『ファーストキス』『はな恋』から『カルテット』『怪物』まで。名脚本家・坂元裕二の魅力をおさらい
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『ファーストキス』『はな恋』から『カルテット』『怪物』まで。名脚本家・坂元裕二の魅力をおさらい

2025.03.08 13:00

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現在公開中の映画『ファーストキス 1ST KISS』が、公開4週目にして3週ぶりの1位へ返り咲いた。そもそも大人のラブストーリーがランキング上位に名を連ねるのが難しいにもかかわらず、『ファーストキス 1ST KISS』は「パートナーがさらに愛しくなった」「心をえぐられるようだった」と口コミが相次いでいる。

ファーストキス_サブ⑧(WEB用)
©︎2025「1ST KISS」製作委員会

オリジナルストーリーながら、多くの人を惹きつける物語を紡ぎ出した脚本家は、坂元裕二。19歳でフジテレビのヤングシナリオ大賞を受賞して業界デビューし、1991年には社会現象となった連続ドラマ『東京ラブストーリー』で一躍名を馳せ、以来30年以上にわたり、数々の名作を生み出している日本を代表する脚本家だ。ここでは数々の作品を振り返りながら、時に「坂元裕二ワールド」とも称される脚本家坂元裕二の魅力にフォーカスしたい。

社会の闇に光を当てるドラマの数々

坂元裕二が脚本を手がけるドラマには、家族や社会の問題に真正面から向き合った作品が少なくない。とりわけ日本テレビ系列で放送された『Mother』(2010年)と『Woman』(2013年)は、その代表格と言えるだろう。

『Mother』は、幼い少女が実母から虐待されるという重いテーマを扱い、天才子役・芦田愛菜の圧巻の演技も相まって、誰もが涙を禁じ得ない感動作として語り継がれている​。

一方、『Woman』ではシングルマザーの貧困と葛藤が描かれた。主人公の小春(満島ひかり)は愛する子どもたちのために命がけで生き抜く母親だ。結婚しない人の増加や若年層の貧困といった現代日本が抱える問題を背景に、貧しくも健気に子育てに奮闘する女性の姿をリアルに映し出している。家庭や社会から孤立しがちなシングルマザーの過酷な現実を描いたこの物語は、リアリティをもって多くの視聴者の胸を締め付けた。

さらに近年では、その社会派の視点を劇場映画にも広げた。是枝裕和監督と組んだ映画『怪物』(2023年)は、小学校で起きたある出来事を複数の視点から描き、“真実”の多面性を浮き彫りにする野心的な作品だ​。

脚本を担当した坂元は第76回カンヌ国際映画祭で、日本人として2年ぶりとなる脚本賞を受賞​。坂元自身「たった一人の孤独な人のために書きました」と語ったように​、いじめや家族のあり方といった社会問題に深い問いを投げかける内容は高評価を獲得。人と人とのすれ違いや断絶を描いて苦い後味を残す作風はここでも健在であり、まさに坂元裕二の新たな代表作となった。

会話劇の妙と“大人向け”のリアル

社会派ドラマでシリアスなテーマを扱う一方で、坂元裕二は会話劇の名手としても知られている。

夫婦や恋人たちの何気ないやり取りの中に人生の機微を映し出し、その巧みなセリフ回しは視聴者の心を掴んで離さない。2013年のフジテレビ系ドラマ『最高の離婚』では、神経質で理屈っぽい夫・光生(瑛太)と天真爛漫な妻・結夏(尾野真千子)の“こじらせた”掛け合いが大きな話題となった。「なぜだろう。別れたら好きになる。」というキャッチコピーの通り、離婚寸前の元夫婦が繰り広げるケンカの応酬はコミカルでありながら切なさも伴い、視聴者を笑わせつつも何度も涙させた​。

第4話の口論シーンでは、互いの思いのすれ違いが痛烈に浮かび上がり、「どうしてこんなにも上手くいかないんだろう」と、お互いを求め合う2人の姿に特に30代の視聴者が深く共感​。軽妙なセリフに潜むほろ苦い現実こそ、坂元作品の真骨頂だ。

2017年放送のTBSドラマ『カルテット』でも、坂元裕二の会話劇は冴え渡った。松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平という豪華キャストが奏でる四重奏のような会話の数々は「名言のオンパレード」と称賛され​、放送当時SNS上でもセリフが頻繁に引用されるほど支持を集めた。巧みなセリフ回しと緩急のある会話劇でキャラクターの本音と建前を描き出す手腕はさすがで、坂元裕二ならではの名作に仕上がった。

こうした会話劇の魅力は、映画でも遺憾なく発揮されている。その象徴が、坂元裕二が完全オリジナル脚本を書いた映画『花束みたいな恋をした』(2021年)だ。菅田将暉と有村架純が演じる20代のカップルの5年間を描いた本作は、「恋愛あるある」の連続で観客の共感を呼び、「自分たちの物語を見ているよう」と大きな反響を生んだ​。

