「演じて終わり」にしたくなかった──映画『一月の声に歓びを刻め』前田敦子さんが込めた想い
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「演じて終わり」にしたくなかった──映画『一月の声に歓びを刻め』前田敦子さんが込めた想い

2024.01.31 17:00

2024年2月9日に劇場公開される『一月の声に歓びを刻め』。当初は自主映画としてスタートしたという本企画は、国内外の映画祭で多数の選出・受賞歴のある三島有紀子監督にとって長編10本目となる作品です。

三つの島を舞台に3人の個性的な役者たちが中心となって描く、罪と赦しの物語。そのモチーフとなっているのは三島監督自身が6歳のころ実際に受けた性暴力事件であり、映画に救われ、人生を捧げてきた同監督の実存。「傷をたずさえたまま、映画を作る」と決意し、18歳から作品を撮り続けてきた同監督にとって、文字通り特別な想いを込める一作となりました。

作中の第三章に登場する“れいこ”の役を務めたのは、映画や舞台、テレビドラマなど、これまで数々の作品に出演してきた前田敦子さん。本作で特に大切にしたことは何か、同氏に尋ねると「演じるだけで終わりにしたくはなかった」という言葉が返ってきました。

前田さんはれいこという登場人物の心情、本作に三島監督が注いだ意志をどのように受け止め、感じ取ったのか。そして、どのような考えを巡らせながら演じ切ったのか。オファーを受けてから撮影に取り組むまで、当時を振り返りながら、この作品に込めた想いを語ってくれました。

「綺麗に演じて終わり」にしたくない。だからあえて「準備をしすぎない」

──本作への出演オファーを受けて考えたこと、当時の心境について教えてください。

前田:最初はお引き受けするかどうか、とても悩みました。三島監督が特別な想いを込めて作ろうとしているからこそ、しっかり受け止めて決めたかった。けれど、考えを巡らせるほど、オファーに対する向き合い方にも変化が生じてきて。1ヶ月ほど経っても正式なお返事ができない状態が続いていました。

その間、監督は変わらずずっと待ってくださったんです。きっと監督ご自身の考えにも、日々変化はあったと思います。それでも私にラブコールを送り続けてくださったことが、すごく心に響きました。

前田敦子さん_03
前田敦子:アイドルグループ「AKB48」の元メンバー。映画『あしたの私のつくり方』(2007年)で俳優デビューし、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』2011年)で映画初主演。グループ卒業後から俳優業を本格化し、映画から舞台、テレビドラマまで幅広く活躍。映画の出演作はこれまで『イニシエーション・ラブ』(2015年)、『旅のおわり、世界のはじまり』(2019年)、『葬式の名人』(2019年)、『もっと超越した所へ。』(2022年)など多数。

──三島監督のなかで、今回の役は前田さんにお願いしたい気持ちがとても強くあったのではないかと想像しました。

前田:はい、本当にありがたく感じています。

三島監督の作品に出演するのは、今回が初めてでした。ご一緒するなかで感じたのは、監督がブレない人だということです。自分の中で「こうだ」と決めたら、それに対して正面から向き合う。オファーだけでなく、演出や撮影の面からも、監督のまっすぐな人柄を感じていました。

一方で、柔軟な姿勢を大切にされているとも感じていて。目指すゴールは明確でブレないけれど、そこへたどり着くための方法は臨機応変に、常に色々な選択肢を考えている。私を含めた一人ひとりの演者にいつも寄り添いながら、一緒に作品を作ってくださる方なんだと実感していました。

──今回の役を演じるうえで、特に考えたことや意識したことはありましたか?

