制作プロダクション「コギトワークス」が映画レーベル「New Counter Films」をスタート。第一弾として二ノ宮隆太郎監督の『若武者』を発表した。本作は日本・アメリカ・イギリス等のミニシアターで世界同時期公開され、U-NEXTの配信も同時スタートする。
U-NEXT SQUAREでは、New Counter Filmsの代表である関友彦、鈴木徳至とU-NEXTの林健太郎の鼎談をセッティング。プロジェクト立ち上げの背景や想いを語っていただいた。
──改めて、New Counter Films立ち上げの背景について伺えますでしょうか。
関:コギトワークスは2008年の設立から制作プロダクションとして映画をずっと作ってきましたが、7・8年前に俳優のマネージメントに携わったことで、その俳優の出演した映画の舞台挨拶等に立ち会うことになり、日本全国の劇場スタッフさんと仲良くなっていくなかで「届けるところまでやらなければ映画を作っているといえないんじゃないか」という感覚になってきたんです。それまでは作るところまでが自分たちの仕事で、そこから先は宣伝部や配給さんに渡してお任せするという感覚でしたから。そんな折、入江悠監督がコロナ禍で『シュシュシュの娘』(21)を製作する際に、配給を担うことになったんです。
と同時に、U-NEXTさんも一会員として利用していました。地方に住んでいらっしゃる、とある監督と話していると「東京で公開した作品が地方に来るまでにはタイムラグがあって寂しい」とおっしゃっていて、配信でも同タイミングで観られるのであれば観たいという事情もすごくよくわかるなと思っていたんです。そういった流れで「作って、届ける。配信でも並行する」を考えるようになりました。
片や、鈴木徳至は監督たちと二人三脚で「自分たちで届ける」ところまでをやっていて、じゃあそれ専門のレーベルを立ち上げた方が広まるんじゃないかということで、New Counter Films設立に至りました。
林:関さんから熱い企画書をいただいたときに印象的だったのが、本レーベルのコンセプトである「誰もが観たい映画でなく、誰かが観たい映画を作る。」でした。そうした想いを持った現場のすべてを知っているプロフェッショナルの方々が世界中に届けようとする部分に魅力を感じて、ぜひご一緒したいと感じました。
そして何より、成功報酬型を採用していること(総事業費回収後の全体利益の50%を作り手に還元)。U-NEXTでの同時配信というのは正直後付けで、僕らとしては最重要に置いていたわけではありません。この取り組みが、日本の実写映画界が抱えている課題のいくつかを解決できるんじゃないか、そして日本映画の可能性を広げてくれるんじゃないかと思ったことに尽きます。
鈴木:僕は10年ほど自主映画の仲間と共に作品を作ってきて、小さく作った映画がヒットする経験もしてきました。ただそういったときに、出資者だけが利益を受けて、スタッフ・キャストが曇った顔をする場を何度か目撃して、ちゃんと利益を分配できるシステムを作りたいとずっと思っていたんです。スタッフやキャストは、予算が潤沢でなくても作家性の高い映画に参加したいと思ってしまうものです。そうした作品が数字的な結果を出せたとき、ちゃんと還元されるならもっと気持ちよく取り組めるに違いありませんから。
──そもそも、いわゆる買取型でインセンティブが付かない業態が続いているのはなぜなのでしょう。
関:恐らくですが、元々は映画を撮影所で作っていて、その当時のスタッフはみんな映画会社の社員だったためではないかと思います。給料は支払われているわけだから、というシステムだったため考える必要がなかったんですよね。もちろん、俳優が企画して作っていたりするVシネなどは、成功報酬とは言わないまでも、ある程度みんなで山分けの文化はあったのではないかと思いますが。そんななかでフィルムからデジタルに移行して、昔は「1億円以下で映画なんて作れないよ」と言われていたのが、低予算化が進んで撮影所システムもなくなり、スタッフの多くがフリーランスになって、制作費だけのギャランティでプロとして生活するのが困難になってきたように感じます。
──そのうえでNew Counter Filmsは「収益の分岐点となるのは大体総製作費2500万円」との考えから、上限を定めています。
関:ものすごく低予算だとは思いますが、ミニシアター系の映画の動員数でいうと1万人を超えるかどうかがリクープラインの分かれ目、という暗黙の線引きがあるんです。より正確な数字をいうと13,000人くらい。じゃあ動員1万人の作品はどれくらいの予算なのかと林さんとシミュレーションを重ねて、配信やパッケージを含めた総合的な判断で設定しました。
鈴木:同規模の作品でも動員1万人超えはざらにあって、直近だと『茶飲友達』や『リバー、流れないでよ』などです。
関:現場の予算感でいうと1700~1800万くらいなのですが、監督たちに「この予算で作れるものを企画しませんか」と提案しています。普段全国300館規模のメジャー作品を手掛けている方々でも、そうすると「じゃあこういうアイデアがあります」「実はこういうことをやりたくて」と発案してくれて、こうした“縛り”をポジティブに捉えてくれている印象です。新人監督にチャンスを与える場だけではなく、様々な作り手がすごくトガッた力強いものをフルスイングして作ることができる場にしたいと考えています。
林:U-NEXTでは同日配信ということもあり、劇場とほぼ変わらない値段設定にしています。ユーザーの方々からすると負担もおかけしてしまうかもしれないのですが、これはとにかく健全な業界を守るため・作り手のみなさんに利益を還元させるための手段としてのTVOD(都度課金)です。
