しがらみだらけの文学界を舞台に、不遇な新人作家による文壇下剋上を描く、のん主演・堤幸彦監督作『私にふさわしいホテル』。12月27日から劇場公開される、柚木麻子の同名小説を映画化した本作で、のん演じる主人公の敵か味方か分からない敏腕編集者を演じている田中圭。これまで、何度か堤監督作に出演してきた彼は、監督から演技力を絶賛されている。
“猛獣”のような作家たちと渡り合い、売れる本を出版しようと画策する、曲者感の強い編集者・遠藤道雄。良い人なのか、裏があるのか、判別しにくい遠藤に扮した田中に、のんとの共演や、堤監督の演出など、撮影エピソードについて語ってもらった。
──『私にふさわしいホテル』に田中さんがご出演されることになったのは、堤監督からのオファーがあったからですか?
田中:そうですね、『死神さん』を撮影している時に、堤監督がこの映画の話をしていた記憶があります。「また一緒にやろう」と声を掛けてくださって。
──田中さんはコメディ演技もすごく上手ですが、今回はどちらかと言うと、のんさんと滝藤賢一さんがコメディパートを担っていて、田中さんはクール目な役柄ですよね。最初に脚本を読んだ時、遠藤という役をどのような人物だと思いましたか?
田中:掴みどころがない人物だなと思いました。本当に敵か味方か分からなくて、本心が見えないキャラクターだなと感じました。ですが、意外とロマンチックな面があったり、それでいて現実主義だったり、割と深い人物というか、すごく演じ甲斐がある役だと思いました。
──遠藤は敏腕編集者ですが、役作りはされましたか?
田中:特に役作りはせず、現場で監督と話したり、のんさんのお芝居を見たりしながら、脚本に準じて演じていきました。堤監督はしっかりと演出される方なので、雰囲気を見ながら、バランスを考えて演じました。なるべくクールにといいますか、感情が出過ぎないようには気をつけていました。
──のんさんが演じる中島加代子と、滝藤さんが演じる東十条宗典は、ちょっと猛獣のような、すごく個性的な作家ですが、そんな人たちを相手にする遠藤を演じるにあたって工夫したことなどはありますか?
田中:遠藤は、自分を策士だと思っているんです。個性的な作家たちでもコントロールできると考えている、狡猾さのある人物です。常に何かを考えている策士でいながら、策を練っているという風にはあまり見せないように。「結果としてそうなればいいか」くらいで、「こうしてやるんだ」とか「自分がコントロールしているんだ」というようなものは、なるべく出さないように気をつけました。
──感情を見せる役より、演じるのが難しそうなキャラクターですね。
田中:そうかもしれないです。
──遠藤の知らないところで、加代子と東十条が結託して、遠藤に対抗する作戦を練っているシーンが面白かったのですが、田中さんはどのような気持ちで演じましたか?
田中:「加代子&東十条VS遠藤 」という構図になっていることに、彼は気づいていないのですが、2人が隠れている時に、遠藤が2人の悪口を言うシーンは、なるべく強く2人に刺さるような言い方にしようと思って演じました。遠藤的には、2人がタッグを組むなんてことは想定していないし、自分に矢印が向かっていることにも気づいていないので、全く意識せずに強めに2人を悪く言いました(笑)。
──遠藤が飄々と悪口を言っていて、カッカしている2人の場面が最高です(笑)。のんさんの本作での体当たりコメディ演技が素晴らしいですが、田中さんとの相性の良さがスクリーンから伝わってきました。演じている時ののんさんと、カメラが回っていない時ののんさん、それぞれの印象を教えていただけますか?
田中:加代子は、東十条の前で別人を装ったり、表舞台で違う作家のフリをしたりと、のんさんが演じている役自体が何人かを“演じる”という設定なので、1人の人間なのに、その都度いろいろ変化していく、その変化がとても素晴らしかったです。雰囲気からしてガラッと変わって、可愛らしい時と大人っぽい時と、本当にすごくいろいろな表情を持つ方だなと思いました。お芝居にしても、堤監督の無茶振りのような演出に対して瞬時に対応されていて、パワーもありました。一緒に演じていて楽しかったですし、すごく素敵な女優さんだと思いました。
カメラが回っていない時は、少しおとなしい印象でした。ずっと会話をする空間でもなかったこともあり、淡々とされているというか、物静かな方でした。僕がもっと話しかけていたら、また違っていたのかもしれないですが。演じている時と演じていない時のギャップもまた魅力的だなと思いました。
──田中さんと堤監督は、先ほどお話に出た『死神さん』や、『包帯クラブ』などでも一緒にお仕事をされてきましたが、監督は田中さんのことが本当に好きなんだなと思って、今回も観ていました。今回の堤監督の演出で無茶振りなど、特に印象的だったことはありますか?
