荻上直子監督の新たな代表作が誕生。抑圧されたヒロインの物語から見えてくるものとは?
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荻上直子監督の新たな代表作が誕生。抑圧されたヒロインの物語から見えてくるものとは?

2023.05.23 15:00

荻上直子監督が脚本・監督を務める最新作『波紋』。夫も息子も去った一軒家に住み、新興宗教に入信している女性、依子が主人公の物語です。失踪したままだった夫が突然帰ってきたことで動き出すストーリーには、私たちが生きる社会が抱える問題が内包されています。孤独と絶望の先で、ヒロインが見つけるものとは何か?荻上直子監督の新たな代表作とも言えるオリジナル作品について、じっくりとお話をうかがいました。

共感できない主人公の心理を理解したかった

——近所にある宗教施設に出入りしている人たちの姿に興味を抱いたことが、アイデアの出発点だそうですね。

荻上:何がきっかけで入信して、どういう気持ちで通っているんだろう。拠り所としてなぜここが必要なんだろう、と思っていました。決して共感はできないけれど、その気持ちを知りたいとずっと思っていたんですよね。きれいな格好をした奥様たちが入って行くことが多くて、きっと時間とお金はあるんだろうなと想像していました。主人公の依子は私にとって、理解しづらい人物です。

——監督にとって理解しづらい人物とはいえ、ずっと何かを我慢して受け入れてきた人が言いそうな、リアルなセリフが出てきますよね。10年ぶりに急に帰ってきた夫に「癌なんだよ」と言われた依子が、怒りを露わにすることなく「ごはん食べるの?」と聞き返すシーンもあります。

荻上:自分だったら受け入れずに、「帰れ!」って追い出すと思います。でも私の世代やちょっと上の世代の専業主婦の人はどうしても世間体を気にするところがあると思うんです。夫の名義のままの一軒家に住んでいて、単身赴任していることになっている夫が帰ってきたときに、世間体も気になるし、宗教の教えとしては人に優しくしなきゃいけない。そういうことが一瞬にして浮かんできて、出てくる言葉が「ごはん食べるの?」なのかな、と。でも私自身としては、本当にこんな夫を受け入れられるのだろうかと、撮影中もすごく考えていました。

——しかも夫は「最期は君のところで…」とも言いますよね。

荻上:言いますね、適当なことを(笑)。

——あのシーンでカメラがスーッと引いていくことで、依子の心情が鮮やかに伝わってきました。今回、初タッグとなる撮影の山本英夫さんとは、どのようにコラボレートしたのでしょうか。

荻上:私は大抵いつもカット割をして現場に行くんですね。今回ももちろん考えてから行ったのですが、だんだん山本さんのペースに乗っかった方が楽ちんだなと思うようになって。山本さんが 「このシーンはこういう風にしましょう」と仕切ってくださいました。私はずっと隣にいたはずなのに、編集室に入ってあのカメラワークを見た瞬間にドキッとしたんですよね。カメラが引いていく感じは山本さんのセンスですし、本当にいいシーンになったと思います。

——監督にとって、山本さんは以前から憧れの存在だったとうかがいました。

荻上:90年代に三池崇史監督と組まれていた低予算の作品も観ていて大ファンだったので、いつかご一緒したいと思っていました。でもためらってしまう自分もいて、20年以上経ってやっとお願いしてみよう、と。たまたま山本さんのスケジュールが空いていて、本当によかったです。お人柄も穏やかで素敵な方で、スタッフもみんな山本さんのことが好きなんですよ(笑)。

荻上直子監督_02

濃い役者陣とのタッグを楽しんだ撮影現場

——依子の内面にうごめくものが伝わってくるような、筒井真理子さんの表情の数々にも心をつかまれました。脚本をかなり読み込まれて現場に入る方だそうですね。

荻上:筒井さんは、依子が笑ったのは何回目なのかまで把握して現場に入られる方なので、役に対する思い入れについてはまったく心配はありませんでした。読み込みをいただいている分、現場ではさらにお互いに調節し合いながら撮影を進めていった感じです。最初から「私はあまり説明が上手じゃないので、『もう一回』の理由もうまく言えませんが、何かが違ったのだと思ってください」とお伝えして。結果的には、お芝居をするときの生理的な部分の波長が合っていて、私がOKというときと筒井さんが納得したお芝居ができたときがマッチしました。。

——新興宗教の信者役にもキムラ緑子さんをはじめ濃い役者陣が揃っています。

荻上:私が好きな方たちや、やってみたいと思った方たちに来ていただいたんです。宗教団体の部屋にみなさんが集まって歌ったり踊ったりするシーンは、思っていた以上に面白くできましたね。もともと脚本に書いてあったことをみなさんにやっていただいた感じでしたが、リーダーを演じた緑子さんとは最初に色々と話しました。「某占い師のイメージですか?」と聞かれたので、「威張っているわけではなくて、いい人そうなのに強い感じです」と答えたと思います。

波紋_サブ2
©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

——光石研さんが、イライラさせられるのにどこか憎めない夫を演じています。

荻上:帰って来たときに依子は本当に許せるのだろうか? と思っていたのですが、光石さんが演じてくださったから、でもしょうがないかもしれない…と思える絶妙な感じになったともいます。イラッとしますよね、味噌汁の吸い方とか(笑)。

