アーニャがかわいいだけじゃない!アニメ『SPY×FAMILY』の3つの魅力──絶妙な均衡で成り立つ奇跡のスパイコメディ
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アーニャがかわいいだけじゃない!アニメ『SPY×FAMILY』の3つの魅力──絶妙な均衡で成り立つ奇跡のスパイコメディ

2023.10.21 12:00

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 2022年4月より放送が始まり、2023年10月にはSeason2の放送がスタートしたアニメ『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』。原作は「週刊少年ジャンプ」で連載中の同名マンガで、今やジャンプの看板作品の1つとして人気を誇っています。既に累計発行部数は3,000万部を超えるほど。

とりわけ、アニメのSeason1が放送されると、奔走する少女・アーニャの可愛さが世界中で注目され、今や一種のインターネットミームとして広まっています。

けれど、『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』の魅力は、決してアーニャが可愛いだけではありません。非常に優れた設定と舞台、それらが絶妙な均衡を保っているこの作品のポイントを3つに分けて紹介します。

①キャラクター設定が最大の魅力。情報の非対称性を利用して物語をドライブさせる

まず、なんと言っても『SPY×FAMILY』最大の魅力の1つである、アーニャをはじめとした秀逸なキャラクター設定についてです。「アーニャが可愛いだけじゃない」と言った矢先にアーニャの話じゃん!と思われたかもしれませんが、ちゃんと説明するので少々お付き合いください。

『SPY×FAMILY』は、情報がものを言う極めて不安定な世界情勢の中、かつて熾烈な戦争を繰り広げた東国(オスタニア)と西国(ウェスタリス)を舞台にしています。隣り合う両国の間に鉄のカーテンが引かれるまで続いた大規模な戦争は、両国にいまだ爪痕を残していますが、表面的には平和が続いています。

しかしその実、いつ戦争が起きるかわからない緊張関係にあり、常に政府や警察は相互監視を行っています。

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

主人公であるロイド・フォージャー(偽名)は、東国を監視する立場にある西国の諜報機関・西国情報局対東課〈WISE〉に所属するスパイです。コードネームは「黄昏」。東国の元首相で戦争を企てる超大物・デズモンドと接触するという重要な任務のために東国に潜入します。

任務のため、実は女性の殺し屋であるヨル・ブライアを妻役に、孤児院で見つけたアーニャを娘役にして、3人で仮初の家族を結成。デズモンドの息子が通うイーデン校にアーニャを送り込むのでした。

アーニャというすべてを見透かす存在の役割

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

巧みな点は、ロイドとヨルはお互いの素性や本当の目的を隠して仮面夫婦を演じているのですが、その間にいる娘役であるアーニャは、他人の心を読めるエスパーですべてを見通しているという設定です。ある組織の実験で超能力を獲得し、組織から逃れたあとは孤児院を転々としてきたという出自を持っています。

周囲は誰もアーニャがそんな超能力を持っていることを知りません。そのため、アーニャ(と読者)だけが、ロイドが戦争を未然に防ぐための使命を担っていることと、ヨルが世間から怪しまれずに殺し屋の仕事を続けるために、形式上でも家族が必要だったことを知っているのです。

その情報の非対称性が、キャラ同士の現実認識のズレを生み、物語をドライブさせます。

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

アーニャは、両親の間に挟まれ、心の内を読み取ってなんとか正体がバレないようにそれぞれの目的に協力しようとして時に空回りしながらも奮闘します。そんな彼女を軸にしたコメディが、物語の基調となっています。ただ、そこに東西の平穏を維持しようとするロイドを軸としたサスペンス要素や、ミッションの途上で繰り広げられるヨルやロイドを中心としたアクション要素が見事に噛み合っていきます。

『SPY×FAMILY』 ep9
『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

さらに、ヨルの弟で東国の防諜機関、要するにロイドにとって最大の敵対組織である国家保安局に勤めるユーリをはじめ、様々な組織や人間の思惑が錯綜し、複雑な関係性を形成していきます。

アーニャだけがそのすべてを見透かしているという意味で、いわゆる“神の視点”であり、視聴者に全能感を覚えさせる巧みなギミックでもあります(余談ですが、アーニャと視聴者だけが全ての秘密を共有しているという構図。だからこそ、視聴者の多くは“共犯者”であるアーニャに感情移入するのでしょう)。

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『SPY×FAMILY』©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

