病棟は幽霊が出がち?看護師はストレス耐性高め?看護師作家のリアルな本音、創作の裏側──前川ほまれ×秋谷りんこ対談
『臨床のスピカ』の著者・前川ほまれさんと『ナースの卯月に視えるもの』の秋谷りんこさんに、看護師作家のリアルな本音、創作の裏側をうかがいました。
このたび小説『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』を刊行した奥田亜希子さん。帯には、ベストセラー『三千円の使いかた』の著書・原田ひ香さんからの推薦文が寄せられ、その魅力を伝えています。
実はおふたりは、同じ文学賞「すばる文学賞」の出身。原田さんは2007年、奥田さんは2013年に受賞し、原田さんはエンターテイメントに軸足を移し、奥田さんは純文学からエンタメまで縦横に活躍しています。こうした縁があり、今回おふたりの対談が実現。奥田さんの『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』に対する感想、長編小説の書き方など、たっぷり語り合っていただきました。
──原田さんと奥田さんは「すばる文学賞」のご出身です。でも、こうしてお会いするのは久しぶりだそうですね。
原田:そうなんです。しかも、対談という形でお話するのは初めて。正直なところ、文学賞を受賞しても2冊目を出すのが難しい方も少なくありませんよね。そんな中、奥田さんは早めにハードルをクリアされましたし、ずっと意識している存在ですね。
奥田:私が原田さんの作品に対して感じるのは、“洗練された軽やかさ”です。それに、著者の顔が見えないタイプの小説だなと思っていて。メッセージ性を前面に押し出すわけではないので、著者のドヤ顔が見えないんですよね。それが軽やかさにつながり、作品が遠くまで届くんだろうなと思っています。新刊の『定食屋「雑」』も大好きです。これまでの作品で一番好きかもしれない。
原田:確かに、編集者さんからも「作家の顔が見えないタイプ」とよく言われますね。テーマをあまり考えずに書いているからかもしれません。新刊を出すと、インタビューを受けるじゃないですか。インタビュアーさんから「今回の話はこうですよね」と言われて、「あ、そうなのか」と思ってそこに乗っかるタイプなんです(笑)。編集者さんが書いてくれた帯を読んで、「あ、なるほど。そういうことか」と気づくことも多いですね。
奥田:そうなんですね!私の場合、テーマありきなんです。原田さんは、テーマやメッセージというより、人を書きたいという気持ちが強いんでしょうか。
原田:そういうわけでもないんです。ちょっと恥ずかしいんですけど、私の小説は自分がその時に作りたい箱庭のようなもの。街を作って、その場の空気感や雰囲気、そこで起きることを書きたいんです。
──原田さんからご覧になって、奥田さんの新刊『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』はどのような印象でしたか?
原田:ギュッと中身の詰まった純文学らしい作品だなと思いました。無駄なところがひとつもない作品ですよね。これ、原稿用紙200枚くらい?
奥田:160枚くらいです。改行が少ないので、文字量は200枚分くらいあるかもしれないですが。
原田:あ、そうなんだ。200枚は優にあると思ったくらい、内容が濃かったです。こういう作品を400枚くらいで書かれたら、すごくいいんじゃないかな。
奥田:私は短編の書き方でしか長編を書けないので、300枚がやっとなんですよね。
原田:もうひとつふたつ展開があればいいんでしょうね。今は主な登場人物が愛奈と忍のふたりですけど、誰かもうひとり入ってくるとか、ふたりの間にもうひとつ別の展開があるとか。ラストは純文学っぽくてすごく素敵だったから、結末は変えずに中盤を膨らませるのもありだと思う。
奥田:なるほど!
原田:奥田さんはデビューしたての頃から新作をどんどん出されるし、すぐに文庫にもなるし、本当に心配のない後輩ですよね。
奥田:でも、今が正念場なんです。
原田:今回の作品はとてもいいので、ぜひぜひ売れてほしい。文庫と単行本の間くらいという形式もおもしろいですよね。
奥田:ありがとうございます!