——あとはマーガリンとジャムのつけ方にもイラッとしました(笑)。

荻上:そうそう、あれ嫌ですよね(笑)。台本にはそこまで細かくは書いていなかったのですが、光石さんが「これ、嫌だよね?」なんて言いながら、楽しんでやってくださいました。アイデアをたくさん出してくださる方で、爪を切っているシーンも最初はソファで寝っ転がって本を読んでいるだけだったのですが、私が今ひとつイラッとこないんですよね…と言ったら、「じゃあさ、爪でも切ってみよっか!」って。引き出しがたくさんあるから、本当に面白かったですね。

波紋_サブ1
©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ


日本の女性たちには自立してほしい。その思いを込めたエンディング

——監督が脚本を完成させたのは、統一教会のニュースが世間を騒がせるよりも前のことですよね。

荻上:今から3年くらい前には脚本を書き終えていました。こういう題材なのでなかなか出資会社が決まらず、テレビマンユニオンさんに出会ってやっと成立したという経緯があります。狙ったわけではないのに、こういうタイミングになることがあるんだな、という思いです。

——東日本大震災が物語の起点となっていて、暮らしに欠かせない水がモチーフになっています。

荻上:水というモチーフは最初からすごく意識していたわけではなかったのですが、脚本を書いているうちにぴったり合ってきて、パズルがハマっていきました。タイトルの『波紋』も脚本ができあがっていく過程で、これしかないという感じになっていきましたね。

——依子から波紋が広がっていく様をVFXで表現したシーンは、脚本の段階ではっきりとしたイメージがあったのでしょうか。

荻上:異空間で波紋がぶつかっていくイメージはあったのですが、何かもうひとつないだろうかと考えて、『砂の女』を観たりもしました。最終的には東山魁夷の「白馬の森」を山本さんにお見せして、その絵が描かれた場所で撮影をしています。でもいざ撮影してみたらちょっと生々しかったので、色を抜いて調整しながら完成に近づけていったんです。VFXのスタッフの方も波の出方などにもこだわって、すごく頑張って仕上げてくれました。

荻上直子監督_03

——今回の作品では、音楽ではなく手拍子がアクセントになっていますね。

荻上:あまり音楽を使いたくなくて、打楽器だけでいこう、と。打楽器を音楽として録音して組み合わせているんですけど、 手を叩くところは和太鼓など色々なバージョンでも録ったんですよね。最終的にはフラメンコに繋がる手拍子がいいね、ということになりました。

——フラメンコは依子の魂を解放する踊りのように感じられました。

荻上:最後に庭の枯山水をめちゃくちゃにするように踊ってほしいと思っていました。私自身、これからの日本の女性は古いしきたりから解放されて自立していくべきだと思っているので、その思いを最後のシーンに込めています。筒井さんも一生懸命頑張ってくださいましたし、無心になって踊っている表情もすごく素敵で、一番好きなシーンです。

——最後に、監督が好きな本や音楽、映画についてお聞かせください。

荻上:小川洋子さんの小説が大好きなんです。あとは寺地はるなさんの小説をよく読んでいます。小川さんの小説はちょっと狂っている感じが好きなんですよね。1冊あげるとすると教科書にも載っている『バックストローク』という背泳ぎをする青年のお姉さんの話(『まぶた』の1編として収録)。淡々と普通なことを言っていそうで実は普通じゃない感じがする、怖いのにきれいな小説です。


波紋_メイン
©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ

『波紋』

5月26日(金)公開
公式サイト:https://hamon-movie.com/

筒井真理子
光石研
磯村勇斗 / 安藤玉恵 江口のりこ 平岩紙
津田絵理奈 花王おさむ
柄本明 / 木野花 キムラ緑子

監督・脚本 荻上直子


【ストーリー】
今朝も、須藤依子(筒井真理子)は庭の枯山水に波紋を描く。夫も息子も家を去った家で、一人、ゆっくりと、静かに。依子の信仰する新興宗教が崇める「緑命水」という水の力で、穏やかに過ぎる依子の日々。

それを突如乱す出来事が起こる。

夫・修(光石研)が、突然の失踪から11年の時を経て戻ってきたのだ。

自分のがん治療に必要な高額の費用を助けて欲しいとすがってくる夫。そして、帰省した息子・拓哉(磯村勇斗)が連れてきたのは障害のある彼女―。

次々と降りかかる、自分ではどうにも出来ない辛苦。依子は湧き起こる黒い感情を、宗教にすがり、必死に理性で押さえつけようとする。

どうして…でも信じていれば大丈夫…。

耐え抜いた先にある依子のカタルシスとは―。

<プロフィール>

荻上直子
https://video.unext.jp/browse/credit/PER0117858/PRN0123231

1972年、千葉県生まれ。2003年、長編劇場デビュー作『バーバー吉野』でベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞を受賞。2006年、『かもめ食堂』が大ヒットを記録する。『彼らが本気で編むときは、』でベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞などを受賞。そのほかの監督作品に『めがね』『トイレット』『レンタネコ』『川っぺりムコリッタ』など。Netflixアニメーション「リラックマとカオルさん」の脚本、テレビ東京「珈琲いかがでしょう」、Amazonプライム「モダンラブ・東京」の脚本・演出なども手がけている。



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劇中で夫婦を演じた筒井真理子と光石研のスペシャル対談では、メイキング映像を織り交ぜながら、本作の魅力や、荻上監督、磯村勇斗、柄本明、キムラ緑子、木野花、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、ムロツヨシら個性豊かな共演者との撮影現場でのエピソードなどがたっぷりと語られます。さらには日本映画界を代表する俳優であるふたりの演技トークや”波紋”を起こしたエピソードまで、ここでしか見られない素顔が垣間見える貴重な内容になっています。


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