アーニャは、錯綜する思惑を明らかにする語り部としては有能ながら、テレパシーを抜きにすればただの少女であるため、全てを自力で解決はできません。しかし、絶体絶命のピンチをなんとか切り抜けるその様は、見ていてハラハラとドキドキしながらも、最後に安堵と笑いをもたらします。落語家が唱えたとされるお笑い理論“緊張と緩和”という視点で見ても非常によく均衡がとれていて、物語のテンポも心地良く展開されます。

②国家間の対立というハードな設定に引っ張られない!均衡のとれた軽やかなコメディ

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

大きな戦争後の、仮初の平穏──『SPY×FAMILY』では、そのことが繰り返し強調されます。

戦災孤児でスパイとして育てられたロイドはもちろん、孤児院を転々としていたアーニャ、幼い頃に両親を亡くしたヨル……各キャラが愛らしすぎて時に忘れてしまいそうになりますが、大切な人たちの喪失が、そこかしこに暗い影を落としています。

それは決して、すでに過ぎ去った出来事とは限りません。表面上では非常に抑制的に描かれていますが、水面化では今でも多くの血が流れ人命が失われているだろう事実もまた、『SPY×FAMILY』という物語の手綱を強く握っています。

ロイドたちフォージャー家が身を置く渦中、東西の情勢は非常に複雑な様相を呈しています。戦争に及び腰らしい東国の政府、治安維持を目的にしながら隙あらば西国の弱点を突きたい東国の保安局や、東国の強硬派であるデズモンド率いる国家統一党。戦争を防ごうとする西国の諜報機関・WISEに、ヨルの所属する東国の暗殺組織・ガーデン……それぞれがそれぞれの掲げる“正義”を成し遂げるために暗躍します。

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

あらゆる戦争に、絶対的な“善悪”というものは存在しません。そこには必ずお互いの“正義”があり、もっと言えば戦争に勝ったものが歴史上の“正義”となるのが常です。

勧善懲悪というものが存在しない戦争を舞台にした『SPY×FAMILY』。ストレートに描けばいくらでも重々しくなってしまいそうな舞台設定にも関わらず、軽やかなコメディとしての均衡がとれているのは前項で説明した通りです。それはキャラクターたちが影を湛えながらも普段は朗らかで悲壮感も薄く、やるべきことに邁進するスタンスによるところも大きいでしょう。

『SPY×FAMILY』では表面上、戦争という圧倒的暴力を前にした個人の無力感や諜報活動に伴う容赦ない冷徹さや諦めといった、本来は取り繕えないほどに血生臭い種々を脱臭することに成功していると言えます。

原作漫画の作者である遠藤達哉さんは、『TISTA』『月華美刃』といった過去作では、自身でも「鬱々とした」と表現するほどハードで残酷描写の多い作風を持ち味としていました。『SPY×FAMILY』の物語世界は作者の天然による産物ではなく、明確に意図的な作為を持っています。『SPY×FAMILY』ではそれまでの作風はなりを潜め、コメディ要素によってむしろ観やすくさえある物語が生まれたのです。世界各国で現実の戦争を目の当たりにし続けている現代だからこそ、その軽妙さが大きなプラスに働いてここまで広く支持されていると考えます。

既に起きてしまった戦争を生き延びるのではなく、これから再び起ころうとしている戦争を防ぐために、戦争の痛みを知る人物たちが率先して命を賭して駆けずり回る様は、滑稽ではありつつも切実さを帯びてもいます。ハードとソフトの綱引きが、これ以外にないという絶妙な均衡で成り立っているのです。

③仮初だらけの擬似家族という形式の現代性

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

それぞれの利害が一致して家族という形式を採用したフォージャー家は、いわゆる偽装結婚です。戸籍上で言っても、心情で言っても、決して本当の家族ではありません。

家族というものが、血縁や契約によって強固に結ばれて気心が知れた者同士による外界から隔絶された親密空間だとすれば、決してお互いの秘密を明かすことなく常に仮面を被った彼らは、そのような家族とは全く異なる“擬似家族”だと言えるでしょう。

現代はしばしば、かつての日本の封建的な家父長制が瓦解し、むしろそれゆえに帰属するべきコミュニティがない個人の時代が訪れていると言われています。家庭への帰属意識は薄れ、地域の繋がりは脆弱になり、社会や国家は自助努力を迫る、一人ひとりが孤立しがちな傾向は加速しています。

