喜怒哀楽の感情を表に出せない人たちの話は、作っていて面白い━━今泉力哉監督『アンダーカレント』インタビュー
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喜怒哀楽の感情を表に出せない人たちの話は、作っていて面白い━━今泉力哉監督『アンダーカレント』インタビュー

2023.09.30 17:00

2004年に連載開始、翌年に単行本が刊行されて以来、国内のみならず海外でも熱狂的なファンを増やし続けている豊田徹也さんの伝説的漫画「アンダーカレント」(講談社)。雑誌「smart」の企画内の「このマンガがすごい!」感動部門で第1位に選出され、フランスでは2020年に発表された「2000年以降絶対読むべき漫画100選」で堂々の第3位を獲得した名作が、真木よう子さんの主演で実写映画化されます(10月6日公開)。真木さんが演じる主人公かなえは、夫の悟(永山瑛太)の失踪という突然の事件を受けて途方に暮れつつ、家業の銭湯を営む女性。やがて住み込みで働きたいと申し出てきた謎の男性、堀(井浦新)との奇妙な生活が始まり、かなえの「心の奥底」(=アンダーカレント)が徐々に浮かび上がってきます。監督を務めたのは『愛がなんだ』『ちひろさん』など、数々の話題作を手掛ける今泉力哉監督。繊細で情感豊かな傑作を作り上げた監督に、作品に込めた思いや裏話などをお聞きしました。

「人をわかる」ことの難しさという原作のテーマに惹かれた

━━素晴らしい映画でした。まず豊田徹也さんの原作漫画を最初に読んだ時の印象はいかがでしたか?

今泉:めちゃくちゃ面白くて。僕は普段、あんまり漫画を読む人間ではないので、「アンダーカレント」も映画化することを前提にプロデューサーから勧められたんです。そうしたら「どうやって映画にするんだ」っていうくらい面白かったので、もう困っちゃいました(笑)。

━━どこに惹かれる部分が強かったですか?

今泉:「人をわかるってどういうことですか?」という台詞があるんですけど、確かに人ってそんな簡単に「わかる」ものじゃない。普段表立って見せている顔や姿と、奥底で渦巻いている心は違うもので、これは映画を作っていくうちに気づいたことでもあるんですけど、結局、自分のことも他人のことも本当のところはわからなかったりする中で、それでもこの作品の登場人物たちはわかろうとすることを諦めない。理解することより理解しようとすることの大切さを描いていると思いました。

豊田さんにお会いする前、お手紙を書いたんです。僕が2016年にオリジナル脚本で撮った『退屈な日々にさようならを』って映画と漫画「アンダーカレント」の共通点などについて。僕が興味があることと、豊田さんが描いていることがどこか似ているのではないかというようなことを書きました。

━━『退屈な日々にさようならを』でも一緒に暮らしていたパートナーの男性を突然失った女性の姿が描かれますよね。しかも『アンダーカレント』と上映時間がほぼ同じ!(『アンダーカレント』は143分、『退屈~』は142分)。

今泉:そうなんです。自分でも通じるものがあるなと思いました。

実はお手紙を送った後、豊田さんが僕に直接連絡をくれたんですよ。「ふたりで会いませんか」っていう話になって。

その初めてお会いした時に4時間くらいお話させてもらったんです。豊田さんは映画にすごくお詳しくて、僕の『愛がなんだ』も観てくれていました。追って『街の上で』も見てくれた。あと印象的だったのは、豊田さんがふと「この話って映画になって面白くなると思いますか?」と訊かれたんですよ。僕の方は反射的に「本当ですよね」って言って(笑)。「映画にする意味って何なのか」っていう本質的な設問を率直に投げかけられて、こちらも「本当そう思います」と返したんです。もちろんそれは上からとかではなく、いち映画好きの漫画家としての意見だったと思います。

━━そこで今泉監督が映画化のハードルの高さを、豊田さんと同じレベルで認識していたことが大きかったんじゃないでしょうか。

今泉:だといいですね。あと人となりを気に入ってもらえたと思うんですよ。僕も豊田さんのことが大好きになったし、それ以降すごく仲良くさせてもらっています。

今泉力哉監督_アンダーカレント_03

原作のキャラクターの雰囲気を伝える最高のキャスティング

━━今泉監督は『鬼灯さん家のアネキ』と『ちひろさん』でも漫画原作の映画化を手掛けられていますね。その醍醐味や難しさについて教えてください。

今泉:小説とかと違って漫画にはビジュアルがありますからね。キャラクターにしろシーンにしろ、漫画の絵にどこまで寄せるのか、その距離感の判断で映画の質はだいぶ変わってくると思います。

