知らない人から平気で物をもらえる?Amazon〈ほしい物リスト〉にモヤモヤするお金小説『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』奥田亜希子インタビュー
シェア

知らない人から平気で物をもらえる?Amazon〈ほしい物リスト〉にモヤモヤするお金小説『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』奥田亜希子インタビュー

2024.04.26 10:00

食事をおごったのに、お礼を言われなかった。いつも自分ばかり贈り物をしている気がする。そこまで親しくない相手から、高価なプレゼントを贈られた──。そんな時、ちょっとモヤモヤしませんか?

奥田亜希子さんの新刊『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』は、その違和感にとことん向き合った“贈与”と“返礼”をめぐる物語。宝くじに当たり2億円を手にした愛奈は、つつましい生活を送る一方で、福祉団体には多額の寄付をしています。そんな中、彼女のもとに転がり込んできたのが、従姉妹の忍。無職なのにメンズ地下アイドルに入れあげ、お金をつぎ込む忍の行動が理解できない愛奈。さらに、Amazonの〈ほしい物リスト〉で3万円近い品を贈った相手から、お礼らしいお礼がないことに気づき、モヤモヤを募らせていきます。“正しさ”を何より重んじる愛奈が、悶々としながらもやがて見つけた自分なりの答えとは?刊行を記念し、奥田さんに執筆の背景、書きながら見えてきたことについて、お話を伺いました。

奥田亜希子_04

〈ほしい物リスト〉への違和感が執筆の出発点

──この小説は、集英社の文芸誌「すばる」2023年5月号に発表後、このたびU-NEXTから単行本が刊行されることになりました。この小説が生まれた経緯、着想したきっかけを教えてください。

奥田:Twitter(現・X)でAmazonの〈ほしい物リスト〉を公開している人を見かけて、「え、どういうことなんだろう」とすごく驚いたんです。そもそも私は、物をもらうのがあまり得意ではないんですよね。さかのぼれば、小学6年生の頃に男の子から旅行のおみやげのボールペンをもらったものの、返してしまったこともありました。お互いにプレゼントを贈り合って完結できるお友達同士ならいいのですが、普段そこまで話さないわりに私がその子のことを好きだという微妙な距離感だったので、もらったものをどうしていいかわからず、怖くなってしまったのだと思います。

こういう性格なので、〈ほしい物リスト〉を公開する人がいることが信じられなかったんです。しかも、リストを覗いてみると、数百円のお菓子や日用品だけでなく、数万円もする高価なものまで並んでいるのでびっくりしました。

それが心に引っ掛かっていた時に、私が応援しているクリエイターのお仕事状況が厳しくなったようで、〈ほしい物リスト〉が公開されたんです。リストを見たら、ひとつだけ高額な32,700円のBlu-rayボックスがありました。「これを贈ったらどういう反応が返ってきて、その反応に対して私はどう感じるんだろう」と思い、実際にその方に贈ってみたんですね。そうしたら、ふわっとしたお礼のツイートがあっただけで、なんだかモヤモヤしてしまって。この一連の出来事を小説にして、原稿料で32,700円を補填したいという気持ちもあり、書き始めました(笑)。

──〈ほしい物リスト〉への違和感が出発点だったんですね。奥田さんは「物をもらうのが苦手」とのことですが、もらったらお返しをしてバランスを取りたい派なのでしょうか。

奥田:そうだと思います。Twitterで「いいね」と反応をもらうのにも、「私は何も返せない」と苦しくなってしまう時があります。他にも、フォロワーが多い人が私の告知をリツイート(リポスト)してくれるのはありがたいのですが、私がその人の告知をリツイートしたところで、相手のほうがフォロワーが何十倍も多いので、お返しにならない、もらってばかりだとどうしても思ってしまいます。なぜこんなにバランスを取りたがるのか、自分でもわからないんですけど。

──〈ほしい物リスト〉を公開する人に興味が湧いたとのことですが、この小説の主人公・相田愛奈は“もらう側”ではなく“あげる側”の人物です。それはなぜでしょう。

奥田:〈ほしい物リスト〉から贈り物をした際、その時の気持ちや感覚を全部ノートに書き留めていたんですね。「受け取った相手は、誰が贈ったと思っているんだろう」「匿名で贈られたら、贈り主がどんな人かわからない。大嫌いな人が贈ってきた可能性もあるのに、それでもその人は贈られたものを大切にしつづけられるんだろうか」「収入源もわからない相手から高価なものを受け取るって、どういう気持ちなんだろう」って。それを小説に生かしたかったんです。そうなると、贈る側を主人公にする必要がありました。