窮屈で息苦しい家父長制的な価値観、自己責任論の蔓延する拠り所のない個人主義的な価値観──それぞれに生きづらさがあることを、私たちは知っています。

『SPY×FAMILY』が世界の危機を乗り越えるために選択した形が、そのどちらでもない、打算的な約束によって結ばれた擬似的な家族──そこにこそ、この物語の現代性があると私は考えます。

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『SPY×FAMILY』©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

アーニャはミッションに協力して自分の居場所を得るために、ロイドはこれ以上自分のような存在を生まないために、ヨルは自らの理想とする世界に近づけるために、3人ともが涙ぐましい努力によって“疑似家族”を維持しようとします。

舞台は1900年代と明かされていますが、凝り固まった家族像にも孤独な個人主義にも活路を見出せなかった日本社会では、一時的に身を寄せ合った、家族ではない共同体はむしろまぶしく映るように思うのです。

一方で、本来家族を形成するために必要な恋愛や婚姻、出産といった現実的でそれゆえに“面倒”な手続きをすべて省略している点を疑問視する声もあります。しかし、むしろそうした省略こそが本作がウケている要因の1つでもあるのでしょう(現実を生きるためには必要不可欠な手続きを省略して提示する問題点にはここでは踏み込まないものとします)。

その擬似的な家族という形式が、物語を通してキャラクターたちにどのような結果をもたらすことになるのか、注目したいと思います。そしてここで目を向けるべきは、エスパー少女のアーニャは、実はその超能力がゆえにロイドに娘役として買われたわけではない、という点です。

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

アーニャは、デズモンドの息子に近づくためにロイドから選ばれたに過ぎません。そのためアーニャは、その任務に貢献できなければロイドにとって不要な存在になってしまうことをちゃんと理解していて、それゆえ危惧もしています。シビアな言い方をすれば、役に立てなければまた捨てられる(かもしれない)運命にあるのです。そのためアーニャも必死なのですが、ロイドは明らかに任務遂行を最優先にしているとは言えない行動をとるようになっていきます。

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『SPY×FAMILY』 ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

そもそも要領の悪いアーニャはこの任務には不向きではないかと、当初からロイドはたびたび疑問視していました。しかし、アーニャを切り離して作戦を切り替えることもしませんでした。明らかにロイドたちには、結果的に繋がってしまったこの擬似家族への何らかの執着や感情が芽生えていっています。

繰り返しになりますが、ロイドは戦争孤児でした。コードネーム「黄昏」は、元々の語源でもある<誰そ彼>──彼は誰なのか? もとい「彼は誰でもない」というニュアンスも含まれていると解釈できます。自分のような境遇の子供をこれ以上生まれさせないために、ロイドは絶対的な覚悟のもと、私情を捨ててスパイ活動に勤しんできました。しかしそんな彼でさえ、ヨルやアーニャとの関わりを通して、徐々に心持ちに変化が表れています。

仮初の家族がいつしか守るべき絆になっているように、仮初の平和もまた現実のものとなり得る──嘘で塗り固めた“仮初”の家族たちの物語である『SPY×FAMILY』は、そんなテーマを暗示し続けています。彼ら家族がどのような“本物”を掴み取るのか、是非その目で見届けてください。


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『SPY×FAMILY Season 2』

SPY×FAMILY Season 2
©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

U-NEXT配信:土曜日23:30更新
放送:10月7日(土)23:00よりテレビ東京系列ほかにて放送

【あらすじ】
人はみな誰にも見せぬ自分を持っている――
世界各国が水面下で熾烈な情報戦を繰り広げていた時代。東国(オスタニア)と西国(ウェスタリス)は、十数年間にわたる冷戦状態にあった。西国の情報局対東課〈WISE(ワイズ)〉所属である凄腕スパイの〈黄昏(たそがれ)〉は、東西平和を脅かす危険人物、東国の国家統一党総裁ドノバン・デズモンドの動向を探るため、ある極秘任務を課せられる。その名も、オペレーション〈梟(ストリクス)〉。内容は、“一週間以内に家族を作り、デズモンドの息子が通う名門校の懇親会に潜入せよ”。〈黄昏(たそがれ)〉は、精神科医ロイド・フォージャーに扮し、家族を作ることに。だが、彼が出会った娘・アーニャは心を読むことができる超能力者、妻・ヨルは殺し屋だった!3人の利害が一致したことで、お互いの正体を隠しながら共に暮らすこととなる。ハプニング連続の仮初めの家族に、世界の平和は託された――。

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