今回に関しては、主演の真木よう子さんが原作の大ファンだったんですね。だから自分から髪を切ったりとか、本当に原作の人物像に合わせる意識でいてくれて。

━━確かに原作に密着して、大切に映画化された印象でした。キャスティングも素晴らしかったです。真木よう子さんと瑛太さんは、今泉監督と組むのは今回が初めてですよね。

今泉:はい。「あっ、『最高の離婚』のコンビだ」と思って(笑)。大好きなドラマだったので、初めて真木さんに会った時もその話をしたくらいです。「ドラマの中で感情的になっていく中で東北弁が少しずつ出てきてしまう芝居が素晴らしかったです」とお伝えしました。今回は最初に決まったのが真木さんだったので、主人公のかなえの周りにいる人たちの影響関係を考えた時に、実際真木さんに関係のある役者さんを配するのがいいんじゃないかって。

真木さんと瑛太さんはプライベートでも昔から繋がりがあるみたいで。リリー・フランキーさんや江口のりこさんもそうですし、絶対、この作品のキャストとして関わる以前からの関係性がプラスになると思っていました。

井浦新さんは、真木さんと少しだけ共演したことがあるということで、それも堀という役にぴったりだなって。しかも原作のキャラクターの雰囲気を持ってらっしゃる方ばかりで固められた。山下敦弘監督の映画でよく観ていた康すおんさんと初めてご一緒できたのも嬉しかったし、中村久美さんは安定の3回目で。配役は本当に満足していますね。

━━堀役の井浦新さんは『かそけきサンカヨウ』に続いての今泉組ですが、素晴らしかったですね。ほとんど素性がわからないまま、かなえと奇妙な共同生活を送ることになる寡黙な男性の役です。

今泉:井浦さんはめちゃくちゃ穏やかで、不思議なくらい優しさを持って現場にいてくれる人。作品に対しても本当に真摯ですし。現場で僕が迷っている時も、とりあえずその芝居をやってくれるんですよね。で、「やっぱり違いますよね」って確認させてくれるんです。

ただ、堀という役がまさにそうですけど、薄っすら狂気みたいなものを感じる瞬間もある。それと普段の穏やかさのギャップとか……井浦さんのアンダーカレント的な「層」はまだ僕自身つかめていない気がしていて…。本当はどういう人なんだろう?ってことを知りたい意味でも、ぜひまたご一緒したい俳優さんですね。

━━探偵・山崎役のリリー・フランキーさんはいちばん原作に忠実だったので驚きました。カラオケで歌うダウンタウンブギウギバンドの選曲まで同じ!

今泉:そもそも原作の豊田さん、たしか山崎はリリーさんをモデルに描いたんですよ。リリーさんの長年のファンなんですって。

━━でも原作が描かれたの、2004年ですよ!?まだリリーさんが俳優としては本格活動を始める前かと。

今泉:すごいですよね。だから漫画には、映画よりだいぶ若い山崎=リリーさんがいる(笑)。

劇中でテキトーな軽い男に見えて、いちばんクレバーな役が山崎なんですね。だらしなさと、インテリジェンスのある色気。さらには怖さや狂気も併せ持っているという人物は、他のキャストではやっぱり考えられない。リリーさんは別格ですね、という話になって。

━━リリーさんと今泉監督って相性いい気がします。ご本人同士の空気感が似ているというか。

今泉:実は『ちひろさん』の衣装合わせで初めてお会いした時に、「監督と僕は先祖とか遡ったら一緒っぽいですよね、同じ匂いがする」ってリリーさんに言われて(笑)。畏れ多いですけど嬉しかったです。

今泉力哉監督_アンダーカレント_04


表立って見せない感情の奥行きの深い人に惹かれる

━━音楽はなんと細野晴臣さん。『ちひろさん』の岸田繁さん(くるり)に続いて大物とのコラボです。

今泉:恐縮です(笑)。今回はプロデューサーが細野さんと今泉のタッグが観たい、と言ってくださって。

━━映像ができてから音楽をつけていただく流れで?