それと同時に、大金を持っている人にしようとも考えました。お金がない人が高価なプレゼントをして、見返りがなかった時にモヤモヤするのは当たり前ですよね。でも、たとえお金がたくさんあったとしてもきっとモヤモヤするはず。その部分を際立たせるために、幸運によって得たあぶく銭をたくさん持っている人として主人公を形作っていきました。

──愛奈は、正しいことはなにより強いと信じている20代の女性。コロナ禍の中、保育士として働いていましたが、たとえ園児であろうとマスクを正しくつけるよう厳しく指導したり、外出自粛期間中に恋人と旅行した同僚を職員会議で追及したりと、正しさを振るう人物です。奥田さんは愛奈に対してどんな感情を抱いていますか?

奥田:私もわかるところはあります。こういう仕事をしていると、家族という自分にとって居心地のいい人たちとしか接せず、外部の人と関わる機会が少ないんですね。そうやって生身の人間と関わらずにいればいるほど、正しさは実行しやすくなります。小説を読んで寛容さを手に入れたはずなのに、小説から意識が抜けた瞬間、正しさに走りそうになる。その往復を、ずっとしているような感覚があります。

──ここ数年、SNSによって意見が特定方向に先鋭化したり、コロナ禍で意見の対立が目立つようになったりしています。それぞれが考える正しさが顕在化しやすくなったようにも感じます。

奥田:そうですね。本来、正しさは速いこと、短いことと相性が良くないような気がするのですが、SNSではコンパクトにギュッと詰まった意見が次々流れてきます。でも、強い言葉で意見を発信している人も、実際に会って話せば余白が見えてそこまできつく感じないと思うんです。SNSという型がそうさせているだけで、実はそこまで先鋭的な人って多くない気がしますね。

奥田亜希子_02

推し活に見返りを求めてしまうのはなぜ?

──そんな愛奈が宝くじで2億円当たり、保育士を辞めて無職に。福祉団体に寄付をしたり、〈ほしい物リスト〉で贈り物をしたりしながらも質素な生活を送っていますが、そこに同い年の従姉妹・忍が転がり込んできます。彼女はどんな人物でしょう。

奥田:愛奈と対照的な人物を登場させたほうが、話が動くのではないかと思いました。友達だと遠すぎるし、兄弟姉妹は近すぎる。ちょうどいい距離感を探った結果、従姉妹になりました。「すばる」の担当編集者と打ち合わせをする中で、「愛奈にない趣味があったらいいよね」という話が出て、地下アイドルの推し活をしている子になりました。

──作中でも書かれていましたが、推し活は相手に無償の愛を与えているようで、自分も元気やときめきをもらっています。非対称ですが、一応“贈与”に対する“返礼”のバランスが取れているような気もしました。推し活については、どう捉えていますか?

奥田:作品のファンでいるうちは、「素晴らしいコンテンツを作る」→「それを買う」という関係で終わると思うんです。ただ、人を推すようになると、見返りとは言わないまでも、相手にそれなりの立ち居振る舞いを求める気持ちが出てきますよね。

私はコンテンツ派なので人を熱心に推すことはあまりなく、忍のように「推しの夢を叶えるために売り上げで貢献したい」という感覚がよくわからなくて。一人の人間が同じCDを何枚も買うことが、果たして本当に相手の夢を叶えることになるのか。そのわからない気持ちも、そのまま書きました。

──忍は愛奈の提案で〈ほしい物リスト〉を公開し、いろいろな人から物をもらうようになっていきます。それを見た愛奈は、物を贈ること、それに対して見返りを求めることについて考えていく。愛奈がどうなっていくのか、奥田さんには最初から見えていたのでしょうか。

奥田:いえ、今回はプロットを考えずに書き始めたので、書きながら考えていきました。主人公が〈ほしい物リスト〉で物を贈り、ちゃんとしたお礼がなかったことにモヤモヤするところまでが絶対に書きたかったことですね。贈与と返礼を書くつもりだったのが、だんだん正しさや欲望の話へとシフトしていった感覚です。

奥田亜希子_06

お金には万能に近い力がある

──贈与と返礼について書くことで、奥田さんの中で何か見えてきましたか?