──奥田さんはテーマありきで小説を書くそうですが、この作品についてはどんな思いを込めたのでしょうか。
奥田:Amazonの〈ほしい物リスト〉で物を贈ること/贈られることにモヤモヤしていたので、その思いが出発点になりました。
原田:〈ほしい物リスト〉を題材にしているのを見て、「やられた!」と思いました。私もコロナ禍で大変な目に遭った人が〈ほしい物リスト〉を公開しているのを見ましたし、他者とのつながりやお金の問題も絡んでくるじゃないですか。まだ誰も書いていなかったし、いいところに目をつけましたよね。
奥田:原田さんは、〈ほしい物リスト〉をすんなり受け入れられましたか?私は違和感が大きくて。不特定多数に公開している人は、まったく知らない人や何をして稼いでいる人かわからない人から高価な物をもらうこともあるわけですよね。怖くないのかなと思ってしまいます。
原田:若い女性はちょっと危険かもしれませんし、私自身も公開しようとは思わないですね。私が見たのは、コロナの後遺症で入院してしまった若い男の子。皆さん、彼を助けてあげたいという気持ちが強かったのか、すぐに買えるものがなくなってしまいました。
奥田:ちなみに、どんなものでしたか?日用品?
原田:多少は食べ物もありましたけど、マンガなどの趣味のものが多かったですね。その方は珍しい症例だったので注目を集めていましたし、〈ほしい物リスト〉を公開する人が意外と多いのもわかりました。
奥田:私の場合、〈ほしい物リスト〉に載っているものを見て、「私のよりも高いシャンプーだな」とか「これ、日常生活に必要かな」とジャッジしてしまうところがあるんです。自分が贈ったらどういう気持ちになるのか試してみようと思い、応援しているクリエイターさんに実際に3万円近いものを贈りました。
原田:え、すごい!
奥田:そうしたら、それこそ小説に書いたとおりなんですが、ふんわりしたお礼をツイートされて終わりで、またモヤモヤして。「この人は『〈ほしい物リスト〉の中から、これをファンにもらいました』とは明言しないんだな。それって恥じるところがあるからじゃないのか」など、いろいろ考えてしまいました。その時のことを書いたのが、この小説です。
原田:なるほど。〈ほしい物リスト〉に対して肯定的なのかなとも思いましたが、違和感が先にあったんですね。
奥田:むしろ、私は〈ほしい物リスト〉を素直に受け入れられる人間になりたかったんです。ジャッジしている自分は間違っていると、どこかで感じていたんですよね。理想の自分像や、ジャッジする自分に対する違和感が、小説を書くうえで道筋になりました。
──愛奈という人物に対して、原田さんはどう感じましたか?
原田:これも奥田さんのすごさですが、冒頭の数ページで「あ、これは生きにくい人だな」とすぐに伝わってきますよね。正直なところ、深く付き合ったら面倒くさいだろうなと思ってしまう人。そういう人がどう変わっていくのかという点にも、興味を惹かれました。
彼女の暮らしぶりもいいですよね。宝くじで2億円を手に入れたのに、節約をしながら丁寧な暮らしをしている。その描写も、この小説の魅力になっていると思いました。私もそういう描写が大好きです。その生活に忍さんという異物が転がり込んできたので、どうなるんだろうと思いました。
奥田:原田さんも、生活の描写を大事にされていますよね。
原田:どういう生活をするかが、その人を作っていくと思うので。でも、愛奈さんは“意識高い系”ではなくて、根が真面目だからこそ丁寧で質素な生活をしているんですよね。そこもおもしろいなと思いました。
──忍についてはいかがでしょう。
原田:年の近い従姉妹って、子どもの頃はいいけれど年を重ねてくると微妙な関係になることがある。愛奈さんの家に転がり込んできた忍さんが、途中で大金の入った通帳を見つけないかとハラハラしました。万が一見つけてしまったら、大変なことになると思って。
奥田:他の方からも、そういった感想をいただきました。確かに長編にするなら、そういう懸念もひとつひとつ書いたほうがよかったかもしれない。私は最短ルートを突っ走りすぎなんですね。
──「この展開はやられたな」「この描写は痺れたな」という部分はありましたか?
