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2024年4月15日からCX系で放送が始まっている杉咲花主演のドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(カンテレ製作)を、「演技論」のように観ているのは筆者だけだろうか。
杉咲演じる脳外科医の川内ミヤビは、事故により記憶障害を患ってから、看護助手としての勤務に切り換えている。彼女は過去2年間の記憶をすべて失い、新しい記憶も1日ごとに消えてしまう。翌日には早朝に起床してから、前日までの出来事や気持ちを記した日記を読み、過去の積み重ねをインプットし直してから1日を始めていく。これはまるで、撮影本番前までに台本を読み込み、新しい作品や現場ごとに役を生きていく俳優の営為そのもの(あるいは圧縮した姿)ではないか、と思えたのだ。
そう考えると、『アンメット』は難しい二重性を抱えた作品に見えてくる。つまり杉咲花は俳優だが、川内ミヤビはそうではない。ミヤビは演技の技術など持ち合わせていない、我々と同じ市井の人間である。毎日「新しい1日」を戸惑いながら生きる等身大の人間を、演技の技術を超えたリアリティを持って、どうカメラの前で生きるのか。ややこしい話だが、これが『アンメット』における杉花の課題になっているのではないか。
子役から「梶浦花」名義で活動し続けている杉咲花は、早くから演技巧者と呼ばれるステージに達していたことは誰もが認めるところだろう。10代の内に大役を務めた映画『トイレのピエタ』(2015年/監督:松永大司)では数々の新人賞に輝き、宮沢りえやオダギリジョーと共演した『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年/監督:中野量太)ではその年の助演女優賞を総なめにした。2018年12月3日に放送された日本テレビ系のバラエティ特番『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!大晦日年越しスペシャル! 絶対に笑ってはいけないトレジャーハンター24時!』のコントでは、ゆりやんレトリィバァの持ちネタを完全コピーするなど伝説の爆演を繰り広げたりも。若手の中では指折りの達者な技術があり、特に熱量の高い演技では他の追随を許さないといったイメージを筆者も持っていた。
こういった流れがひとつの大きな成果として実を結んだ代表作が、主演を務めた2020年度後期のNHK連続テレビ小説『おちょやん』だろう。俳優・浪花千栄子をモデルにした主人公・竹井千代を鮮やかに演じ切ったこの「朝ドラ」は、杉咲花のキャリア初期の集大成となるファーストピークと言っていいのかもしれない。
そして以降、俳優・杉咲花の在り方には変化が訪れる。いかなる変化かと言えば、本人の発言が最も良く示しているだろう。以下は毎日新聞社の映画情報サイト『ひとシネマ』の2024年1月20日付の記事、「毎日映コン女優主演賞杉咲花の『表現しない』演技」(インタビュー・文/鈴木隆)からの引用である。
撮影に向かう時に自身に課していることを(杉咲に)聞いてみた。少し考えてこう切り出した。『矛盾なんですけど、表現しないことです』。少し困ったような笑顔で続けた。『その時に湧き上がってくる感覚に素直でいたい。自分は作為がにじみ出てしまうタイプだと思う。でも表現しようとしないって、難しいですよね、基本的にはできないです』──
「表現しない」演技という「矛盾」。「基本的はできない」ことをカメラの前で生きること。世間からは「技術」と賞揚される演技を、「作為」と批評的に認識する自身への厳しさ──そのストイックな姿勢には驚かされるが、確かに杉咲花は演者として次のフェーズに入ったのだ。前述の記事は、杉咲自身も自分にとって特別な作品だと公言する2023年12月公開の主演映画『市子』(監督:戸田彬弘)での、第78回毎日映画コンクール女優主演賞受賞の際のものである。本作は家庭環境や日本社会のシステムに生まれながら抑圧され、過酷な宿命を背負った主人公・川辺市子の半生を描くミステリー調のヒューマンドラマ。市子の高校時代から28歳を杉咲が演じており、この傑作が彼女の新たなターニングポイントになったのは間違いない。