奥田:やっぱり、私にとって物は気持ちなんですよね。物を物として割り切るのはすごく難しいです。でも、知らない人から〈ほしい物リスト〉に載せた物をもらった時に怖いよりも嬉しいと感じられる人は、他人を信じられる人なのかもしれません。リストを公開する人の気持ちがわかったとは言えませんが、この小説を書いたことで気にはならなくなりました。

また、よく「見返りを求めないのが本当の贈与」と言われますが、私は見返りうんぬんよりもジャッジしないことなのかなと思いました。その人の欲望に正当性があるのか、その人に見合ったものなのかと、ジャッジしない。それは、相手の存在そのものを肯定することにもつながるのかなと思います。

──作中では、フランスの社会学者マルセル・モースの『贈与論』を引き合いに出し、「見返りに感謝の言葉すら求めない本当の贈与をしたいなら、そうと分からない形にしないと」「例えば、公による給付の制度には、贈与から人間の生々しい感情を削ぎ落とした面があると思ってる」と登場人物に語らせています。これも面白い考え方ですね。

奥田:そうですね。「人は感情の生き物だから、個人が人を支援するのには限界があるんじゃないか」「だから、社会保障や税金に意味があるんだな」と、以前からぼんやり考えていて。こうした考えが、今回の小説にうまく接続されました。

──こうした言葉を受け、愛奈の行動も変わっていきます。その変化については、どう考えていますか?

奥田:書きながら、偶然たどり着いた結論でした。ただ、愛奈が変化したのかどうか、私としては微妙だなと思っています。愛奈の変化を書いたような気がする一方で、変わっていないんじゃないかという感覚もあるんです。人ってそんなに簡単に変わらないという思いが、私の中にあるのだと思います。

──とはいえ、忍と一緒に暮らすことによって少し角は取れたような気はします。

奥田:そうですね。ひとりひとりに感情があると気づいたのは、愛奈の変化なのかな。感情は、正しさとは必ずしも合致しないものです。正しさの根っこにある感情が見られるようになったんでしょうね。愛奈が「正しくない」と思っていた人たちの中にも、それぞれの正しさがあるとわかったのだと思います。

先ほど、コロナ禍で各々の正しさが顕在化したという話がありましたが、コロナ禍では未来が見えなくなりましたよね。この小説を書き、正しさは時間の感覚と深く関係していると気づきました。将来を見通したうえで物事を考えるかどうかで、その人の正しさは大きく変わります。数十年先まで見通せる人、見通したい人と見通せない人、見通す必要を感じない人をコロナが分断し、正しさを分けたのではないかと思います。

──忍は「自分には今しかない」と言い、愛奈のことを「自分には未来があるって信じられる人」だと述べます。未来を見通す自分と今しか見ていない忍とでは、物の見方がまったく違うことに気づくのが印象的でした。

奥田:どこに視線を据えているかで、意見は分かれますよね。かなり先まで見ているのか、手元を見ているのか。どちらが正しくてどちらが間違っているという話ではありませんが、こうしたところから揉めごとや対立が起きるのではないかと思います。

──先を見るか手元しか見えないかの違いには、お金を持っているかいないかも関わっていそうです。

奥田:それは絶対にありますね。金銭面で苦しい人は、本当に手元しか見られないので。愛奈はたとえ大金がなくても先まで見通せる性格として描きましたが、一般的にはお金や心身の健康に余裕がないと先を見通せないものだと思います。

──先ほど「贈与と返礼を書くつもりが、正しさや欲望の話になっていった」とお話されていました。欲望というテーマは、なぜ浮かんできたのでしょうか。

奥田:忍は欲が大きい子だったので、自然と欲望のほうに傾いていきました。「推しにお金を落としたい」という忍の気持ちと、「正しくありたい」という愛奈の思いには、実はそんなに差がないんじゃないかと思って。「正しくあろうとする自分の気持ちもまた、欲望のひとつに過ぎないのだ」というのは、書きながらふと出てきた一文です。最初から考えていたわけではないので、この考えに思い至ってよかったなと思いました。

──この作品を読んでいて、あらためてお金って何だろうと考えました。奥田さんは、執筆を通してお金のあり方、その価値についてどんな考えを抱きましたか?

