ただ純粋に役に向き合った杉咲花×志尊淳『52ヘルツのクジラたち』
シェア

ただ純粋に役に向き合った杉咲花×志尊淳『52ヘルツのクジラたち』

2024.02.23 10:00

町田そのこの人気小説を成島出監督が映画化した『52ヘルツのクジラたち』が、3月1日に劇場公開を迎える。幼少期から虐待や搾取を受けてきたヤングケアラーの貴瑚が、トランスジェンダーのアンに救われ、新たな人生を歩んでいく。しかしその道のりには様々な哀しみが付きまとい……。その果てに彼女は、母親から“ムシ”と呼ばれ、言葉を発さなくなってしまった少年に寄り添おうとする。

ひと口に“俳優”といっても、スタンスや活動領域は人それぞれだ。そもそも、作品の顔であることは間違いないが、映画制作において「俳優部」と呼称するようにあくまで1本の作品を作る部署のひとつなのだから。しかしこの2人は、そんな“当たり前”に留まろうとしない。杉咲花と志尊淳。本作で貴瑚とアンを演じた両者は、「ものを作って届ける」という責任をどこまでも全うしていこうと努めた。2人の対談で、その一端と想いに迫る。

──杉咲さんと志尊さんが本作において初めてしっかり言葉を交わされたのは、どんなときだったのでしょう。

杉咲:これまでに何度かご一緒したことはありましたが、役柄的にも物理的な時間も含めてしっかりと交流できたことはあまりありませんでした。「お昼は何食べました?」くらいの世間話で。

志尊:確かに。

杉咲:ここまでの距離感でコミュニケーションを取ることができたのは本作が初めてだったんです。私の中で印象に残っているのは、クランクインする前に何人かで集まってご飯を食べた日のことで。そのときに、お互いが作品や役に対してどう感じているか、価値観を共有できて。志尊くんが「通常の現場の入り方とはちょっと違ったアプローチをしようと思っている」という話をしてくださったり、役柄上の関係性もあって違和感や懸念、そのときうまくできなかったことなど、どんなに小さなことでも共有していける予感がして、すごくうれしかったです。

志尊:アンさんという役に向き合ったとき、自分の人生を生きるというよりも人に寄り添い、声を聞ける人でありたいと感じました。それには、作品で描かれていないところで関係性を構築する必要があります。花ちゃんとは今まで仕事をしたことはありますが、一回それは取っ払ってとにかく花ちゃんが思うことに向き合ったり、(貴瑚の親友でアンの同僚である美晴を演じた)小野花梨ちゃんの言うことに耳を傾けていたいなと。

自分の意見というより、花ちゃんや花梨ちゃんの役に対するアプローチとプロセスがアンさんの役作りでは大事だと感じたため、そうした環境づくりや自分が寄り添えることがあったら言ってほしい、と伝えました。

52ヘルツのクジラたち_杉咲花さん

──本作では約1週間のリハーサルを行ったと伺いましたが、個人間でもそうした話し合いを行われていたのですね。

志尊:ただ、「花ちゃんにこう接するよ」というような決まったものはありませんでした。ただただ見守るというだけで、花ちゃんが成島監督と話しているときも悩んでいるときも、とにかく見守っていようと心がけていたくらいです。

杉咲:貴瑚にとっては、アンさんとの出会いがとても大きなものになるので、シーン自体は少ないながらアンさんと積み上げてきた時間にどれほど実感を得られるかが何より重要なことだと思っていました。志尊くんは本当に、リハーサルのときから、ずっと傍で気にかけてくださっていて。どこまでも受け止めてくれるような優しさを感じていました。だからこそ、意識せずとも大切に想う気持ちが自然と蓄えられていった感覚があり、本当に感謝してます。

──杉咲さんは約1年に及ぶ脚本の改稿作業にも参加されていたと伺いました。撮影に至るまでも含めて、相当濃い時間だったでしょうね。

杉咲:そうですね。作品や共演者の方とここまで関わってきたことはあっただろうかと感じるほど、関わる方々が皆腹を割って議論を積み重ねていった時間は、かけがえのないものでした。