原作の戯曲『川辺市子のために』(サンモールスタジオ選定賞2015最優秀脚本賞受賞)も自ら手掛けた戸田彬弘監督は、『おちょやん』の杉咲を観て、東京出身にもかかわらずネイティヴのように関西弁を使いこなす演技に驚き、関西出身者の設定である市子役をオファーした。その意味で『おちょやん』と『市子』は繋がっているのだが、しかし演技の質や方向性はハッキリと違う。『おちょやん』では演技の拠り所になっていた「技術」を『市子』では瞬間瞬間でふっと手放し、ある種手ぶらの状態で、ありのままの存在だけがそこにゴロッと転がっている様を、ドキュメンタルな質感で捉えていく。テクニックという位相を超え、杉咲花がカメラの前で演じる川辺市子が、まるで実在する人物であるかのような生々しさが際立つものとなっていた。
この、ある種禅問答のごとき演技論──「表現しない」演技の真意や核心をつかまえようとした時、我々は杉咲の発言などから幾つかヒントを受け取ることができる。ひとつは『市子』にまつわる複数のインタビューで、最近強い感銘を受けた映画として彼女が挙げていた『こちらあみ子』(2022年/監督:森井勇佑)だ。本作の主演はオーディションで選ばれた新人、撮影時10歳の大沢一菜。元気いっぱいの自然児で、森羅万象との共鳴性の高い小学生あみ子を、それまで演技経験のなかった大沢が既成の「技術」とは無縁のまま、純度100%の生命力で演じ切る──あるいはあみ子として役を生き切る。おそらく杉咲は、自らが新たに理想とするようになった「表現しない」演技の真髄をここに見つけたのではないか。
そしてもうひとつ。キーパーソンとなるのが、『アンメット』でも共演している若葉竜也だ。杉咲花と最初に共演したのは『おちょやん』で、杉咲演じる竹井千代の淡い初恋相手となる助監督の青年・小暮真治を若葉が演じた。この時から杉咲は、「自分の表現欲とか、損得ではなく、ただ目の前の相手のために」芝居をする現場での若葉の在り方に感銘を受けていたという(かっこ内は筆者による杉咲花インタビューからの引用)。2度目の共演はWOWOWのドラマシリーズ『杉咲花の撮休』(2023年/全6話)だ。
人気俳優がオフの本人役を演じるという異色のシリーズ企画の一環で、若葉は第2話「ちいさな午後」のワンシーンに出演。定食屋(店主を演じるのは映画監督の塚本晋也!)で“朝ドラ女優の杉咲花”に気づいて声をかけるビジネスマン役を演じている。監督を務めたのは『愛がなんだ』(2019年)や『街の上で』(2021年)などで若葉と繰り返し組んでいる今泉力哉(第2話と第3話担当。他の挿話では松居大悟と三宅唱が監督を務めている)。
「オフの本人役」という非演技状態の日常を舞台とする設定のうえ、とりわけフラットで自然体の佇まいを志向する今泉の演出もあり、まさに「表現しない」演技を求められる作品であったことが興味深い。このドラマを経た3度目の共演作が、市子の恋人である長谷川義則役を若葉が演じた『市子』となる。
『アンメット』でアメリカ帰りの天才的な脳外科医・三瓶友治役を演じる若葉と、杉咲は4度目の共演。若葉竜也もまた、「最上竜也」名義で幼少期から子役として活動してきた演技巧者だが、決して芝居の「技術」をあからさまに前面に押し出すようなやり方は取らない。むしろ的確な「受け」の演技に定評があり、引き算や抑制が効いたタイプで、彼が出演するだけで作品のクオリティが底上げされるという信頼感を持っている人も多いだろう。
