ミステリーの登場人物となり、参加者が話し合いながら事件の解決を目指す体験型ゲーム「マーダーミステリー」。近年人気に火がつき、「リアル脱出ゲーム」や「人狼ゲーム」に続く次世代の体験型ゲームとして注目を集めていいます。
このゲームをベースに制作されたのが、ドラマ「マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿」シリーズ。台本がなく、出演者たちがアドリブで推理を繰り広げるこのドラマは話題を呼び、2021年3月に第1弾が放送されると、12月には舞台化。さらに、翌年3月には第2弾も放送されました。
そんな人気シリーズの最新作が、ついにスクリーンに登場! 主演は、ドラマでも探偵役を演じた劇団ひとりさん。さらに、劇場版では木村了さん、犬飼貴丈さん、文音さん、北原里英さん、松村沙友理さん、八嶋智人さん、高橋克典さんという豪華キャストが出演し、予測不能のアドリブ推理劇を展開します。
物語の舞台は、「一夜のうちに3人の生贄の血を滴らせると死者が蘇生する」という不気味な伝承が残る鬼灯村。奇祭「三つ首祭り」が行われたその夜、村の長である一乗寺家当主が遺体となって発見されます。犯人は、事件発生当時、屋敷にいた8人の中の誰か。それぞれ秘密を抱える8人の中から、殺人犯を見つけ出すことはできるでしょうか。主演の劇団ひとりさんに映画の見どころを伺いました。
──ドラマ「マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿」が映画になると聞いた時、どう思いましたか?
劇団ひとり:無茶するなぁと思いました。「これ、映画にできるのかな」って。だって、どうなるかわからないじゃないですか。
──このシリーズは、台本がなく全編ほぼアドリブだそうです。疑うわけではありませんが、本当に何も知らされていないんですか?
劇団ひとり:何も知らないんです。教えてもらえるのは、人物設定と「何時にどこに行った」という事実関係だけ。セリフは一切与えられないんですね。
だから、うまくいくかどうかわからないし、実際うまくいかなかったところもめちゃくちゃありました。最後に、登場人物全員が各々考えている推理を披露するんですよ。それが、みんなトンチンカンなことばかり言っててひどかった(笑)。そこはもう、一部を除いてばっさりカットされてましたね。あまりにもコメディになっちゃうから。
──最初に渡される人物設定は、どういったものでしたか?
劇団ひとり:僕が演じた八村輝夫の場合、都市伝説をネットで配信している人。鬼灯村の伝説をネットで配信するために取材に来て、そこで事件に遭遇したという設定でした。そこからさらに、「何時何分にどこにいて、何々を撮影して、悲鳴を聞いて」という細かい指示書を渡されて。実際、マーダーミステリーってそういうシステムらしいんですよね。
──その情報をもとに、登場人物のみなさんが実際に推理を繰り広げるわけですね。
劇団ひとり:そうです。ただ、一般的なマーダーミステリーでは情報が書かれたカードを見ながらプレイするんですけど、それではドラマにならないので僕らはカードを見るわけにいきません。だから、情報を頭に入れなくちゃいけないんです。
しかも緻密に計算された設定なので、絶対に間違えるわけにはいかなくて。例えば、「〇時にここにいた」という情報を1時間でも間違えてしまうと、それをもとに他の人たちが推理するので破綻しちゃうんですよ。だから、その辺はすごく慎重に、間違えないように意識しました。どうしても思い出せない時はぼかして言ってましたね。本当ははっきりした時間を伝えられていたけど、「そう言えば、あれは夕方だったかな」みたいな(笑)。アドリブと言いつつ、間違った情報は言っちゃいけない。そういう意味で、神経をすり減らしましたね。
※以下ネタバレを含む表現があります。ご注意ください。
──映画では、冒頭で広間に集まったみなさんが自己紹介をします。その際、犬飼貴丈さん演じる六車が「僕は一流大学を卒業して医者になりました」と言い、それに対して劇団ひとりさんがすかさず「一流大学って自分で言います?」と突っ込んでいたのが面白かったです。「観客もツッコミを入れながら観ていいんだ」と、この映画の楽しみ方を教えていただいたような気がしました。
劇団ひとり:あぁ、それならよかったです。多分、犬飼さんに渡された人物設定に「一流大学出身」って書いてあって、それがそのまま口から出ちゃったんでしょうね。気をつけないと、そういうことが起きちゃうんですよ。どうしても気になったので、思わず指摘しましたけど、あそこから急に犬飼さんがかわいらしく見えてきましたよね。
──アドリブだと、俳優さんの素の表情が垣間見えるのも面白いですよね。劇団ひとりさんが、特に印象に残っているのはどんなシーンでしょう。
劇団ひとり:第2の殺人が起きた時はすごくびっくりしましたね。名前は言えませんけど、「え、この役者さんをこういう使い方するんだ!」って。僕が制作側だったら、もっと最後までこの人を残したと思います。この方がいてくれたら、すごく頼もしいですから。それを早速殺しちゃうから、ずいぶん贅沢な使い方をするなと思いましたね。現場でも「え、この後なにかスケジュールが入ってるんですか?」って聞いちゃいました。
──2人目の被害者はもちろん、第2の殺人が起きることも知らされていなかったんですね。
劇団ひとり:まったく知りませんでした。だから一番驚いたかもしれない。「え、嘘でしょ!?」って。
──そこからまた、誰が犯人かリアルタイムで推理を考えていくわけですね。
劇団ひとり:そうなんですよ。ひとつのシーンを撮ったら、また別の撮影現場に行って、カメラが回る直前にスタッフから「これはあなたが見つけた証拠品です」って渡されて。そこから「こんなものを見つけたんだけど」と言って、またそこで推理するんです。自分が身に覚えのない証拠品を突き付けられることもあるので、言い訳もしなくちゃいけなくて。ただ、この言い訳もうっかり嘘をつくのはダメなんですよね。ストーリーが破綻しちゃうから。だから難しいんです。
みんながそれぞれ証拠品を持ってきて、それなりに手応えを感じた推理を披露するんだけど、北原里英さんだけあんまり相手にされないことがあったのも面白かったですね。証拠品を突き付けたものの、「それ、全然違うよ」って言われてスッと終わっちゃったんです。あれはかわいそうでしたね(笑)。
──ご自身で「これは!」という手応えがあった場面、「このセリフ、キマったな」と感じた場面はありましたか?