原田:忍さんが推し活をしているのも、いいなと思いました。私自身はアイドルを推す気持ちはわからないので新鮮でしたし、奥田さんはデビュー作の『左目に映る星』でもアイドルのことを書いていましたよね。アイドルや推しに関する小説で、それなりのボリュームのあるものもまた読んでみたいです。やっぱり奥田さんは、そこで勝負するんじゃないかと思うんです。いわゆる推し小説ですよね。
あと、今回の小説ではお金を扱いつつも、私とは書き方が違うのもおもしろかったですね。私の場合、2億円あったらお金をどう使うのか、例えば投資するのか、家やアパートを買うのかという話になると思います。でも、愛奈さんみたいに寄付したりほしい物を贈ったりという形で使うのも、ありそうだなって。大金が入ったとしても生活を変えないのも、実はリアルですし、やられたなと思いました。
奥田:原田さんご自身は、経済や投資に興味があるからそういう書き方になるんですか?私はそっち方面にまったく興味がないので、こういう形でしかお金を書けないんです。
原田:お金って根本的にどういうものか、考えるのが好きなのかもしれない。「労働と労働を交換する時の単位として、お金はいいよな」とかね。
「こういうことに投資してどれくらい儲かっています」という話も確かに好きですし、みんなの興味を惹きますよね。逆に『三千円の使いかた』では、数十円、数百円を節約する話も書きました。
奥田:私、この小説を書いたことで「お金は力である」と気づいたんです。
原田:確かに、ひとつのパワーだと思いますね。ただ、愛奈さんは宝くじに当たって2億円分のパワーを手にしたかというと、そうでもないんですよね。威張るわけでも、お金にものを言わせて何かをするわけでもない。
2億円あったら、1億円で都内のそれなりの場所にマンションを買って、残りの1億円は投資に回せば、年利4%で運用しても年に400万円ずつ使えるので一生食べていけますよね。もう、あまり嫌なことはやらなくてもすむ金額だなと私なら考えます。
奥田:すごい。そこまで計算されるんですね。
原田:数字には弱いので、ざっくりしていますけどね。でも、「この辺りに住んでいるなら、これくらいの家賃で……」ということは検索して書くようにしています。
ただ、私が20代の頃と違って、今は年金、保険料、税金の負担が大きいですよね。「あ、こんなに引かれるんだ」と思いますし、私が若い頃よりも額面上は給料が上がっていても手取りは減っているかもしれない。そういうことは小説を書く時にも意識しますね。
奥田:私の2億円はファンタジーのような感じで、お金を書いたという感覚も薄いのですが(笑)。
原田:私自身、節約がライフワークなので。毎週の食費を袋に入れて管理して、「これはあっちのスーパーが安いな」と思ったら自転車で行って買う。特売で99円の卵が出たら「やった!」って。冷静に考えたら3、40円の節約ですが、そういうのが好きなんでしょうね。だから、それを自然に書いているっていう感じかな。
だからこそ、私とは違う奥田さんのお金に対するアプローチがおもしろかったんですよね。いい意味でちょっとふわっとしたところもあって、私には出せない良さがあると思いました。愛奈さんがトーテムさんという男性に会いに行き、お金の話をする展開も奥田さんらしいな、純文学っぽいなと思いました。
──お金の書き方が違うおふたりですが、どちらもスターバックスをちょっと贅沢なものと位置づけているのがおもしろかったです。金銭感覚を表わす、現代の指針なんでしょうね。
原田:そうですね。スタバでドリップコーヒーを買うと、その日は2杯目が100円ちょっとで飲めるんですよね。だから、一度スタバに行ったら、「今日のうちにどこかでもう一度スタバに行かなきゃ」ってそわそわしちゃう(笑)。行かなければ、そのお金を使わずに済むのだからむしろ得なんですけどね。
あと、この間スタバでショートサイズのドリンクを頼んでいる女の子がいたんです。そうしたら「カップはグランデにしてください」って。要は、一番小さい飲み物をオーダーしたのに、大きいサイズのカップに入れてほしいと頼んでいたわけです。「どういうこと?」って思って。
奥田:あ、見栄を張ってる?
原田:そうなの。それ以外に考えられないですよね。あれは衝撃的でした。
──今回の小説で、奥田さんはコロナ禍を描いています。時代性を取り入れるのは、今までにない挑戦だったそうですね。
奥田:これまで時事ネタを書いてこなかったのですが、今回はほぼ初めてと言っていいくらいガッツリ取り組みました。〈ほしい物リスト〉について書くので、コロナ禍のほうがいいかなと思って。
原田:テーマとも合っていましたよね。コロナ禍での世の中の空気の変化を緻密に描いていて、あの頃の記録としても優れていると思いました。読みながら「あぁ、こういうこと、あったな」と思い出しましたね。
奥田:私も資料を調べながら、「そういえばこんな感じだったな」と思い出しました。意外と忘れているものですよね。
原田さんの『定食屋「雑」』も、終盤はコロナ禍の影響を感じる展開でしたよね。
原田:特に深く考えたわけではないのですが、飲食店の話なので入れてもいいかな、と。他の作品では、あまりコロナ禍を書いていなかったので。
奥田:飲食店は、コロナ禍の煽りを直接的に受けてますからね。
──作家さんによって、コロナ禍を緻密に書く方、あえて書かない方がいます。おふたりはいかがですか?