杉咲もまた、インタビューなどで若葉への絶大な信頼を幾度も口にしているが、「表現しない」演技という命題に関しても、杉咲が若葉から受けた影響は無視できないように思う。また演技面に加えて、若葉の特質のひとつには、クリエイション全体の向上のためにできることをニュートラルな視座から見据えて、作品作りに関わっていく能力と姿勢が挙げられる。彼には『蝉時雨』(2018年)や『来夢来人』(2019年)といった自らオリジナル脚本を手掛けた自主製作の優れた監督作品もあるが(2作品とも若葉自身は出演していない)、最近は役者として参加する作品でも脚本開発段階から意見を求められることが多いという。
そんな若葉の態度に倣って──と断じるのは余りに安直ではあるが、『市子』に続いて2024年3月1日に公開された主演映画『52ヘルツのクジラたち』(監督:成島出)では、脚本のブラッシュアップ作業など創作の根幹部分から参加した杉咲の仕事を確認することができる。原作は2021年本屋大賞第1位に輝く、町田そのこの同名小説。舞台は大分県の海辺の町。主人公は東京からやってきたばかりの三島貴瑚(杉咲)。古い一軒家にひとりで暮らし始めた彼女は、ある雨の日、声を上げることができず身体中に痣を負った孤独な少年(桑名桃季)と出会い、徐々に心を通わせていく。多層的な物語はDVやネグレクトやヤングケアラー、性的マイノリティの尊厳など様々な主題を含んでおり、『市子』と問題意識が重なる部分もある。そこで杉咲はすべてに納得して表現を紡いでいけるように、価値観の摺り合わせや人物像の掘り下げなどを丁寧にチームで行っていった。例えば貴瑚は時折、さりげなくザ・ブルーハーツの名曲「リンダ リンダ」(1987年)を口ずさむ。これは原作にはない映画独自の脚色だが、社会に抑圧された存在が美しく祝福されるための印象的なライトモチーフとして我々の意識内に広がっていく。
劇場用パンフレットのインタビューで、杉咲は本作の製作過程をこう振り返る。「私自身、準備の段階からここまで携わったことは初めてでしたし、俳優として現場で演じるという役割を超えた関わり方を受け入れてくださる現場はなかなかありません。だからこそ、他の作品では抱いたことのないような緊張感も感じていました」(インタビュー/文:SYO)。
また『52ヘルツのクジラたち』では劇中で歌をうたうこともあり、杉咲は撮影前にボイストレーニングに通った。先ほど「表現しない」演技について、「技術」を「作為」に転じる可能性のあるものというニュアンスで記したが、しかしそれは決して「技術」を蔑ろにしているわけではない。『おちょやん』と『市子』が関西弁の習得で繋がったように、「技術」は役のリアリティを体現するための前提となる重要な土台だ。そして俳優はそれぞれ異なる作品ごとの現場を旅していく中で、その都度身につけた「技術」が体験の厚みとして蓄積されていくのだろう。
さて、もう一度『アンメット』の話に翻ると、若葉竜也が演じる医師・三瓶友治は、川内ミヤビに再び脳外科で執刀するように説得を重ねる。いくら記憶に障害を負っても、手術の「技術」は申し分なく彼女の身体に染みついているというのだ。第1話で、三瓶はミヤビの目を真っ直ぐ見つめてこう口にする。「記憶がなくても、あなたが積み重ねてきた努力は身についています。昨日を覚えてなくても、あなたが生きてきた日々は確かにあるんです。その自分を信じてください」と──。
川内ミヤビは1日の終わりに必ず日記をつける。三瓶友治から「積み重ねできた努力」と「あなたが生きてきた日々」を信じること、という大切な言葉をもらった第1話のラストでは、「わたしには今日しかない。」という日記の記述に修正の線を引き、「わたしの今日は、明日に繋がる。」と書き加える。俳優という仕事も、ひとつの世界を生きたあと、作品が変わればまったく異なる世界線を新たに生きなければいけない。それは一見非連続に思えるが、しかし確かに俳優の身体や感情の中では、今日(ひとつの作品)は明日(次の作品)に繋がっているのだ。これからも書いては消し、模索や迷い、トライ&エラーを重ねながら、きっと川内ミヤビの日記と同じように、杉咲花の「演技論」のノートも更新されていくのではなかろうか。
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