『大阪古着日和』で映画初主演の「さらば青春の光」森田哲矢インタビュー。かっこつける恥ずかしさや、古着との出会いを語る
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『大阪古着日和』で映画初主演の「さらば青春の光」森田哲矢インタビュー。かっこつける恥ずかしさや、古着との出会いを語る

2023.12.01 12:00

お笑いコンビ「さらば青春の光」の森田哲矢さんが映画初主演を務める『大阪古着日和』。

元々は男性向けカルチャー誌「Pen」の企画として、光石研さんが東京都内の古着屋をめぐり、その土地や店、古着の魅力などを心の声とともに伝えるYouTubeドラマ「東京古着日和」として制作されました。森田さんは以前からこのドラマにハマっていると公言していましたが、映画化された『大阪古着日和』でなんと主演に大抜擢。しかも舞台は大阪。古着と恋と仕事の3日間の物語です。

大の古着好きが高じて本人役で映画主演を果たした『大阪古着日和』について、森田さんに撮影中のエピソードや古着との出会いとなった「アメ村」の思い出を聞きました。

──撮影のときのことを振り返りたいのですが、初日の感想から伺ってもいいでしょうか。ヒロインの花梨さんとはこの日が初対面でした。

森田:現場に入って、森島(久)さんが用意してくださった古着の数々に、ときめいたのを覚えてます。うわー、これ売ってくれへんのかなって、思いましたからね。花梨ちゃんのことは画像では見てました。実際に会ってみたら、なんつったらええんやろな、個性的ではあるけど、美人っていう印象でした。

──ちなみに、花梨さんは森田さんにすごく感謝してました。撮影の合間合間に、おふたりでセリフの練習をされてましたよね。花梨さんは「森田さんがことあるごとにつきあってくださったので」と。

森田:そうですか。まあでも、花梨ちゃんとは現場でよくしゃべりましたね。ロケバスでも結構話してましたからね。関係ないこととかでも。単純におもしろい子やなと、しゃべってて思いました。どこか変わってる部分もあるし。

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©2023 TT BOOKS & FILMS

──2日目にオープニングのシーンを撮りました。森田さんに「かっこつけてください」と、ご本人役で出ていただいている方には、ある意味、過酷な要望を出しました。

森田:ですよね(笑)。一応、映画なんで、芸人役とはいえ、ちょっとかっこつけないかんというのがあったと思うんですけど、あのへんは小っ恥ずかしかったですね。あんまできる経験じゃなかったな、とは思いますけどね。

──光石さんとの共演の感想をお聞かせください。

森田:僕なんかにも気さくにしゃべりかけてくれたりして、すごくいい方だなっていうのと、やっぱり当たり前のように俺と違ってセリフ覚えて来てんねんなっていう。全部入ってんねんなっていう。だから光石さんの前では、自分が覚えてないことがバレないように必死でした(笑)。光石さんと一緒のシーン以外では、堂々と台本を広げて見てたんですけど、その日だけは光石さんにその姿を見られないように、裏でこっそり、セリフを確認してたような記憶があります。

大阪古着日和_02
©2023 TT BOOKS & FILMS

──先日光石さんにお話を伺った際に、森田さんに謝ってました。「アドリブでちょっとやりすぎちゃいました」と。

森田:いやいや、そんなことないです。逆に助かりました。もとをただせば『東京古着日和』から始まったものですから、自由にやっていただいてなんも問題ないです。それよりも、光石研さんとこんなセッションができてるんだ、というのがすごいうれしかったですね。僕はあたふたしながらやってましたけど、どんどん来てくれって思ってました。やっぱり僕からは行きづらい。受けのほうがやりやすいっていうのはあったんで、そこは全然気にならなかったですね。むしろ、こんなやってくれるんだ、みたいな感じがありました。

──振り返ってみて印象に残っているシーンはどのあたりでしょうか?