奥田:私は、この作品以外では書いていないですね。
原田:純文学の作家さんのほうが、積極的に書かれている印象がありますよね。エンタメの作家さんも書いていますが、テーマと直接的に関わらないようなら、長く読んでもらうことを考えてあえて書かない人も多いのではないでしょうか。
辻仁成さんがコロナ禍に執筆した『十年後の恋』に書評を書かせていただいたのですが、パリでのコロナの記録としても面白かったんですね。日本との感覚の違いもありましたし、ある種の記録としてコロナ禍を書くことも大切だなと思いました。
──おふたりの創作活動についてお伺いしたいと思います。小説を執筆するうえでの信条や大切にしていることはありますか?
原田:締め切りを守ること(笑)。
奥田:あんなに締切を抱えているのに!
原田:小説に限ったことではないのですが、自信がない時ほど早く提出するようにしていますね。少しでも遅れてしまうと「2、3日遅れたのにこの出来?」と思われるじゃないですか(笑)。「これはどうかな」と思う時ほど早めにお渡しして、ちょっと様子を見る。
奥田:テーマやネタは、原田さんから提案することが多いんですか?
原田:ほぼ私からですね。
奥田:ストックは潤沢にありますか?私は書きたいことを聞かれても、「もうないかも」となっちゃうんです。
原田:私の場合、老人問題、お金、食べ物、本の4つが大きな軸になっています。長編は、それを組み合わせて書くことが多いのですが、もうひとつくらい軸が欲しいんですよね。
奥田:私はひとつあるかないか。それがインターネットですね。
原田:ネット、すごくいいと思いますよ。ネットで殺人が起きる話もいいなと思う。もちろんミステリーではなくて、その事件について周囲がどのように見て、どう感じるか。ネットって、ほんのひとりふたりしか見ていないこともあるし、何かの拍子に何万人、何億人の人に見られる可能性もありますよね。そういうリアリティを出すのって、意外と難しいけれど、奥田さんは上手だと思うんです。
それに、奥田さんの読者は比較的お若いですよね。私はあまり読者を意識してきませんでしたが、『三千円の使いかた』を紙の本で買ってくださる方は50~70代の女性がダントツで多くて。最近は、そういった読者層を意識するようになりました。
奥田:私は読者層がほぼ見えてないんです。
原田:3、40代の女性が多いんじゃないでしょうか。本をよく読む方の年齢が上がっているので、5、60代も読んでいそう。読者層を考えても、奥田さんはやっぱりネットや推しを題材にするといいかもしれない。奥田さんがよく知っている世界を書くのがいいんじゃないかなって。
──奥田さんが創作において大事にしていることは?
奥田:自分が読みたいものを書くことでしょうか。読者の顔が見えていないことにもつながるのですが。
原田:編集者さんに向けて書くことはないですか?
奥田:あります。編集者さんとの雑談で、最近のニュースやSNSでバズっていた発言について話し、それが小説につながっていくことが多いかもしれません。
原田:私も編集者さんは意識します。最初の読者ですし、編集者さんに楽しんでいただくことがひとつのモチベーションになっていますね。
奥田:編集者さんのことがわかってくると、「ハッピーエンドが好きなこの人に喜んでほしい」みたいに自然と寄っていく時がありますよね。
原田:「私の作品の中ではどれが好きですか?」「最近どういう小説を読みましたか?」と聞いたうえで、企画を提案することも。お金に興味がない編集者さんにお金の小説を持っていっても仕方がないし、食べ物が好きな編集者さんに食の小説を提案したほうがいい。そのほうがお互いにハッピーだと思うんです。
奥田:あとは、中編~長編のように枚数が多いものは、途中で飽きるのが嫌なので、私自身が考えたいこと、わからないことを書くのが好きです。
原田:その気持ちもわかります。私が『喫茶おじさん』を書いた時は、コーヒーについてちょっと勉強したかったんですよね。
──創作時に映像作品からインプットを得ることはありますか?
