心優しく善良な男、ジャスティン・ケンプは愛する妻の出産が迫るなか、ある裁判の陪審員に選ばれる。
被告は殺人罪に問われている男。彼は雨の夜にバーで恋人と痴話げんかをした末に、彼女が川で遺体となって発見されたことから殺人の容疑をかけられていた。
事件の概要を聞くうち、ケンプにはあることが脳裏に浮かぶ。そして、もしかしたら自分はこの事件と関りがあるのではないか…。陪審員による評議が進んでいくにつれ、ケンプは良心の呵責にさいなまれ、激しいジレンマに陥っていく。
陪審員を題材にした映画といえば、シドニー・ルメット監督の名作『十二人の怒れる男』がある。本作も、簡単に有罪と決めつける陪審員たちに、主人公が「もっと話し合うべきだ」と説得し翻意させていく。
ただし、大きく違うのは、主人公のケンプが事件の当事者である点だ。良心が咎める彼は被告サイスを救いたい。だが、そうすれば自分の身が危うくなる。のっぴきならない状況へと追い込んでいく展開がスリリングで、エンターテイメント性は抜群だ。
一方で、イーストウッドは事件の真相よりも捜査・司法制度の不備を突く。裁判に勝つことで検事長の座を得たい検事補に、忙しすぎる弁護士、事件の証人、そして陪審員たちも自分の都合や思い込み、先入観などを優先する。真実=正義ではなく、人が人を裁くことの難しさ、怖さを問いかける。そして最後の最後に用意したイーストウッドらしいラストシーンの切れ味の凄さ。94歳の巨匠、まだまだ衰えてはいない。
ニコラス・ホルトと言えば、『X-MEN』シリーズの毛むくじゃらのビーストや『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では坊主頭の全身白塗り姿と化すなどアクの強いキャラクターで印象を残してきた。
だが、今回は端正な顔立ちを生かして善良な男ケンプを演じる。自分が事件の当事者という嫌な予感が生まれた瞬間から、にわかに曇り始める顔色。良心と闇の間で揺れるケンプの苦悩は、法廷から陪審員による評議へと場が移っていくことで、さらに増していく。
ホルトはそんな思いの端々を些細な表情や仕草、目の動きににじませる。190cmもの大柄ながらナイーブさ漂う体躯から伝わってくる心情に、ケンプの物語に引き込まれずにはいられない。
まず注目したいのは、検事補キルブルー役を演じるトニ・コレット。近年は『ヘレディタリー 継承』のトラウマ級の絶叫顔が印象的だが、本作の主演ニコラス・ホルトがまだあどけない少年だったときに、『アバウト・ア・ボーイ』で親子役で共演しており、22年ぶりの顔合わせになった。
陪審員のなかではクセモノ的存在となるチコウスキー役にJ・K・シモンズ。『セッション』でオスカー俳優に仲間入りしたが、大ヒット刑事ドラマ『クローザー』ほか海ドラファンにはお馴染みの芸達者だ。また、リアリティ番組『テラスハウス』などに出た日本人俳優の福山智可子も陪審員役として参加。さらに、断酒会の主宰者でケンプが頼りにする弁護士ラリー役にキーファー・サザーランド。意外なキャスティングに思えるが、イーストウッドとは父の名優ドナルド・キーファーサザーランドが『戦略大作戦』(70)、『スペースカウボーイ』(00)で共演している。さらに加えると、事件の被害者を演じている女性は、イーストウッドの実の娘、フランチェスカ・イーストウッド。
1930年生まれで、御年94歳。1955年に『半魚人の逆襲』でスクリーンデビューし、“ドル箱三部作”と呼ばれるセルジオ・レオーネ監督のマカロニ・ウエスタンで一躍人気スターに。さらにアクション映画で活躍し、なかでも『ダーティハリー』シリーズのハリー・キャラハンは当たり役となった。
一方、『恐怖のメロディ』(71)で監督デビューを果たしてからコンスタントに撮り続け、これまでに『許されざる者』(92)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)で2度アカデミー賞監督賞を受賞。今回の『陪審員2番』はイーストウッドにとって記念すべき40本目の作品となる。長年、映画を通して「正義」を観客に問いかけてきたイーストウッド。本作でも静謐なタッチ、かつ無駄のない演出で深い示唆を与えている。
タウン誌の記者。心優しく善良な男だが、アルコール依存症の過去があり、断酒会に入っている。妻との間にはまもなく子どもが生まれる。1年前の夜、裁判の被告サイスが恋人ともめたバーにケンプも立ち寄っており、帰り道、運転中に何かにぶつかったが気にも留めずにいたが、陪審員になったことで当時のことを思い出し苦悩する。
キャスト:ニコラス・ホルト
1989年生、英国出身。子役として活躍し、02年、ヒュー・グラント主演の映画『アバウト・ア・ボーイ』で一躍ブレイク。ちなみに同作でトニ・コレットと共演。その後、『X-MEN』シリーズや『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でハリウッドの人気スターに。幅広いキャラクターに挑み、演技力の高さにも定評がある。25年夏公開のジェームズ・ガン監督作『スーパーマン』では悪役レックス・ルーサーを務める。