森田:うーん、ラストかな。ラストの川沿いの夕日のシーンですかね。大阪での撮影の最終日でしたけど、結構バタバタしてましたよね。日が落ちそうで、時間がないなかで、一番かっこつけなあかんところやし、ミスられへんなっていう感じはありましたね。あと違う意味でいうと、うちの実家の蕎麦屋に行ったときは嫌でしたけどね。親父が出て来て。

──お父さま、すごく映画が好きなんですね。

森田:そうなんすか?

──単館系の映画館によく行ってらっしゃるようですし、好きな映画は映画館で何回も観るとのことでした。

森田:まあ、たしかに昔から家でもよく映画を観てましたね。芸術が割と好きなんやろなって思いますけどね。絵とかみたり、陶芸やったり、切り絵やったりとかが好きやから、そういうのが好きなんでしょうね。

───昨年は『こちらあみ子』という映画を3回観に行ったとおっしゃってました。

森田:それ、入れ込んでるキャバ嬢と行ったんじゃないんすか。知らんけど(笑)。

──最後のシーンは舞台での漫才でした。近頃では、さらばさんの漫才をみられること自体が貴重です。あの部分の脚本は、さらばのファンのみなさんにはお馴染みの廣川(祐樹)さんが書いています。

森田:そうですね。もうあんまり漫才やってないですからね。ああ、でも、もしかしたらあそこが一番、小っ恥ずかしかったかもしれないですね。まあブクロが出たっていうのはいいことやなって思いますけど(笑)。いろいろ小っ恥ずかしいので、なんか、みてほしいようなみてほしくないような映画なんですよ。でも、締めとしてはいい締めになってましたかね。印象に残ってることで言えば、撮影中こんなパンパンOKで行くんやなって思いましたね。普通の映画とかドラマとかは、あんなにパンパンOK出さないですよね(笑)。でも、あれがうれしくもありました。全現場これでいいけどなって。俺らみたいなずぼらな人間は「え? 今ので良くない?」みたいなことをしょっちゅう思うんで。『大阪古着日和』は「はいOK」「次のシーン」「はいOK」「次のシーン」やから、そうそう、これでいいよねって思いました。

──“恥ずかしい”でいうと、株主総会のときに予告編を流していただいて、「笑う。めしを食う。古着を買う。ときどき誰かを好きになる」のモノローグのくだりで、少しウケてたじゃないですか。僕、あれがめちゃくちゃうれしかったんですけど、司会の相席スタートの山添さんもそこをツッコんだりして、やっぱりあのあたりも、恥ずかしいですよね。ふだんの森田さんじゃないですもんね(笑)。

森田:たしかに、あれが一番、恥ずかしいですね(笑)。でもまあ、結果がいいという意味では別にいいんじゃないですかね。みんながいじってくれれば、それで成仏できるというか。録ったときは大真面目に録ってますけど、ああいう場所でみたら、たしかにまあ、ギャップがありすぎて笑えますよね(笑)。真面目なもんて、得てしておもろいというか。予告編がリリースされたとき、ヒコロヒーから連絡がきて「めっちゃいいのやってますね」って言われて、「なんで?」って聞いたら、「いや、こんなんめっちゃいいじゃないすか」と。それだけで、わざわざLINEくれました。

──舞台のシーンでいうと、東ブクロさんが撮影の合間に作家の廣川さんとネタ合わせ?のようなことを、一生懸命されているのを目撃したんです。なぜだか、ちょっと感動しちゃいまいした。そのひたむきな姿勢にというか。

森田:やっぱり、ああいう現場って、俺がメインの現場じゃないですか。絶対ミスりたくないんですよ、あいつ。ミスを人に見せたくないやつなんで、いろいろやってたんじゃないですか。この現場でいじられたくないっていうのが、あったんじゃないですか(笑)。

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©2023 TT BOOKS & FILMS

──撮影中に、森田さんのアメ村の思い出話をアドリブで話してほしいというオーダーがありました。結局さまざまな理由で話していただける機会がなかったので、改めて教えてください。森田さんがはじめてアメ村に行ったのは何歳ぐらいのときですか?