原田:私は海外のノンフィクションが好きですね。海外ドラマも昔からよく観ています。1週間に数本、10時間くらいは観ているんじゃないかな。
奥田:お好きなジャンルはありますか?
原田:一番好きなのは1話完結もののミステリーですね。事件が起きて、探偵や警察官が解決に乗り出し、1話で終わるもの。
奥田:連載を抱えているのに、映像作品を観る時間もあるんですね。1日何時間仕事をしているんですか?
原田:私、小説を書くのは1時間って決めているんです。
奥田:え、1時間!?私だったら3行しか書けないんですよ!
原田:きっちり時間を決めて、その1時間だけは集中するようにしているんです。
奥田:その時間は、Twitterも見ないんですね。
原田:絶対見ない。その代わり、「これが終わったら何を食べよう」と考えるんです。もちろん、他の時間にゲラを直すことはありますよ。でも、小説を書くのは絶対1時間。
奥田:休みなく、毎日書いていますか?
原田:土日は基本的には休みます。その代わり、土日にゲラを直していますね。
奥田:それであの量を書けるのがすごい。私も考え直さないといけないですね。私の場合、仕事以外はラジオを聴いているか本を読んでいるかゲームしてるかですね。家事をしている時や寝る前にラジオを聞いて、夜の自由な時間は本を読むかゲームをするかで食い潰し合っているんです。映像作品を観る余地がほとんどなくて、大河ドラマをギリギリ追っているくらいです。
──最後に、今後書いてみたいテーマ、題材について教えてください。
奥田:今、年の差恋愛、年の差結婚についてすごく考えているんです。
原田:それ、いいですね!
奥田:あとは『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』を書いている時、とても楽しかったので、きれいにオチがつくもの、テーマやメッセージが強くあるものより、主人公の動線が楽しくてはちゃめちゃ感がある小説をもう少し書いてみたいです。
原田:私は、お葬式小説を考えています。親世代が亡くなる年代なので、お葬式や葬儀のあとの遺品整理のことなんかも書いてみようかなと思って。
奥田:年齢が重ねるにつれて、書くものも少しずつ変わっていきますよね。
原田:そうだと思います。あと、編集者さんから提案されたのが台所小説。私はずっと冷蔵庫の小説を書きたいなと思っていて。冷蔵庫の中身って、人によってまったく違いますよね。ひとり暮らしで水くらいしか入っていない人もいれば、鶏肉ばかり入っているマッチョな男子もいる。島暮らしの人だと、食料品を運ぶ船の便数が限られているので、ものすごく大きな冷蔵庫を使っていたり。
奥田:スカスカ派とぎっしり派もいそうです。
原田:それがおもしろいなと思って。他には、先日片桐はいりさんと対談した時、「変な女の話を書いてくださいよ」と言われたんです。片桐さんが言うには、女優さんって若い頃に主役を演じたら、その後はお母さん役までしばらく間が空くんですって。皆さん、その間に自分も子育てするそうなんです。「変な女を書いて、私たちが演じる役を作ってほしい。作品側からアプローチしてほしい」と言われました。
その際、「小説には“できる女”ばかり出てくるけれど、何にもできない人がいてもいいじゃない」とも言われ、「なるほどな」と思いました。確かに、世の中そんなにできる人ばかりじゃない。そういう人たちが活きる小説もいいなと思いました。
奥田:今のお話を伺って、私は小説のテーマを大きな規模で考えすぎているのかもしれないと思いました。もっと小さいことから始めて、それをどう膨らませるか考えていきたいです。今日はありがとうございました。
プロフィール
奥田亜希子(おくだ・あきこ)
1983年、愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞し、デビュー。2022年『求めよ、さらば』で第2回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を受賞。ほかの著書に『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『青春のジョーカー』『愛の色いろ』『白野真澄はしょうがない』『クレイジー・フォー・ラビット』『夏鳥たちのとまり木』などがある。
原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス二号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。その他の著書に「三人屋」シリーズ、「ランチ酒」シリーズ、『三千円の使いかた』、『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』など多数。最新作に『定食屋「雑」』がある。
『臨床のスピカ』の著者・前川ほまれさんと『ナースの卯月に視えるもの』の秋谷りんこさんに、看護師作家のリアルな本音、創作の裏側をうかがいました。
『左目に映る星』『求めよ、さらば』などの奥田亜希子さんに、執筆の背景などを伺いました。