志尊:僕が先ほどお話ししたようなアプローチができたのは、花ちゃんが一番オープンでいてくれたからです。俳優にはそれぞれのスタンスがありますし、相手が開いてくれていないとこちらも近づけませんから。花ちゃんは僕たちをご飯に誘ってくれたり、最初から積極的にみんなとコミュニケーションを取ってくれました。座長がこれだけ開いてくれているのに、乗らない共演者はいません。花ちゃんがこの空気感を創り上げてくれたのだと感じています。

52ヘルツのクジラたち_03
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

──撮影時、最初におふたりが共演されたのは居酒屋のシーンだったのでしょうか。

志尊:いえ、貴瑚のお母さんに「家を出ます」と2人で言いに行くシーンからです。

杉咲:いきなり山場からでしたね(笑)。共演シーンの初日2日間はその前後を撮って、3日目が居酒屋のシーンでした。

──壮絶なシーンからのスタートだったのですね……。

杉咲:リハーサル期間中にほぼすべてのシーンを掘り下げていったので、シーンとしての大切な軸はある程度見えていたんです。成島監督は、リハーサルでも本番と同じかそれ以上の熱量を求める方なので、そのぶん、「この物語をもう一度はじめから歩んでいかないといけない」という緊張感もありつつ……。とはいえ、自分のことでいうと、貴瑚という人がアンさんのどういった部分に信頼や安心をしているのかが理解できていた状態だったので、そうした期間を経て初日を迎えられたことで作用するものは間違いなくあったと思います。

志尊:僕はただただ花ちゃんを見ているのがつらかったな。撮影の順番的にハードなシーンから始まったというのもあるかと思いますが、花ちゃんが「現場で笑ってちゃいけない」という緊張感を常に持って貴瑚という人に向き合っているように感じたんです。それがいつか爆発しないようにととにかく願いながら、「自分にできることをする」にフォーカスしていました。

──「見守る」というアプローチですね。

志尊:はい。ただ、「見ているよ」とアピールするみたいな、恩着せがましいかたちではやりたくありませんでした。そこで、自分が撮影に関わっていないシーンなどは、スタッフさん経由で色々と話を聞いたり、「いたら安心だな」という“空気”になれるようには心がけていました。

杉咲:初日に撮った貴瑚が母に別れを告げに行くシーンでとても印象に残っているのが、本番が始まる直前に、どのカットでも必ず志尊くんがアンさんとしての眼差しでこちらを振り向いていてくれたことです。カメラに映らない時間をとても大事にしてくださった志尊くんに救われていました。本当に、優しさをいただいてばかりの日々でした。

志尊:例えば「現場で楽しかったことや思い出はありますか?」と聞かれたとき、普段はカメラが回っていないところで起きたことにフォーカスしてお話しするのですが、今回は志尊淳と杉咲花ではなく、アンとキナコ(貴瑚の愛称)として向かい合ったときの思い出の方が遥かに鮮明に覚えています。どのシーンの僕の主観的な目線もすべて覚えているくらい印象的だったし、キナコが笑えば嬉しいし、辛そうだと苦しいし、離れると哀しくて……そういった感情を役と共鳴できていたのは、リハーサルも含めて関係値を作れたことがやはり大きかったと感じます。

作品をよくするために、2人とも同じベクトルを向けていたから「撮影中に花ちゃんと他愛ない話をした」という印象がなくて。基本的にずっと作品の話をしていました。「このシーンなんですけど……」だったり「どうやって宣伝するのがいいか」ということも含めて、花ちゃんがとにかく作品のためだけを考えて動いていたから、僕もついていくだけでした。

52ヘルツのクジラたち_02
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

──共演シーン以外をご覧になった感想も、ぜひ教えてください。

志尊:天才のひと言に尽きます。「天才」というと努力していないように見えてしまうかもしれませんが、本当に杉咲花がすばらしい。僕はあまり人に対してそういった感情が出てこないのですが、とにかくそうとしか思えませんでした。一緒にやっていても感じていましたが、一緒にやっていないシーンを見てなおさらその思いに駆られました。花ちゃんと一緒に作品を作れたことを、心から誇らしく思います。