森田:たしか小5ぐらいのときに、家族でアメ村に行ったことはあったんです。そのときは、賑やかな場所やなくらいの印象で、そのあと中2やったかな、中1やったかな、そのぐらいのときから友達と行きはじめましたね。

──何か欲しいものがあったんですか?

森田:いや、最初は「アメリカ村っていうのがあるらしいぞ」って仲間内でなって、一度行ってみるかってなったんです。僕らは堺の端っこやったんですけど、友達5、6人で緊張しながら電車に乗って行きましたね。特にこれを買おうとかではなく、漠然と「服欲しいな」みたいな。地元には「サティ」と「しんかなシティ」っていうところぐらいしかなかったんで。堺から出たことなくて、難波や心斎橋っていう大都会に行ったことがなかったんです。

──オシャレに目覚めてアメ村に行きはじめた感じですか?

森田:そうですね、なんとなく中1ぐらいから、服への興味が出だすじゃないですか。好きな子の前ではこれ着て行こうとか、そういうのがあってなんですけど、それをサティで補うには限界がきたというか(笑)。たぶんお年玉をもらったあとだったと思うんですけど、2万円ぐらい握りしめて行ったと思いますね。

──当時は何が人気でした?

森田:ナイキのヴィンテージですかね。縦ナイキとかオレンジスウォッシュとかがあって、リーバイスも赤耳とかがアホほど売られてるという感じやったと思います。当時はなんにもわかってないですから、アメ村に行ったんですが、古着屋じゃなくて「ステップ」っていう店があって、当時、大阪では有名やったんですよ。どこの駅にでもあって。その靴量販店で「アメ村で買ったらなんでもかっこいいっしょ」みたいな感じで、白のレザーコルテッツを買いました。

──当時の森田少年にとっては、アメ村で買ったという事実がうれしかったんですね。

森田:アメ村に行ったことが名誉というかステータスというか。当時、中学の靴は白しかだめだったんです。そのとき買ったのが、白のレザーコルテッツに黒のスウォッシュで、あまりに履いて行きたくて、「いけるやろ」と思って履いて行ったら、先生にぶちギレられて、みたいな記憶はありますね(笑)。

──中学生の最大のイキりですね(笑)。

森田:そうですね、当時ナイキの靴を履いて行く中学生なんていなかったですからね、堺には。

──森田さんがアメカジや古着を意識したのはいつ頃ですか?

森田:雑誌の『Boon』を手に取ったときぐらいじゃないですかね。アメカジとか古着とかを知ったのは。やっぱり、中2か中3ぐらいやったと思いますよ。それでリーバイスの赤耳を買ったんですよ。中3のときにお年玉で。2万7000円でした。

──それは、なかなかの買い物ですね。状態は良かったんですか?

森田:今考えたら、そんなに色落ちも良くなかったんですよ。でも赤耳というものを手に入れたくて買ったんだと思います。とにかく、その色落ちが気に入らなくて、もうちょっと汚れてたほうがいいんじゃないかと思って、土つけたりとかアイロンで焦がしたりとか、結果、ばりダサになったんですよ(笑)。ダメージをつけたくて、ハサミで切ったりとかしましたもん。でもハサミで切ったら、切ったってだけじゃないですか。だから全然うまいことあの擦れ感が出せずに、失敗しました。

──そういうときって、人の古着のジーパンの色落ち具合がすごくよく見えるんですよね。なのになんで俺のは、と。

森田:わかります。わかります。なんか、上から見るより、前から見たほうがええんかな、みたいな。おちんちんと一緒で。おちんちんって上から見るより、前から見たほうが大きく見える。そういうことやと思うんすよ。すみません(笑)。

──その後も古着のリーバイスはいろいろ買われたんですか?

森田:次の年もお年玉でもうちょっといいのを買いに行こうと思って、3、4万円持って行ったんです。で、アメ村でカツアゲに遭って買えずっていう。それはさすがに泣きました(笑)。


『大阪古着日和』

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