◆代表作:『アバウト・ア・ボーイ』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『女王陛下のお気に入り』
担当の地方検事補。検事長選挙の真っ只中で、今回の裁判に勝訴すれば選挙に有利と考え、最初から被告を有罪にすることしか考えていない。だが、根は「真実が正義をもたらす」という考えの持ち主。陪審員による評議が長引くなか、被告サイスが本当に犯人なのか疑いを持ち始める。
キャスト:トニ・コレット
1972年生。オーストラリア出身、ケイト・ブランシェットらの名優を輩出しているオーストラリア国立演劇学院を卒業。99年、M・ナイト・シャマラン監督の『シックス・センス』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされて以降、数々の作品に出演。またドラマ『ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ』でエミー賞主演女優賞(コメディ部門)を受賞。近年はアリ・アスター監督の『ヘレディタリー 継承』での怪演で存在感を発揮した。
陪審員。生花店の経営者、前歴は元刑事。陪審員には選ばれないはずが、「聞かれなかったから」と経歴を申告せずに選出される。刑事のカンで、捜査現場を含め誰もが“確証バイアス”がかかり、「犯人はサイス」と決めつけているのではと考え、自分なりに捜査を始めるが…。
キャスト:J・K・シモンズ
1955年生。米・デトロイト出身、14年、映画『セッション』で厳格な音楽教師を演じてアカデミー賞助演男優賞をはじめ、同年の助演男優賞を総なめに。映画に加え、『クローザー』『カウンターパート/暗躍する分身』など多数のドラマでも活躍。また『スパイダーマン』シリーズのJ・ジョナ・ジェイムソン役でも知られる。
◆代表作:『JUNO/ジュノ』『セッション』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』
国選弁護人。人権擁護派で被告人サイスのために尽力するが、依頼件数が多いせいで忙しく、細かいところまで手が回らずにいる。キルブルー検事とは旧知の仲。
キャスト:クリス・メッシーナ
1974年生。米・ニューヨーク州出身、オフ・ブロードウェイの俳優としてデビューし、映画『アルゴ』、テレビドラマ『ニュースルーム』などに出演するほか、監督としても活躍するなど多才。
ケンプの妻。教師でアルコール依存症など過去に問題のあったケンプを信じ、共に乗り越えてきた。妊婦で予定日が迫っていることから、ケンプが陪審員に選ばれないことを望んでいた。簡単に終わるはずの裁判が延び、表情が暗くなっていくケンプを気遣う。
キャスト:ゾーイ・ドゥイッチ
1994年生。米・ロサンゼルス出身。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のヒロイン、リー・トンプソンを母に持ち、父は『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』などで知られる映画監督ハワード・ドゥイッチ。10年頃から活動を始め、14年の映画『ヴァンパイア・アカデミー』で主演を務め、ドラマシリーズ『ザ・ポリティシャン』などで活躍。
◆代表作:『ヴァンパイア・アカデミー』『エブリバディ・ウォンツ・サム!!世界はボクらの手の中に』『ゾンビランド:ダブルタップ』
裁判の被告。前科があり、短気で血が上りやすい。酒を飲んでは恋人と喧嘩をし、酔いが醒めると仲直りするのを繰り返していたが、喧嘩したある夜、彼女は橋の下で死体となって発見される。無実だと主張するが、誰も彼の言うことを信じようとしない。
キャスト:ガブリエル・バッソ
1994年生。米・ミズリー州出身。子役として活躍し、ドラマ『キャシーbig C いま私にできること』の息子役でブレイク。16年キアヌ・リーヴス主演作『砂上の法廷』や、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』に出演。近年はドラマ『ナイト・エージェント』ではFBI捜査官ピーター役で主演し当たり役に。シーズン2も更新されている。
◆代表作:『砂上の法廷』『ビリー・エレジー 郷愁の哀歌』
ケンプが入会している断酒会のリーダーで弁護士。ケンプから、自身が起こした事件のことを聞かされて助言するが、その内容がケンプの迷いをさらに増すことになっていく。
キャスト:キーファー・サザーランド
1966年生。英・ロンドン出身。父は名優ドナルド・ササーランド。『スタンド・バイ・ミー』の不良グループのリーダー役として知られ、『ヤングガン』『フラットライナーズ』など青春スターとして活躍。01年、ドラマ『24-TWENTY FOUR-』の主人公ジャック・バウアー役で世界的な人気をつかみ、同作は大ヒットシリーズに。ドラマ『TOUCH/タッチ』、『サバイバー:宿命の大統領』などで主演しながら、映画でも活躍している。
◆代表作:『スタンド・バイ・ミー』『ミラーズ』『メランコリア』
作品名:『陪審員2番』
原題:Juror #2
製作年/制作国:2024年/アメリカ
見放題では、クリント・イーストウッド監督『陪審員2番』、中山美穂主演『Love Letter』が上位