劇団ひとり:高橋克典さん演じる五階堂猛が、銀座でホステスをしていた女性のことを「飲み屋の姉ちゃん」呼ばわりしてちょっと悪く言ったんですよ。そこはちゃんと注意しておきました。よくない発言だなと思ったので。だって、飲み屋の姉ちゃんもこの映画を観るかもしれませんからね。散々今まで飲み屋でお世話になってきたくせに、その言い方はないだろうと思って、そこはちょっと注意させていただきました(笑)。
──アドリブで推理をしつつ、映画全体をリードして、時にはツッコミも入れなければなりません。中でも大変な役回りだったと思いますが、いかがでしょう。
劇団ひとり:いえ、別に大変じゃなかったです。やっぱり一番大変だったのは、犯人役の方でしょう。犯人を知ってから改めて観返すと、「あぁ、大変だったろうな」って。みんなむちゃくちゃなことを言いますからね。僕はまだ自由な立場でしたから、そこまでの苦労はありませんでした。
──劇団ひとりさんは俳優としても活躍されています。演じる側として、即興劇ならではの楽しさはどういうところにあると思いますか?
劇団ひとり:僕は即興劇、大好きですね。世の中の映画やドラマは、もう全部アドリブでいいのにって思います。設定だけ与えられてね、楽しいですよ。しかも、見事に役に入って自然と言葉が湧き出た時は、すごく気持ちいい。それが、自分だけじゃなくて、何人かシンクロしてお互いに高め合った瞬間はもう最高です。あれは、あらかじめ用意されたセリフを言うだけじゃ味わえないです。ただ、うまくいかなかった時はひどいですけどね。もう地獄(笑)。
それでも、10回に1回くらいとんでもない瞬間が生まれるので。僕はあの瞬間がスリリングで大好きですね。
──自分の中で「これだ」と思う言葉が湧き上がってきた瞬間が気持ちいいのかと思っていましたが、それが他の俳優さんと噛み合うとさらに気持ちいいんですね。
劇団ひとり:そう。あるんですよ、そういう「アドリブズハイ」みたいな瞬間が。「これは脚本を超えてるな」って思いますね。パソコンの前に向かっているだけでは、このセリフ回しは出てこないんじゃないかって。まぁ、時々ですけどね。
──ご自身でも脚本や小説を執筆されますが、パソコンに向き合って考えるセリフとその場で湧き上がってきたセリフはやっぱり違うのでしょうか。
劇団ひとり:全然違いますね。本当は同じでなきゃいけないんだけど、パソコンで書いたセリフを現場で発してみると、ちょっと違和感が覚えることはよくあります。
脚本なんて、もう嫌ってほど叩くわけですよ。何回も何十回も改稿を重ねて、一字一句直すところはないなと思っても、現場で読んでみたら「あれ、なんかしっくりこないなぁ」ってことがある。役者さんが衣装を着てメイクをして、その場に立って他の役者さんとセリフを交わした時に、やっと違和感に気づけるんです。あれは不思議ですね。「一回休憩を挟ませてください。その間にセリフを直します」と言って、何日もかけて書いたセリフをその場で、しかも2、30分で直すこともあります。
──劇団ひとりさんの場合、脚本家と役者、双方の経験があります。役者の経験がものづくりにフィードバックされることもありますか?