実際、菅田将暉はインタビューで坂元裕二のことを「“あるある”の天才」と評しており、誰もが思わず「わかる!」と頷いてしまう日常の機微を切り取る才能に太鼓判を押している​。『花束みたいな恋をした』では特別ドラマチックな出来事は起こらないものの、会話の一つひとつがリアルで笑えて切なく、2時間があっという間に感じられるとの声も多い​。

花束みたいな恋をした
©2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

そして物語は、ハッピーエンドでもバッドエンドでもないグレーな結末へと辿り着く。これこそ坂元脚本の真骨頂で、「生々しいリアル」と評された​。甘いだけではないビターな余韻が「これで良かったのかも」と観客に思わせ、かえって大人たちの心に深く染み入るのである。

実際、坂元裕二の作品では最後に全てが丸く収まるわけではないことが多い。どれほど登場人物同士が対話を重ねても、最後にはどうにも分かり合えない溝が残ってしまう──そんな絶妙な“わかり合えなさ”がドラマの核となり、物語にほろ苦い後味を残す“坂元流のリアルさ”であり、「他者との断絶にこそ彼が求めるドラマの本質がある」との分析もある​。

坂元裕二の描く世界は、決して絵空事ではない等身大の人間模様。だからこそ、ハッピーエンド一辺倒ではない大人のための物語として支持され続けているのだ。

映画『ファーストキス 1ST KISS』のヒットに続き、『片思い世界』が待機中

テレビドラマで数々の名作を生み出してきた坂元裕二は、近年映画界でも存在感を高めている。

前述の『花束みたいな恋をした』は興行収入37億円超えの大ヒットを記録し、2023年の『怪物』ではカンヌ国際映画祭脚本賞といに輝いた。そして公開直後から快調な滑り出しを見せている映画『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)も、公開4週目にして興行収入16億円を突破する好スタートを切っている。

ファーストキス_サブ⑫(WEB用)
©︎2025「1ST KISS」製作委員会

『ファーストキス 1ST KISS』は、坂元裕二が脚本を手掛け、松たか子とSixTONESの松村北斗が夫婦役で共演するラブストーリーだ。

結婚15年目にして倦怠期だった夫婦が、夫の突然の事故死をきっかけにタイムリープする…というファンタジックな設定と、人間ドラマを得意とする坂元の脚本との融合が見どころだ。劇中では結婚生活の現実を突きつけるような核心的セリフが次々と飛び出し、その辛辣さに思わず胸が締め付けられる​。しかし同時に、悲劇的な状況下にもクスッと笑わせるユーモアが散りばめられており、重くなりすぎない絶妙なバランスで物語が進行していく。坂元裕二の脚本と塚原あゆ子監督の演出の相乗効果により、「繰り返し観たくなる名作」との評価も出ている​。

ファーストキス_サブ②(WEB用)
©︎2025「1ST KISS」製作委員会

観終わった後には「大切な人を思い浮かべずにはいられない」という余韻が広がり​、観客の心に深く刻まれる作品となっているようだ。ネット上のレビューでも「セリフが刺さる」「涙と笑いが止まらない」と好評で、坂元作品らしい会話の妙と人生観を問いかけるテーマ性がしっかりと受け止められているようだ。

そして、坂元裕二の創作意欲はとどまるところを知らない。公開中の『ファーストキス』に続き、早くも次の新作映画『片思い世界』が控えている。2025年4月に公開予定の本作は、『花束みたいな恋をした』を手がけた土井裕泰監督とのタッグで贈る意欲作だ​。

L7 Kataomo Main poster

広瀬すず、杉咲花、清原果耶という豪華トリプル主演でも話題のこの映画、予告映像を見る限りでは同じラブストーリーでも『はな恋』とは全く異なるテイストになりそうだ。元恋人同士が検事と弁護士として法廷で対峙するというリーガルサスペンス×ラブストーリーとの情報もあり​、坂元裕二がまた新たな境地に挑む作品になるのではと早くも期待が高まっている。

リアルさと、共感の普遍性を兼ね備えた物語職人・坂元裕二

カジュアルな会話の中に人生の真実を織り交ぜ、時代が必要とする物語を提供し続ける坂元裕二。その作品は決して一筋縄ではいかず、笑いの後にほろ苦さが、涙の後に希望が顔を出す。トレンディドラマ全盛の90年代に頭角を現して以来、家族愛や男女の機微、社会の歪みまでも描き、視聴者の心を揺さぶってきた​。最新作でもなお進化を見せるその筆致は、「国民的な映像作家」と称される域に達したとの声もある​。ハッピーエンドに頼らないリアルさと、誰もが共感できる普遍性を両立させる坂元裕二の物語は、これからも多くの人々の胸に深く刻まれていくだろう。

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