米HBOで2018年から4シーズンにわたって制作され、新たなエピソードがお披露目される度に話題を席巻してきた『メディア王 ~華麗なる一族~』。ゴールデングローブ賞、エミー賞などの賞レースもほぼ独占。メインキャラクターほぼ全員がノミネートされるという偉業も達成するなど、作品、キャストへの賛辞は後を絶たない。2023年に最終シーズンを迎えた本作は、なぜこんなにも愛され、評価を集めたのか。改めておさらいしたい。
物語の中心は、とてつもない金と地位、権力を持つローガン・ロイ。一代で巨大メディア企業を築き上げた彼も高齢となり、次男ケンダルを後釜に任命して自身は引退することを考えていた。しかし、時おり不安定になるケンダルがある交渉に難航したことから、ローガンは引退を撤回し、後継者の話も白紙に。ローガンと複雑な関係にある4人の子どもたち(長男コナー、次男ケンダル、三男ローマン、長女シヴ)、さらに彼に気に入られたいシヴの婚約者や、失敗続きの人生から抜け出したいローガンの兄の孫も加わり、歪で野心にあふれた一家の後継者争いが幕を開ける…。
原題の「succession」とはズバリ「相続」の意。同じHBOの『ゲーム・オブ・スローンズ』は七王国を統べる王の座をめぐる血なまぐさい争いを描いていたが、『メディア王』はいわば「血の流れない『ゲーム・オブ・スローンズ』」。登場人物が多く、最初の数話を見ただけでは家族構成や彼らの関係性がよく分からないのも、『ゲーム・オブ・スローンズ』をはじめとしたHBO作品らしい。ウェスタロスの物語のようにドラゴンが出てきたり戦争が起きたりするわけではないが、アメリカ大統領候補の選出にも影響力を持つローガンのもと、会社の買収、株価の暴落、不信任投票、メディア戦法などを通して、骨肉の争いを描く。
ファミリーがお互いの腹を探り合い、時には手を組み、時には裏切る様が見ているうちに次第にクセになってくるだろう。お仕事ドラマとしては、ハーヴィーやマイクの見事な手腕が光った『SUITS/スーツ』や、ヘッジファンドの帝王と検事との攻防を描く『ビリオンズ』も彷彿とさせる。
ローガン・ロイのモデルとなったのは、世界的メディア王のルパート・マードック。オーストラリアの出身だが、同国だけでなくイギリスの名門紙タイムズやアメリカ映画会社20世紀フォックスも買収し、1986年にはアメリカでテレビネットワークのFOX社を設立した。
1997年の映画『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』にジェームズ・ボンドの敵として登場したメディアの帝王エリオット・カーヴァーは、世界の情報を操って紛争を起こし、そのニュースを独占しようとする悪役だが、この役はマードックや彼のライバルであるロバート・マクスウェルを元にしたと言われている。
アメリカをはじめとした国々で知られるマードックが高齢となり、後継者が誰になるのかが注目されるタイミングだったこともあり、『メディア王』は始まった当初から高い関心を集めるように。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』『バイス』といった金融、政界がテーマの社会派作品もプロデュースしてきたアダム・マッケイが製作総指揮を務め、「テレビ界のアカデミー賞」と言われるエミー賞で、シーズン2以降ずっと作品賞を受賞。本年度は史上最多の27ノミネートを果たし、『ザ・クラウン』『ベター・コール・ソウル』『THE LAST OF US』『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』といった人気作を押さえて主要6部門を獲得した。
ファイナルシーズンは毎週新しいエピソードが放送される度に現地アメリカのメディアがその展開を報じたが、これは『ゲーム・オブ・スローンズ』最終章でも起きていた現象。シリーズ終盤でメインキャラクターのひとりが死んだ際には特に大きく取り上げられ、LAタイムズは実在した人物かのようにその死を報じていた。また、作品は2023年にGoogleで最も検索されたシーズンフィナーレとして堂々の1位に輝いている。
そして2023年5月に番組が終了すると、その4ヵ月後にはマードック自身も第一線から退き、後継者を発表した。マードックを元にしたフィクションが現実を追い越し、現実が後から追いかけてきた格好だ。
『メディア王』のクオリティの高さを支えているのが、俳優たちの見事な演技。本作以前はあまり知られていなかったキャストも多いが、知名度よりも役に合っているかどうかが優先されるのもHBOの昔ながらの特徴だ。その選択が正しかったからこそ、本年度のエミー賞で9人もの俳優がノミネートされたのだろう。なお、主演男優賞部門には3人入ったが、同じ作品から3人候補入りしたのは史上初の快挙だ。
そんな適材適所のキャストの中でも特に存在感を発揮していたのが、三男ローマンを演じたキーラン・カルキン。大ヒット映画『ホーム・アローン』シリーズなどの名子役で知られたマコーレー・カルキンを兄に持つキーランは、自身も幼い頃から俳優として活動。2つ上の兄マコーレーが世界的なスターだったためか、自らは脇に回ることも多かったが、若い頃からしっかり作品選びをしており、『サイダーハウス・ルール』『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』といった脚本の質が高い作品に出演してきた。本人は作品を選ぶ基準について次のように話している。「大金をもらって、出来の悪い映画をたくさん作ることは簡単だ。でも僕は、質の高い作品に出て、貧しい路上暮らしをする方がいい」
『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたジェシー・アイゼンバーグから「自由な精神の持ち主で、チャーミング。すごく自然体でくつろいだ人」と評されたキーランは、ローマン役にピッタリだと言える。シニカルでどことなく厭世的ながらも実は切れ者のローマンは、もともとローガンの子どもたちの中では比較的、父親から目をかけられており、当初は投げ槍なタイプに見えたものの少しずつ変わっていく。
そんなローマンの成長は演じるキーランへの評価に反映されており、エミー賞やゴールデン・グローブ賞、批評家協会賞で過去シーズンに候補入りしていたのは「助演男優賞」だったが、この最終シーズンでは「主演男優賞」へと昇格。しかも父親ローガン役のブライアン・コックス、次男ケンダル役のジェレミー・ストロングという“身内”も押さえて次々とトロフィーを獲得した。
人気ドラマであっても綺麗に終えることは難しいと言われる中、スタッフとキャストがともにいい仕事をし続けて有終の美を飾ることができた『メディア王』は、もしかするとまだ完結したとは言えないのかもしれない。賞レースでの成功を受けて、早くもスピンオフの噂がささやかれているからだ。クリエイターのジェシー・アームストロングは「キャラクターたちのことは描き切った」と語っており、今のところさらなるストーリーを綴るつもりはないようだが、こういう話が持ち上がるのもロイ・ファミリーの物語をもっと見たいと思う人々が多い証拠だろう。
モデルとなった人が日本ではそこまで広く知られていないため、ちょっと手をつけにくいかもしれないが、『ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア』『ゲーム・オブ・スローンズ』『TRUE DETECTIVE』『ウエストワールド』などを輩出してきたHBOブランドにふさわしい作品だ。まずは全10話のシーズン1だけでも見てみてはいかがだろう?
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