きっと、ご覧になる方もそうかと思いますが、カメラを通して客観的に見ることで、現場で相対していた以上にプラスの感情が湧き上がってきました。何度も言ってしまいますが、本当にすばらしかったです。

杉咲:恥ずかしくなってきました(笑)。

志尊:いや、でもこれは本当にそう思っていて。試写を観終えた後スタッフさんに開口一番「杉咲花、何なんですか?すごすぎませんか?」と伝えたし、トランスジェンダー監修をしてくれた若林佑真くんともその話をしました。すごく抽象的で安っぽい言葉かもしれませんが、最大限に杉咲花の天才ぶりを感じたんです。

杉咲:驚いたのが、志尊くんがその話をしてくださっていたスタッフさんに、私も志尊くんが本当に素敵だったことについて熱弁していて。同じ行動をとっていたんだなって(笑)。

私にとって初めての試写は、どうしても客観性を欠いてしまうものなのですが、アンさんを観ているとそこで起こっていることが真実としてしかとらえられない自分がいて、それだけ志尊くんがアンさんという人物に身を捧げたのだと感じました。その姿に涙が出たし、どれだけの覚悟を持って安吾という役を引き受けたんだろうと考えるだけで、頭が下がる思いでした。多くの方々が志尊くんが素敵なことを知っているのは百も承知で、それでもこの作品の志尊くんが本当に素敵だということを、声を大にして言いたいですし、その姿をたくさんの人に観てもらいたい気持ちです。

52ヘルツのクジラたち_志尊淳さん

──本作を通して、お互いの俳優としての印象に変化はありましたか?

杉咲:こんなにも純粋な愛情を持って現場にいてくださる方はそういないと思います。現場にいるときはサポートに徹し、どこまでも味方でいてくださる志尊くんと、この作品でご一緒できたことが心の底から幸せでした。

志尊:俳優としての印象が変わったというよりも、ここまで向き合ったことがなかったからこそ「杉咲花という人を知った」という感覚でしょうか。これまでに花ちゃんの出演作を観ていて「すばらしいな」と思う瞬間はありましたし、今回の共演で作品に対してどういったアプローチをして役と向き合っていくかも知ることができましたが、そうした部分への「すごい」をすべて凌駕して、画面というフィルターを通して観た『52ヘルツのクジラたち』の杉咲花がすばらしかった。それ以上でもそれ以下でもありません。プロセスももちろん大事ですが、彼女が様々なものと向き合って、多くを背負って、でもぶつかった結果が画面には焼き付いていて、それを見た瞬間に僕が感じたものがすべてでした。

ただ、やっぱり心配ではあります。こうした向き合い方をずっと続けると、いつか壊れてしまうんじゃないかと。花ちゃんは、誰が見てもそう思うくらいストイックに向き合っているじゃないですか。だからすごく心配なんだけど、そこまでできるのも彼女の才能だから難しい。花ちゃんの周りの人は、どうか彼女を支えてあげてほしい。その一心です。 

52ヘルツのクジラたち_01
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

『52ヘルツのクジラたち』

3月1日(金)より全国ロードショー

2021年本屋大賞を受賞した町田そのこの同名ベストセラー小説を、杉咲花主演で映画化したヒューマンドラマ。
「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く世界で一匹だけのクジラのこと。何も届かず、何も届けられないため、この世で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母から虐待を受け「ムシ」と呼ばれ声を発することができない少年に出会う。貴瑚は少年と接することで、かつて自分の声なき声に気づいてくれたアンさんとの日々を思い出す。

この記事に関する写真(5枚)

  • 52ヘルツのクジラたち_杉咲花さん
  • 52ヘルツのクジラたち_03
  • 52ヘルツのクジラたち_02
  • 52ヘルツのクジラたち_志尊淳さん
  • 52ヘルツのクジラたち_01

Edited by

映画 インタビューの記事一覧

もっと見る