現在全国の書店で、U-NEXTと早川書房がコラボした「映画原作フェア」が開催されている。
早川書房といえば、国内外の文芸、SF、ミステリー、ノンフィクションなど幅広いジャンルの出版を手掛けているが、『オッペンハイマー』『哀れなるものたち』『関心領域』といった映画の原作本も多数刊行している。今回のフェアでは、U-NEXTで配信されている名作映画10作の原作本カバーを映画版のキービジュアルに差し替えて販売。今回のフェアでしか入手できないとあって、映画ファンはもちろん、原作ファンにも人気を集めているという。「名作は、名作から生まれる」を冠した「映画原作フェア」について、その背景をうかがった。
「名作は、名作から生まれる」をキャッチコピーにした「映画原作フェア」。企画した早川書房・営業部の鈴木愛加さんは「以前から海外で話題の作品や名作を出版してきたので、早川書房がSFやミステリーの翻訳を手がけている出版社だとご存知の方が多いと思う」とした上で、「今回は特に映画にフォーカスを当て、映画の原作を早川書房が出版していることを多くの人に知っていただきたいという思いから」企画がスタートしたという。早川書房が原作本を販売している映画・ドラマのうち、少なくとも100作以上がU-NEXTで配信されていたこともあり、U-NEXTに提案する形で企画がスタートしたそうだ。
一方、U-NEXTにとって名作映画はどういう存在なのか。
U-NEXT・映画部 部長・林健太郎さんは、「ひと言でいえば、なくてはならない存在」と語る。「新作映画ほどの動きはなくても、名作映画はコンスタントに観られ続ける。レンタルビデオ店をひとつのお手本とするU-NEXTの映画ジャンルとしては、たとえば『2001年宇宙の旅』のような名作中の名作が棚にないということはありえない」。しかし一方で、洋画だけでも約1万本のラインナップがあるため、サービスの中で傑作が埋もれてしまうジレンマもあるそうだ。「監督やジャンルなど、切り口を変えた特集を作って見せ方を工夫しているものの、過去の名作の需要を改めて掘り起こすのは簡単ではない」からこそ、同じ発想を持つ早川書房の提案は、U-NEXTにとっても好機と感じたそうだ。
今回のフェアで対象となっているのは、『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『スローターハウス5』『ゴッドファーザー』『ブレードランナー』『ファイト・クラブ』『ノー・カントリー』『シャッター・アイランド』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『華氏451度』の10作品、いずれも名作揃いだ。それぞれの書籍の帯にはU-NEXTの作品ページにつながるQRコードが掲載されており、原作を読んで映画が観たくなったら、作品ページにすぐアクセスできるようになっている。
今回のフェアの一番の特徴が、原作本に映画版のビジュアルを使用したカバーを巻きなおしている点だ。カバーを新たなものに変えることで、「これまでとは違った顔で新しいおもてなしができる」(鈴木さん)のだという。確かに、出揃った10点の文庫本の装丁はそれぞれインパクト抜群で、ズラリと並ぶと、個性的でクールなジャケットにわくわくしてしまう。なかでも、目を引くのが『ゴッドファーザー』。同作の原作本は上・下にわたっており、上巻はマーロン・ブランド、下巻はアル・パチーノのビジュアルで迫力満点。映画を見ていれば、名シーンの数々が蘇るような…。それほどファンの心を躍らせるものがある。
実際にフェアを展開中の書店からも好反応だという。「書店員さんの中には映画好きの方が多くて。フェアが始まる前からSNSなどで告知してくださりどんどん広がった感じがある」(鈴木さん)という。首都圏のとある書店では、対象の原作本とともに、書店員が個人的に好きな映画の原作本も一緒に置くことでフェア全体を盛り上げたり、地方の書店ではポップを付けて熱いコメントを書き、その様子を写真に撮ってツイートしたり。さまざまな形で熱いPRが繰り広げられているという。
読者からの反響もいい。「タイミングよく、『昨日観た映画の原作本を書店で見つけて買ってしまった』という人や、『素敵な装丁に惹かれて、買っちゃった』という人。また『ずっと読んでみたかったけれど、今回すごくかっこいいカバーになっていたので買ってしまった』という声も多くありました。今回の10作品は小説としても名作なので、すでに読んでいる人が多いのではないかという固定観念がありましたが、映画は観ていても原作は読んでいないという人も多くて。今回の装丁がきっかけになったのではと実感しています」(鈴木さん)。