劇団ひとり:ありますね。自分が演じる側になった時に「言いづらいな、このセリフ」と思うこともあるんですよ。「今こういう気持ちじゃないから、このセリフ言いたくないな」とかね。ストーリーの進行上、このセリフを言わないと次の展開に進まないというのもわかるから、僕はそのまま進めることも多いけど、自分が脚本を書く時にはそういうことがなるべくないようにしたいなと思いますね。
──ご自身の中では、演者と作り手、どちらの意識が強いのでしょうか。
劇団ひとり:バランスよくやっていけたらと思っています。やっぱり、いろいろやるのが好きなんでしょうね。基本的に同じ現場にずっといると飽きちゃう。それこそ舞台の仕事だったら、3日目くらいで飽きちゃいますから。「また同じ劇場の同じ楽屋に来たよ。これから、また同じ内容の舞台をやるのか」って(笑)。だから、いろいろな現場、いろいろな仕事をやらせてもらうのが性に合っているんだろうなと思います。帯番組をやってる人なんて、本当にすごいと思う。僕は、とてもじゃないけどできないですね。
──どんどん新しいこと、違うことをやってみたいという気持ちが強いタイプなんですね。
劇団ひとり:そうですね。だから、よく不倫しないでいられるなって思いますね。仕事のほうで、バランスを取ってるんですかね。
仕事に限らず、乗馬やタロット占いなど趣味もいろいろなことをやってきましたからね。スクールに通って、ちょっとやったら満足しちゃう。ビュッフェみたいな人生ですよね。おいしそうなやつをちょっとだけ食べて満足しちゃう、みたいな。ゴルフ、バイク、3Dプリンターは継続している趣味ですけど、基本的には飽きっぽい性格なんでしょうね。
──「マーダーミステリー」も、近年は趣味として挙げる方も増えています。この遊びについては、どうお考えでしょうか。
劇団ひとり:高尚な遊びだなと思いますね。すごくいいと思う。今、ネットを通した遊びが多いじゃないですか。でも、これは実際に自分がその場に行って、初対面の人とゲームを楽しむわけですよね。素敵な催しだなと思いますよ。自分がもし若かったら、たまらないなと思う。僕も「リアル脱出ゲーム」には行ったことがありますけど、さらに高尚でしょう?
──ご自分で「マーダーミステリー」のシナリオを書いてみたいという気持ちはありますか?
劇団ひとり:いや、全然。こっち方面のストーリーは、まったく思い浮かびませんから。僕は撮影現場で犯人を知っていたのに、映画を半分くらい観るまで犯人を思い出せなかったくらい(笑)。「誰が犯人だっけ。どうやって殺したんだっけ」って。
──いち観客として映画をご覧になって、いかがでしたか?
劇団ひとり:楽しかったですよ。僕は途中で犯人を思い出しましたけど、お客さんはまったく知らない状態で観ているわけでしょう?どの辺で何に気づくのか、聞いてみたいですね。一瞬でも、僕も犯人候補に挙げてもらえたら嬉しいです。
──ドラマシリーズをご覧になっていない方、「マーダーミステリー」を初めて知る方に向けて、おすすめのポイントを教えてください。
劇団ひとり:アドリブのお芝居という部分は、あくまでもおまけです。事件の犯人が誰なのか、一緒に推理しながら観てもらうのが一番純粋な楽しみ方じゃないでしょうか。
──この映画の公開後、U-NEXTでは過去のドラマ2作も配信されることが決まっています。前2作の見どころについてもひと言いただけますか?
劇団ひとり:最初のドラマは、出演する役者さんも若手が多くて。「マーダーミステリー」というゲームへの熱だけでなく、「俺が、私が、一番いい芝居を観せるんだ!」っていう芝居に対する熱がバチバチしていました。今回の映画は、みなさん役者として名のある方たちばかりだから、そういう緊張感、ギラギラ感は薄いんですけど。でも、最初の一発目は「お、ここでアクセル踏んできたな」というのも含めて、見ごたえがあって面白かったな。ぜひドラマも観てもらえたらうれしいです。
劇団ひとり
お笑い芸人・俳優・作家・映画監督。泣き芸や即興芝居などで独特の世界観を披露する一方、俳優、作家、映画監督などさまざまな分野で多才ぶりを発揮。作家としては2006年の小説家デビュー作「陰日向に咲く」がベストセラーになったほか、2010年に発表した自身の小説「青天の霹靂」で映画監督デビュー。2021年配信のNetflix映画『浅草キッド』でも監督・脚本を務め、同作は「アジアン・アカデミー・クリエイティブ・アワード 最優秀作品賞」を受賞。さまざまな分野を行き来しながら独自の世界観を広げている。
劇団ひとりさんの映像作品はこちら
劇団ひとりさんの書籍はこちら
『劇場版 マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿 鬼灯村伝説 呪いの血』
2024年2月16日(金)より、新宿バルト9ほか全国ロードショー
映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』も9月27日公開。ちさとを演じる髙石あかりさんに聞いた作品の魅力とは。
『帰ってきたあぶない刑事』も手がけた原廣利監督に、『朽ちないサクラ』の制作過程や演出の狙いを伺いました。
第1弾作品『若武者』が5月25日より全国公開と同時にU-NEXTで配信開始