筆者は、「いま芸能界で最も目が離せないピン芸人“ひょうろく”の、異次元の笑いを考察する」という記事でひょうろくの魅力を書かせてもらったばかりなのだが、実はもうひとり気になる芸人がいる。マセキ芸能社所属のお笑いコンビ「きしたかの」のツッコミ担当、高野正成だ。
真っ黄色のスーツに身を包み、年齢のわりには寂しい頭髪(現在35歳)と、耳をつんざくようなドでかヴォイスで、縦横無尽にツッコミまくる。その切れ味、そのスピード。間違いなく彼は、カンニング竹山、おいでやす小田、「バイきんぐ」小峠英二の系譜を継ぐ、キレ芸免許皆伝者だ。
ブレイクのきっかけとなったのは、YouTubeチャンネル『高野さんを怒らせたい。』だろう。当初は『きしたかのなかよしチャンネル』という企画ものコンテンツだったのだが、2022年にドッキリ系に路線変更したところ、極限状況に追い込まれた高野のリアクションが面白すぎると評判となり、大バズり。“芸能界に高野あり”と、その存在を広く世間に知らしめることとなった。
「映画の字幕がずっと天気の話で怒らせたい」、「去年の競馬新聞で予想させて怒らせたい」、「YouTubeの広告が全部嘘で怒らせたい」、「漢検の試験"会場"に向かう車が、"海上"に行って怒らせたい」、「TV局へ連行する時にサビの無い曲を4時間聞かせて怒らせたい」など名作・傑作はあまたあるが、個人的に推しなのが「クイズを解けば解くほど不幸になって怒らせたい」。
これは、ウミガメのスープと呼ばれる水平思考クイズ企画。「ある男は健康のために不健康な生活を送った。一体なぜ?」、「ある男は毎日、洗い物をした後に洗ったものを汚そうとする。一体なぜ?」といったお題に対し、高野は出題者にどんどん質問をしていって、その答えを必死に見つけ出そうとする内容である。
もちろん、あの手この手で高野を怒らせようとするチャンネルなのだから、単なるクイズ企画ではない。質問を繰り返していくうちに、“ある男”の正体が自分であり、知らず知らずのうちに悪魔のような陰謀に乗せられていたことに気付いていく。彼はお笑いコンビ「ゆめまなこ」のまるゆかと2023年に結婚したばかりなのだが、彼女もその陰謀にきっちり加担。芸人の嫁として満点の仕事をしている。
「生配信中にマリオが進むと個人情報が出てきて怒らせたい」も神回だ。これは、「スーパーマリオメーカー2」で作成したオリジナルの「スーパーマリオブラザーズ 」をゲーム実況する企画。ところがゲームを始めるやいなや、高野の個人情報がレンガブロックで書かれていて、迂闊に前に進めなくなってしまう。
最初は「誕生日」「身長」「血液型」くらいだったのだが、ステージをクリアするごとに、「住所」や「電話番号」や「LINE ID」など、どんどんエグい内容に。「進めねえよ!」と絶叫しながらも、ゲーム実況生配信ということもあり、ヤケクソ気味で前進していく。個人情報の大切さが叫ばれる時代にあって、彼は自分の情報を切り売りして、芸人根性を見せつけるのである。
なぜ『高野さんを怒らせたい。』が、凄まじく面白いのか。それはズバリ、彼の“可愛げ”である。いいトシした薄毛のオジさんがドッキリを仕掛けられて、まんまとハマって怒鳴り散らす動画なんて、普通に考えれば見るに堪えない。だが高野は、持って生まれた愛嬌と人間力で、そんなドイヒーな企画すらもどこかほっこりとした空気に変えてしまう。騙されたと知って怒り心頭な表情を見せても、心根の優しい部分が映像から垣間見える。
そう、彼は「ダイアン」津田にも通じる、可愛い系おじさんなのだ。
極限状況に追い込まれたときに真価を発揮する芸人を、かの『水曜日のダウンタウン』スタッフが放っておくはずがない。3月13日に放送された「清春の新曲、歌詞を全て書き起こせるまで脱出できない生活」は、彼の良さが存分に発揮された回と言っていいだろう。