日本は、レンタル市場やパッケージ市場が先進国の中ではありえないくらい長期間がんばって支えてきたため、多様性が保たれてきたと僕は考えています。その意志を継げるのはSVOD(定額制)ではなくTVODです。SVODではどうしても作り手への還元率が下がりますし、日本映画の1年あたりの新作600本の上澄み50本くらいだけを各配信事業者が競い合って奪い合う状況では、多様性は生まれません。
関:最初にこのお話を林さんにご相談した際も「ミニシアターの50・60館に声を掛けます」と伝えたら「だったらU-NEXTも同じ値段設定にしましょう」と言ってくれて、すごくフェアだと感じました。興収だけでリクープを狙うなら2-3万人の動員は必要になりますから。
林:そうですね。そこは僕たちもがんばらないといけないところです。
──先ほどのお話にあった「世界」という部分についても、想いを教えて下さい。
関:年間600本の新作のうち、海外の映画祭に持っていき海外セールスが決まるものは1割にも満たないと思います。残り500本以上は国内のみで公開されて終わってしまう。映画祭ではない出口の選択肢を作るという意味でも、New Counter Filmsを立ち上げました。
林:U-NEXTとしてもここ6・7年、様々な映画に出資を行ってきましたが、なかなか黒字にならない現状です。日本の実写映画は圧倒的に海外の売上が足りていないんですよね。国内で100稼いだものが海外で5にしかならないのはあまりに厳しい。これが100:50になれば、状況はだいぶ変わります。
関:人口のことだけを考えたら、海外興収が倍以上になるはずですからね。アメリカではA24という成功例がありますが、作家から出てくるオリジナリティをきちんと具現化して数字に結びつけることは本当に難しいです。New Counter Filmsの具体的な企画開発はまだまだこれからですが、1歩1歩やっていくしかありません。
林:最初にいただいた企画書に「作家至上主義ではない」とも書いてありました。作家が作りたいものをすべて信じてついていくわけではなく、プロのプロデュースワークを加えたものを作るという点も、惹かれた理由のひとつです。
鈴木:やりたいことにいくらかかるかは僕たちがかなり正確に割り出せると自負しています。予算の中でビジョンを取捨選択して実現させるのは、制作プロダクションが入る強みだと感じています。
関:一方で、日本は一番監督デビューしやすい国でもあると思っています。助成金制度がしっかりしているフランスや韓国はそのぶん審査が厳しいので、超エリートしか映画を撮れないし、合作が多くて実は純国産の作品が結構少ないんですよね。そもそもの本数も日本に比べて多くはありませんし。
僕もずっと「海外のほうが恵まれている」と思ってきましたが、視点を変えれば日本のほうが恵まれている部分はたくさんあるんです。韓国の若いプロデューサーと話していても「日本にはミニシアター文化があるから羨ましい。こっちはシネコン的なブロックバスター映画しかない」と嘆いていて。そうした実は恵まれている点を活かすために、「才能ある新人監督が自分で作って売り込む」だけじゃなくてちゃんと隣にプロデューサーがいる形を取りたいと思っています。
鈴木:韓国やフランスは少数精鋭にすることで質の担保も行っているかとは思うのですが、多様な才能が出てきやすいのは日本の強みだと感じています。
──認知・告知の面についてはいかがですか?つまり、ユーザーにどうリーチしていくか。
鈴木:そういった意味でもレーベル化は大切だと感じています。A24がブランドとして確立して「ここの映画だったら観る」というファンが生まれているように、集まる場所に出来たらいいですよね。第1弾の『若武者』を手掛けた二ノ宮隆太郎監督はカンヌ国際映画祭等、海外でも注目されていますし「才能が集まるレーベルなんだ」と思っていただけるようにしていきたいです。
関:現状の日本の実写映画界に危機感を抱いている人は多いと思いますし、ユーザーさんはもちろんのこと、ビジネス面でも「こういうことを始めたんだ」と注目していただけたらと考えています。そこまで本数は量産できないかもしれませんが、継続的に作品を発表できるように頑張ります。
林:いまのお話と付随するのが「Farm To Table(農場から食卓へ)」です。映画に限らず、生産者が直接お客さんに売るような流れが加速していくなかで、U-NEXTがお手伝いできることが作品と相性の良いコミュニティとつなげることではないかと。『若武者』は広く浅く届ける意味があまりない作品ですから、狭く深く届けるために、U-NEXT内にいらっしゃる数十万単位のコアな映画ファンとのマッチングをサポートしたいと考えています。
監督・主演を務めた長編第二作『枝葉のこと』(2017)が第70回ロカルノ国際映画祭、さらに前作『逃げきれた夢』(2023)が第76回カンヌ国際映画祭に正式出品されるなど、国境を越えて着実に評価を積み重ね、様々な立場に置かれた人々の“生き様”にフォーカスしてきた二ノ宮隆太郎監督。待望の最新作は、期待の新世代俳優・坂東龍 汰、髙橋里恩、清水尚弥演じる3人の若者が主人公の青春群像劇。主演にはが抜擢された。ある晩秋の昼下がり、暇を持て余した幼馴染みの彼らは、“世直し”と称して街の人たちの些細な違反や差別に対し、無軌道に牙を剥いていくー。
5月25日より全国公開、U-NEXTで配信開始
公式サイトはこちら
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