前田:さまざまありますが、なかでも意識したことの一つが「感情の準備をしない」ことです。

一生忘れられない悲しい記憶や経験は、誰にでもありうるものだと思います。そういう記憶や経験を抱え込みすぎないように努力しながら、私たちは日々を過ごしているはずで。忘れようとしたり、心の奥底にしまい込んだり、そうやって懸命に前を向こうと毎日を送っている。

だからこそ、悲しい記憶や経験が、ふと何かのきっかけで鮮明に思い出されることがある。文字通り、突然自分のなかに現れるような感覚です。この作品のなかで描かれるれいこの心の動きには、そんな感覚と通底するものがあるのではないかと考えました。

だから今回は、頭で考えながら丁寧に演じることよりも、自分のなかで突然湧き上がってくる感情や気持ちを大事に演じることを、心がけようと思ったんです。

───そんな想いが「感情の準備をしない」という一つの工夫につながっていく、と。

前田:はい。「準備をしない」というより、「してはいけない」とさえ思いました。「今はこういう感情になった方がいいかも」「この場面ではこういう気持ちを演じた方がいいかも」のように、一つひとつを頭で考えながら演じることもできる。でもこの作品においては、どんな感情を表現するか準備しすぎないこと、考えすぎないことを常に意識していました。

でなければ、どこかありきたりな表現にとどまってしまう気がしたからです。何より、この作品を通して自分が本当に伝えたいことを伝えるには、「感情の準備をしない」ことが鍵になると考えました。

──前田さんはれいこという人物のなかにある感覚、心情をどのように感じ取っていたのでしょうか。

前田:人に言えない、言いたくない傷を心に負いながら生きている。そんな自分であることに、どこか申し訳なさを覚えているのではないかと私は感じていました。「誰かのせいではなくて、自分がいけないんだ」と常に自身に言い聞かせているような感覚です。

家族や恋人、親友といった“大切な人”と向き合うとき、気がつくと自分を責めながら接してしまう。それ自体は、私自身もすごく共感できる部分があって。れいこの中にあるそうした心の動き、内面の葛藤を大切にしたいと思いながら演じていました。

一月の声に歓びを刻め_場面
©bouquet garni films

──れいこのなかにある心の葛藤や想いが最も伝わるシーンが、第三章の終盤15分間、この章のクライマックスともいえるシーンだったと思います。

前田:そうですね。同時に、今回のなかで一番演じるのが難しいシーンでもありました。

れいこが抱えている傷を丸裸にするような場面で、単なるお芝居にはとどめたくなかった。セリフをすらすらと喋って、綺麗に演じて終わりにはしたくなかったんです。

とはいえ、究極的には私はれいこ本人ではない。彼女がした経験は、実際には味わったことがありません。れいこと同じような傷を負った人が、他人にどう打ち明けるかも見たことがない。

だからこそ、自分なりに“演じる”しかない。だけどやっぱり、この役は“演じて終わり”にはしたくない……そんな想いが行ったり来たり、ずっと心にありました。

──自分にはれいこを演じることしかできないのだけれど、演じて終わりにはしたくない……そんな葛藤が前田さんのなかにあったのではないかと感じました。

前田:はい。動き方や顔の表情、声のボリュームなど、一つひとつの部分でその考えを大切にしたいと思っていました。その意図を、三島監督はすごく汲み取ってくれて。私の考えていたことに寄り添って、演出をしてくださいました。ドラマや舞台ではなく、映画だからこそ挑戦できたことでもあったかもしれません。

前田敦子さん_02

違和感があるときこそ、良いバランスが保てている

──先ほど、三島監督の作品への出演は今回が初めてというお話がありました。実際にご一緒されて感じたことは、他にもありましたか?

前田:この作品で監督と初めてご一緒できて、改めてとても良かったと感じています。

監督がこの作品にどれだけ魂を込めているかは、オファーを受けた時点からすごく伝わってきていました。この作品を通じて、監督はご自身の経験や想いの一部を、私たちに背負わせてくれた。だからこそ、監督とはお互いにリスペクトの気持ちを持って、制作期間中は家族のような雰囲気で過ごすことができたと感じています。

──この作品に参加したことが前田さんの俳優人生にとって、何か影響を与える経験になったと感じますか?