田中:堤監督からは無茶振りをされても、もうあんまり無茶振りだと思わないくらいになりました(笑)。なので、どれが無茶振りだったのか、あまりよく分からないですが、堤監督は演出において、テンポや動きもつけるんです。「このセリフの時には、こういう動きをして」といったように。
──監督自ら動作を見せるんですか?
田中:そうですね。それが今回もあったのですが、遠藤の振り向き方ひとつでも、右振り向きなのか左振り向きなのか、そういった細かい演出が印象的でした。そういう時は、堤監督ならではのこだわる意味があって、堤監督にしか見えていない何かがあるんだろうなと思います。
今回の撮影で特に印象的だったのは、喫茶店で加代子が遠藤にガーッと勢いよく話しながら、ダーツのある場所に行って、その後、マイクの前に行くタイミングを、堤監督がすごく細かく演出されていたことです。「セリフは一気に言って」であったり、その場でとても細かく伝えていて、のんさんは最初は戸惑っている様子でしたが、数回で完璧にこなしていました。そのシーンを撮り終わった時、現場では拍手が起きました。
──完成した映画を観て、田中さんが特に気に入っているのはどこですか?
田中:一番気に入っているのは、加代子と遠藤の関係性です。何と表現していいか分からないけど、すごく素敵な関係になっていると思いました。信頼し合っているのか、していないのか分からないのに、すごく素敵な編集者と作家の関係なんです。それは、映画を観ていただけたら分かると思います。
あと、加代子と東十条は、あれだけいがみ合っていたのに、2人で遠藤に対抗するために考えついたプランがすごく可愛らしいです。いいパートナーというのとは違うけれど、面白いコンビになっているので、映画の中でも結構お気に入りです。
──田中さんは、デビューされてから25年になりますよね。ドラマも映画もあって、常に忙しい田中さんですが、どちらかと言うと、いつも仕事をしていたい方でしょうか?
田中:そんなこともないですが、仕事をしている時間は好きですし、やっぱり現場が好きなんです。休みたいとは今まであんまり感じたことがないので、もう自然に仕事をしているという感じなのかな。
──もしも、長期の休みが取れるとしたら、何をしたいですか?
田中:あまりプライベートで海外旅行をしたことがないので、普段行かないところに行ってみたいです。世界遺産とか見に行きたいです。
──これまで休むことなく、数多くの作品に出演してきた田中さんですが、U-NEXTでは現在その中から80本近くが配信されています。田中さんの作品を楽しみに観ているユーザー、そしてこれから『私にふさわしいホテル』を観ようと思っている人に、どんなことを感じてほしいか教えてください。
田中:僕の作品を通して、心が動く瞬間があったらうれしいです。どの作品も演じる上で、少しでも心が動いていただけたら幸せだなと、それがすごく大事だなと思っています。今回、劇場公開される『私にふさわしいホテル』も、すごく面白いと思うので、ぜひ観ていただきたいです。魅力的なパワーを持った主人公が、作家として成功を収めようと必死にもがき続ける姿が素敵な映画です。自分自身も俳優としてそういう人でありたいと思うので、みなさんの心にも響いていただけたらいいなと思います。
インタビューは、映画の撮影場所となった「山の上ホテル」で行われた。閉館中だが特別な使用許可のもと、主人公と同じ作家気分を味わわせていただき、大変スペシャルな時間となった。
新人賞を受賞したにも関わらず、未だ単行本も出ない不遇な新人作家・相田大樹こと中島加代子(のん)。その原因は、大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)の酷評だった。名だたる文豪に愛された「山の上ホテル」に自腹で宿泊し、文豪気分に浸り原稿用紙に向かっていた加代子の元に、大学時代の先輩で大手出版社の編集者・遠藤道雄(田中圭)が訪れる。遠藤から、上階に文芸誌の締切のため東十条がカンヅメ中だと聞かされた加代子は、「東十条の原稿が上がらなければ私にもチャンスが……」と、不遇の元凶である東十条への恨みを晴らすべく、「騒音作戦」、「三島の亡霊作戦」を考え、部屋に乗り込んで一芝居打つ、といった奇想天外な作戦で執筆の邪魔をし、掲載のチャンスを掴み取ろうとするが……。
2024年12月27日、全国ロードショー
出演:のん、田中圭、滝藤賢一、田中みな実、服部樹咲、髙石あかり、橋本愛、橘ケンチ、光石研、若村麻由美
監督:堤幸彦
原作:柚木麻子『私にふさわしいホテル』(新潮文庫刊)
脚本:川尻恵太
配給:日活/KDDI 企画協力:新潮社 特別協力:山の上ホテル
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