ってなかったら言わなくていい、言いづらいんだったら変えていい」と仰っていました。掛け合いのセリフであっても、「こう言わなきゃ」ではなく、自分に降りてきた時に発するような、地球の流れに委ねる気持ちで臨んでいました。
──この流れでお伺いしたいのですが、綾瀬さんにとって「役への共感」は演じるうえで必須なものなのでしょうか。それとも、距離があったり理解できなくても大丈夫なものでしょうか。
綾瀬:自分が感情に乗ってセリフを言う局面であれば、素に戻ってしまうのが嫌なので違和感を抱かないように監督に事前に聞いたり、「ありがとう」一つに対しても自分の中でしっくりくるように言い方を変えたりしています。ただ今回の役に関しては、感覚として「共感」とはまた別のところにいるような気がします。「こういう感じって自分にもあるよな」とは思いつつ、あまり「のり子はこのときなんでこう思ったんだろう」が気にならない感じがありました。初めて会った人に「娘を連れてきてください」と言われて、車を盗んでまで叶えようとする行動自体はわからないけれど、「自分でも思ってもみないことをやったり、絶対無理と思った行動を起こす瞬間はある」という感覚の分野で掴んでいました。
──確かに、共感は自分と役に距離感がある状態でもありますね。今回は同化ですから、のり子とはゼロ距離ですもんね。
綾瀬:確かにそうですね。自分の中で“共感”という感じがないのは、いまおっしゃった感覚からかもしれません。台本に書いてあるのり子の行動に対して、なんだかわからないけれど突き動かされてやっていくようなところがありました。
──いまのお話にも通じますが、「わからないけれどわかる/わからないから想像する」という“豊かさ”が、本作には詰まっていると感じました。
綾瀬:お客さんとして観た『こちらあみ子』はまさにそんな作品でした。言葉にできないけどとても刺さって、希望があって、最後のあみ子の顔を観たときに「この作品がすごく好きだな」と感じました。
そして今回、森井監督と一菜ちゃんとご一緒して「こういう作品の作り方って、10代の頃に出演したショートフィルムに似ている」と感じました。私はこれまで、作り込んで特訓して積み上げて……という現場のほうが多かったのですが、それはそれでとても大切なことだし何が大事かは作品や人によるかと思いますが、今回の「その場の空位を大切にする」現場には、「こういうことだよな」と感じられる本質的なものが流れていた気がします。
のり子が一人で部屋にいるシーンを撮る際に、監督が「しばらくそこにいてみてください」と言って下さいました。自分がその場の空気を纏う時間をいただけて、こうした作り方は大人になってからはなかなかなかったな──と改めて感じたことを覚えています。「演じてください」ではなく「演じないでください」を経験できたことも含めて、様々なことをそぎ落として剥き卵になれた気がしています。
鳥取の町で清掃員として働いている女性・のり子(綾瀬はるか)は、いつもひとりぼっち。ある日、仕事で訪れた病院で、入院患者の理映子(市川実日子)から「姫路にいる私の娘をここに連れてきてほしい」と頼まれた彼女は、何かに突き動かされるように姫路へと向かう。のり子が見つけることができた少女・ハル(大沢一菜)は、森の中で秘密基地を作って遊ぶ風変わりな女の子だった。初対面ののり子の顔を見て、「トンボ」というあだ名をつけるハル。さまざまな人たちと出会いながら、姫路から鳥取まで一本道の国道29号線を進んでいく2人の旅がはじまった。
出演:綾瀬はるか、大沢一菜、伊佐山ひろ子、高良健吾、原田琥之佑、大西力、松浦伸也、河井青葉、渡辺美佐子、市川実日子
監督・脚本:森井勇佑
原作:中尾太一「ルート29、解放」(書肆子午線刊)
主題歌:「Mirror」Bialystocks(IRORI Records / PONY CANYON)
製作:東京テアトル U -NEXT ホリプロ ハーベストフィルム リトルモア 配給:東京テアトル リトルモア ©︎2024「ルート29」製作委員会
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