前田:そうですね。ただどのように影響するかは、後になってみないとわからないと思います。

ここ数年、俳優のお仕事にますますやりがいを感じる一方、同じくらい“難しさ”を覚えるようにもなっていて。自分でも、この先どうなるかわからないことがたくさんある。だからこそ、この作品に参加したことが自分にどう影響するかも、今はまだわからないです。

──特に“難しさ”を感じているのは、どのような点なのでしょうか。

前田:切り替えのしやすさが、日々変化することです。

作品のなかの世界と、私が実際に日常を送る世界は基本的には別ものです。だからセリフを覚えたり、役を演じたりするためのスイッチを自分のなかで入れて、切り替えなければなりません。

そのスイッチは入りやすいときもあれば、入りにくいときもあります。その日の自分の状況次第で、腰が軽いときもあれば、重いときもある。その程度がどれくらいなのか、実際にそのときを迎えてみないとわからないんです。そのわからなさに、難しさを感じることが増えました。

──自分ではコントロールできない要素が「切り替え」のしやすさに大きく影響する。それが特に難しいポイントの一つのように感じました。

前田:たしかにそうかもしれません。一方で、自分なりにこれまでの経験から学んでいることもたくさんあって。たとえば私の場合は、全体的に色々なことがうまくいってるときの方が切り替えが難しく、納得のいく演技にならないことが多いと感じます。

撮影中迷いなく過ごせている時よりもよりどこか不安、違和感を感じながら向き合っているときの方が、俳優としての自分は良いバランスを保てているのだと思います。 自分でもすごく不思議ですし、それを予測したり、コントロールしたりするのって、ものすごく難しいですよね(笑)。いつまでたっても、完全に思い通りにいくことはないかもしれません。そういう難しさと向き合うのも、自分の仕事なのだと感じています。

──前田さんが『一月の声に歓びを刻め』にどんな想いを込めたのか、何を考えながら演じていたのか。今日お話を伺うなかで、少しだけ紐解けた気がします。

前田:感覚的な話が多く、伝わりづらいところもあったかもしれません。いずれにしても、完成した作品はすごく開放感があって、魅力的な映画になっていると感じます。そうした魅力を存分に体感していただきたいですし、ひとりでも多くの方に届いてほしいです。

──たしかに自然豊かなロケーションやテンポの良さからも、どこか「開放感」を覚える作品でした。

前田:重たい話を淡々と見せるのではなく、映画ならではの方法を使って、清々しさを生み出している。空間の使い方にもすごくゆとりがあって、見ていて息がつまりすぎない作品になっていると思います。

一方で、開放感があるだけでなく、そのなかに垣間見える罪の意識、重たい空気もたしかに滲み出ていて。映画だからこその、複雑さの表現ができている作品だと思います。その複雑さこそが『一月の声に歓びを刻め』の素敵なところだと思いますし、ぜひ味わっていただきたいです。

前田敦子さん_04

『一月の声に歓びを刻め』

『幼な子われらに生まれ』『Red』三島有紀子監督最新作。三つの島を舞台に、〝ある事件〟と〝れいこ〟を探す心の旅

国内外の映画祭で高い評価を受ける三島有紀子監督の長編10本目の本作は、自身が47年間向き合い続けた「ある事件」をモチーフに、自主映画からスタートしたオリジナル企画。八丈島の雄大な海と大地、大阪のエネルギッシュな街と人々、北海道洞爺湖の幻想的な雪の世界を背景に、3人の個性的な役者たちと、方舟をテーマに罪と赦しを繊細な映像で描いた。船でやってきた者を前田敦子が、船を待つ者を哀川翔が、そして、船で向かう者をカルーセル麻紀が。「ある事件」を別々の角度から静かに美しくして凄まじく描き、その先を見る者に託した挑戦的な映画。

2月9日(金)テアトル新宿ほか全国公開

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