フェアの効果は数字にも現れているそうだ。どれも名作のため、毎月一定数の売上があるそうだが、今回のフェアで「最低でも3割増。中には通常の2倍以上の売上を上げている作品もある」という。とくに一番好調なのは、映画『ブレードランナー』の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。その理由は、映画『ブレードランナー』の知名度の大きさに対し、映画と原作でタイトルが違うため、「今回初めて『ブレードランナー』の原作と知った人もいるのでは。映画も良かったですが、原作のタイトルもかっこいいので興味を引くのかもしれません」。また『ブレードランナー』は熱烈なファンが多く、パッケージもディレクターズ・カット版やファイナル・カット版など様々なバージョンが発売されている。「すべて買い揃えるファンも多いと聞くので、原作本も全部集めたいという人が多いのかもしれません」(鈴木さん)。
「映画好きであればこそ、ぜひ原作にも触れてほしい」と話す鈴木さん。そこで、原作本についての魅力や楽しみどころを聞いてみた。
「主演ブラッド・ピットで非常に人気が高い映画で、手掛けたのはデヴィッド・フィンチャー監督。原作本の存在を知らない人も多いと思いますが、実は、チャック・パラニュークという作家が書いており、セリフや描写がすごくかっこいい。映画とはまた違った面白さが原作にはありますよ」
「映画を観ている方はご存知だと思うんですが、最後に大どんでん返しがあります。実は最初、弊社から出版された単行本ではその部分が袋とじになっていたんです。映画でそのストーリーをレオナルド・ディカプリオの演技で堪能された方も、原作ではどうなっているのか。読む価値はあると思いますよ。文庫本は袋とじではないので、この辺が大どんで返しなのかなと想像しながら読むのも楽しいんじゃないでしょうか」
「映画はコーエン兄弟が監督していて、アカデミー賞で4部門も受賞している人気の高い作品ですが、原作は『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』というタイトルで、原作者はコーマック・マッカーシーです。彼は昨年6月に亡くなりましたが、アメリカ文学の巨匠と言われた大作家で、セリフの文に鉤かっこを一切用いらずに、地の文だけで書く特徴があります。バイオレンス描写など小説でしか味わえないマッカーシーの魅力があるので、ぜひ原作で読んでいただきたいです」
「映画はレオナルド・ディカプリオ主演でしたが、主人公の破天荒すぎる生きざまが話題になって、映画を見ると本当にこれ実話?と思ってしまうほどでした。実は、今回の10作品のうち、本作だけが『ハヤカワ・ノンフィクション文庫』なんです。映画ではエンタメ部分しか描かれていなかったけれど、主人公の人生がリアルに描かれていて、ノンフィクションでしか味わえない魅力がふんだんです。しかも本人自身が書いていて、相当ヤバい話も明かされていて本当に面白いですよ」
「映画界の鬼才スタンリー・キューブリックから、SF界の巨匠アーサー・C・クラークが呼び出されて、共に映画作りをしようと声をかけられて作ったもの。そもそも最初から映画の企画ありきの原作なんです。キューブリックは相当個性の強い人で、クラークも同様。原作を読むと、そんな2人のガチンコのセッションの中から生まれた作品であることがすごくわかると思います」
早川書房によれば、今回の「映画原作フェア」での購入者で一番多かったのは、40代から50代の男性。「カバーを映画ビジュアルに変えたことで、かつてレンタルビデオ店で“ジャケ借り”をしていたような中高年男性の心をつかめたのではないか」と予想。見た目のかっこよさも手伝って、『ファイト・クラブ〔新版〕』『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』は20代男性の購入も見られたという。一方U-NEXTもこのフェアによって、今までにない取り組みを経験したと話す。「我々のサービスはどうしてもデジタルの世界に閉じこもりがちですが、今回、U-NEXTの外で、それも書店で名作映画のビジュアルをアピールでき、いろいろな意味でプラスに働いていると思います」 (林さん)。
映画を見てから原作を読むもよし、また、原作を読んでから映画を見るもよし。さまざまな楽しみ方で名作と呼ばれるものたちの魅力に触れてみてはいかがだろうか。
※U-NEXTでは今回の「映画原作フェア」対象作品の特集も展開中。
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