奥田:「お金って力だな」と思いました。登場人物のセリフにもありますが、人を変える力が強すぎて万能に近いんですよね。忍が「金って、人の行動に口出しできる権利も買えるだね」とつぶやくシーンがありますが、お金があれば、時に自分の言うことに相手を従わせることもできる。なんてことないひと言ですが、あの一文によって全体が引き締まったような気がします。それくらい、お金は力なんですよね。

奥田亜希子_03

コロナ禍、東京五輪…… 時代性を取り入れた小説に初挑戦

──この小説は、中編といわれる約140ページのボリュームです。短編や長編とは、書き方も違うのでしょうか。

奥田:短編の場合、オチをきれいに決めるために大まかでもプロットを組み立てて書きます。でも、中編は自分が考えるためのツールに近く、短編より枚数が多い分、より自由度も高いんですね。長編も、連載の場合はプロットを組み立てますが、書き下ろしはその時自分が考えたいことを書いています。中編を書くのは好きですし、もっと書いてみたいですね。

──お話を伺っていると、『ポップ・ラッキー・ポトラッチ』も、奥田さん自身が疑問を抱いたことについて考え、その思考の過程を書いているように感じました。思考実験のような感じなのでしょうか。

奥田:そうですね。プロットを立てず、「こういう人物がこうなったらどういうふうに感じるんだろう」と探りながら書きました。自分が答えにたどりつきたいこと、「これってどういうことだろう」と疑問を抱いたことについて、書きながら探っていく感覚です。

──となると、書き始めたものの、答えが見えないというケースもあるのではないでしょうか。

奥田:そうなんです。時間もかかりますし、しんどいこともあります。この小説も、最初の10枚くらいに数ヵ月かかりました。その先が思い浮かばないので、ずっと文章をいじりながら「どうしよう」と思っていて。「もう無理だ」と思い、途中で別の小説を書いて編集者に提出しましたが、「絶対にもとの小説のほうがいい」と言われて、また書き始めました。でも、前半の三分の一くらいを過ぎた頃からは、私の中では類を見ないくらい順調に進みました。

──この小説は、“純文学”と分類される作品です。奥田さんはエンターテインメント作品もお書きになりますが、純文学とエンタメ性の高い小説では書く時に何か違いがありますか?

奥田:やっぱりプロットを決めるか決めないかが大きいですね。プロットがないものは、改めて振り返ると「うまくハマらなかったらどうするつもりだったんだろう」と怖くなることもあります。でも、うまくいけば気持ちがいいし、小説を書くことの楽しさを感じます。

──この小説を書き終えた今、どのような手ごたえを感じていますか?

奥田:私はこれまで、作中に固有名詞を出したり、ニュースや時事ネタを取り入れたりすることはほとんどありませんでした。いつ読んでいただいてもいいように、“スマホが普及した現代の東京”くらいのイメージで書いていたんです。もしかしたら自分には時代を反映したものは書けないのではないかと思っていましたが、初めて挑戦し、1冊書き終えたことは自信につながりました。

──コロナ禍や東京オリンピックが始まる頃の空気感があふれていました。

奥田:まさか自分がコロナ禍を書くとは思っていなかったので、資料も手元になくて。ひとつひとつ調べながら書きましたが、緊急事態宣言がいつ出されたかなんて、意外と覚えていないものですね。コロナ禍はまだ終わっていませんが、最初の頃と最近では世の中の受け止め方もまったく違いますよね。初期はもっと息苦しかったし、私も含めてみんなピリピリしていました。そういう時期を書くことで、愛奈の正しさともきれいにつながりましたし、自分としても正面からコロナ禍を書けてよかったです。

──最後に、この作品はどんな方におすすめしたいですか?

奥田:愛奈は、私と同じ愛知県豊橋市出身という設定です。なので、三河弁をたくさん書きました。「じゃんだらりん」と言われる「~じゃん」「~だら」「~りん」という語尾が特徴なんです。名古屋弁ではなく、三河弁がここまで多い小説はなかなかないと思います。三河地方の方が読むと、ちょっと楽しいと思います(笑)。

また、今回は笑ってもらえたらいいなという気持ちで書いた文章もたくさんあります。笑えるという意味で面白い小説として読んでいただけたらうれしいです。

奥田亜希子_05

プロフィール
奥田亜希子(おくだ・あきこ)
1983年、愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞し、デビュー。2022年『求めよ、さらば』で第2回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を受賞。ほかの著書に『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『青春のジョーカー』『愛の色いろ』『白野真澄はしょうがない』『クレイジー・フォー・ラビット』『夏鳥たちのとまり木』などがある。

この記事に関する写真(5枚)

  • 奥田亜希子_04
  • 奥田亜希子_02
  • 奥田亜希子_06
  • 奥田亜希子_03
  • 奥田亜希子_05

Edited by

書籍 インタビューの記事一覧

もっと見る