これは、水ダウおなじみの脱出系企画。20分ごとに流れる清春の新曲を聞き取って、その歌詞をホワイトボードに書き起こす。曲が流れた10分後に判定タイムがあり、1文字でも間違っていたら不正解となる地獄のミッションだ。最初は楽勝ムードだった「きしたかの」の2人だったが、清春のクセの強すぎる歌い回しに事の重大さを思い知り、冥府魔道に迷い込んでいく。
相棒の岸大将はなかなかの頭脳派で、「ホワイトボードに少しずつ書き加えていって、どこが不正解なのかをチェックしながら進めていく」とか、「オケなしの歌をラジカセで録音すれば、何度でも聴くことができる」とか、ナイスな戦略を次々に提案。一方の高野は、清美のクセ強ヴォーカルに悪態をつきながらも、曲が流れてくれば目をギンギンにさせて耳を澄ませたり、まさかの正解のときには目を見開いて驚いたり、ひとつひとつの表情が豊かで、見ていてとにかく楽しい。圧倒的なビジュアルの強度も、可愛い系おじさんの必須ポイントなのだ。
高野の魅力はそれだけではない。彼が可愛い系おじさんだけではなく、漢気系おじさんでもあることを証明したのが、7月24日に放送された「モニタリング中にターゲットのエグい秘密知っちゃっても一旦は見て見ぬフリする説」。
ビスケットブラザーズ、しずる、ジグザグジギーら複数の芸人がいる楽屋にドッキリを仕掛けて、それを別室からモニタリングする…というのは表向きの企画。「ガクヅケ」木田が、皆がいない隙を見計らって楽屋泥棒を働くのを高野が目撃してしまうという、逆ドッキリ企画である。
しかも木田は、高野が弟のように可愛がっている事務所の後輩。生活態度が悪くて事務所からは再三注意されてきたダメ芸人ではあるが、そんな彼を高野は優しく見守ってきた。だが、人の財布から札束を盗む悪行に手を染めていたとは。モニター越しに思わず「バカ野郎!」とつぶやく姿は、スタジオゲストの「霜降り明星」せいや曰く“人情刑事”そのもの。高野は肩を落としながら、「こちらこそすみません…後輩です」とTBSのスタッフに謝罪し、鎮痛な表情で「終わったな…」とうなだれる。
やがてお金が盗まれたことが発覚し、楽屋は異様な空気に。それでも木田本人が謝罪することを期待して、高野は犯人を見ていないと誤魔化す。証拠VTRが到着すると、高野は木田に小声で「自分で言え。見られる前に自分で言え」と言い続け、最後の最後まで自供するチャンスを与える。やがて犯行現場が映し出されるが、それでも「違うんです。違うんです」としらばっくれる木田の頭を思いっきり引っ叩き、「バカお前ホントに…すんません、木田です。お前自分から言わねぇし…」と泣きじゃくる。
これが水ダウの逆ドッキリであることが分かると(それにしても何と罪作りな番組なのだろう)、今度は安堵の涙に。感情ぐっちゃぐちゃで、とにかくずっと泣きっ放し。周りの先輩芸人もそれにつられて涙。バラエティ番組とは思えないほど、ハートフルでエモーショナルな大団円となったのだ。
印象的なのは、スタジオゲストが皆一様に「いい先輩だなー」とつぶやいていたこと。完全号泣モードだった森香澄は、「本気の涙というか、本当に心配しているし、本当に安心しているんだな、というのが分かりましたし…。“自分で言え”って後ろから言うのがホントに愛なんだな、と思って。芸人さんの愛を感じました」とコメント。正義感に溢れ、人情味に溢れ、愛に溢れた男、高野。たしかに「理想の先輩ランキング」でも上位にランクインされそうな、最高のパイセンだ。
サンドウィッチマンが好感度No.1芸人として君臨していることでも明らかなように、現代のお笑いはセンス以上に人間力が求められる。それはNSCでも松竹芸能養成所でも会得することができない、天から与えられた才能だ。そして間違いなく「きしたかの」高野正成は、そのかけがえのないギフトの持ち主である。
気づけば筆者はまた、高野の可愛い気と漢気に触れたくて、彼の動画を再生してしまっているのだった…。
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