今泉:はい。観てもらってから、全部作ってくださいました。僕からお願いしたことは、例えば明るい時に明るい曲を、哀しい時に哀しい曲を、みたいな登場人物の感情にぴったり同期したものではなく、作品の世界観や雰囲気を少ない音数で表わしてほしいというものでした。細野さんとも基本的な理解のズレはなかったように思います。作られた曲に関しては、必ず解説や意図を補足説明するメモが丁寧に添えてあって。こちらの希望でエンドロールの曲まで作っていただき感激しました。この作品における音楽は本当に大きな要素だったと思います。空気を産んでくれました。

━━音楽にしろ、まさに『アンダーカレント』という言葉の意味が、作品のテーマとして全面的に良く反映された仕上がりのように思います。

今泉:そうですね。このアンダーカレント=「心の奥底」というテーマは、自分の前作『ちひろさん』とも通じるものが多いなと思って。深い悩みを抱えながらも、普段は他人にそれを見せなかったりとか、そのへんは『ちひろさん』とものすごく共通していますし。

別に僕自身は、家庭環境が複雑なわけでもないし、むしろ平凡で、仲の良い家族の中で育ったんですけど、でもやっぱりアンダーカレントな感覚というか、表立って見せない感情の奥行きの深い人に惹かれるところがあるんですよね。

昨年の自分の映画『窓辺にて』もそうですけど、喜怒哀楽のような感情をストレートには表に出せなくて、どっか蓋があったり、屈託を抱えている人たちの話っていうのは作っていて面白いですね。

今泉力哉監督_アンダーカレント_05

━━なるほど。では最後のご質問です。映画のラストは原作を脚色されていましたね。

今泉:脚色に関しては、まず「ラストをどうするか」って話から始めましたね。原作のラストが完璧なので、「これ以上、どうするの?」って(笑)。でも悩みながら、自分なりに原作の結末の続きを少しだけ提示したくて付け加えました。

その時期にダルデンヌ兄弟(ベルギー出身の監督)の映画を何本か見返していたんですよ。絶対なにかヒントがあると思って。そうしたら『イゴールの約束』がすごく参考になった。自分の中ではラストカットはほぼほぼイゴールです。ぜひ見比べてほしいです。

今泉力哉監督_アンダーカレント_02

(プロフィール)
今泉力哉(いまいずみ・りきや)
1981年生まれ。福島県出身。2010年、『たまの映画』で商業監督デビュー。2013年、『サッドティー』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品され、高い評価を受ける。2019年、『愛がなんだ』が大ヒットを記録。2023年、Netflix映画『ちひろさん』を手掛け、世界配信と劇場公開を同日に行う。その他の主な作品に、『こっぴどい猫』『退屈な日々にさようならを』『his』『あの頃。』『街の上で』『猫は逃げた』『窓辺にて』など。待機中の最新作として、漫画『からかい上手の高木さん』の実写化を手掛けることが発表されている。


アンダーカレント_本ポスタービジュアル
©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会

『アンダーカレント』
10月6日(金)全国公開

家業の銭湯を継ぎ、夫の悟とともに順風満帆な日々を送るかなえ。しかし突然、悟が失踪する。途方に暮れていたかなえだったが、なんとか一時休業していた銭湯を再開させる。数日後、堀と名乗る謎の男が、銭湯組合の紹介を通じて「働きたい」とやって来る。その日から、住み込みで働くことになった堀とかなえの不思議な共同生活が始まる。友人・菅野から紹介された胡散臭い探偵・山崎とともに期間限定で悟を捜しはじめたかなえは、悟の知られざる事実を次々と知ることに。それでも、堀と過ごす心地よい時間の中で、穏やかな日常を取り戻しつつあったかなえ。だが、あることをきっかけに、悟、堀、そして、かなえ自身も閉ざしていた、心の奥底に沈めていた想いが、徐々に浮かび上がってくる。それぞれの心の底流(アンダーカレント)が交じりあったその先に訪れるものとは——。

■出演:真木よう子井浦新リリー・フランキー永山瑛太江口のりこ中村久美康すおん内田理央
■監督:今泉力哉『愛がなんだ』『ちひろさん』
■音楽:細野晴臣『万引き家族』『メゾン・ド・ヒミコ』
■脚本:澤井香織『愛がなんだ』『ちひろさん』、今泉力哉
■原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーン KC」刊)
■製作幹事:ジョーカーフィルムズ、朝日新聞社
■企画・製作プロダクション:ジョーカーフィルムズ
■配給:KADOKAWA

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