イラストレーター・Mika Pikazoを創った『マックイーン:モードの反逆児』──私を創った映画 #07
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イラストレーター・Mika Pikazoを創った『マックイーン:モードの反逆児』──私を創った映画 #07

イラストレーターに漫画家、小説家や映像作家……第一線で活躍するクリエイターやアーティストのみなさんは、これまでにどんな映画と出会い、影響を受けてきたのでしょうか。連載『私を創った映画』では、クリエイターやアーティスト本人が選んだ映画作品を通して、その方の価値観や原点を探っていきます。

今回お話を伺ったのは、イラストレーターのMika Pikazoさんです。色鮮やかな表現を特徴に、一度見たら忘れられないキャラクターをいくつも生み出してきた同氏。アニメからゲーム、テレビCMから広告まで、これまでにさまざまなキャラクターのデザインやイラストレーションを手掛けてきました。また、2019年からは個展の開催にも精力的に取り組んでいます。

そんなMikaさんが「私を創った映画」に選んだのは、1990年代から2010年まで活躍したイギリスのファッションデザイナー・マックイーンの人生に迫った『マックイーン:モードの反逆児』。かつて悩みや葛藤を抱えていたMika Pikazoさんが勇気づけられ、前を向くきっかけになったという同作の魅力について、お話を伺いました。

Mika Pikazo(イラストレーター/アートディレクター)

1993年生まれ、東京都出身。⾼校卒業後、南⽶の映像技術や広告デザイン、⾳楽に興味を持ち、約2年半ブラジルへ移住。帰国後、イラストレーターとして活動を開始した。鮮やかな色彩感覚を得意とし、さまざまなジャンルでデザインやキービジュアル制作などを手がける。主な作品に、「ファイアーエムブレム エンゲージ」キャラクターデザイン、Hakos Baelzや輝夜月らVTuberのキャラクターデザイン、Adoの1stアルバム「狂⾔」野外広告ビジュアル、pixiv監修アートブック「VISIONS 2023」表紙イラスト、音楽原作キャラクタープロジェクト「電⾳部」キャラクターデザイン、「Fate/Grand Order」清少納⾔のキャラクターデザインなどがある。2022年にはアニメーション制作を開始した。

マックイーン:モードの反逆児(2018年)

労働者階級出身のマックイーンは、失業保険を資金に23歳でファッションデザイナーとしてデビュー。センセーショナルなショーは賛否を集め、たちまち名を広めたが、彼は40歳で自ら命を絶った…。本人のインタビューやプライベート映像、関係者の証言を通して、ドラマティックな人生を駆け抜けたマックイーンの人物像に迫る。

リー・アレキサンダー・マックイーン

1990年代から2010年まで活躍した、イギリスのファッションデザイナー。1992年に自身の名を冠したブランドを立ち上げ、1993年にロンドン・コレクションでデビュー。1996年にジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任、ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザイヤーを受賞。1997年、2001年、2003年にも同賞に輝く。トム・フォードに誘われ、2000年にグッチ・グループの傘下に入り、LVMHグループ傘下のジバンシィを離れる。舞台や映画を思わせるドラマティックなコレクションでは、攻撃的かつ刺激的なデザインを特徴とするが、一流デザイナーの中でも基本的なテーラリングの技術が非常に高いことで知られている。2010年2月2日、最愛の母を亡くす。それからわずか1週間後、40歳の若さで自ら命を絶つ。母親の葬儀の前日だった。

「苦しい」と感じていた時期に、マックイーンの生き方と出会った

──今回は、Mika Pikazoさんが大きな影響を受けた映画『マックイーン:モードの反逆児』についてお話を伺います。まずは「私を創った映画」に同作を選んだ理由から教えてください。

Mika Pikazo:この映画が日本で劇場公開された2019年は、ちょうど自分がイラストレーターとして、悩みや葛藤を抱えていた時期でした。そんな当時の自分が勇気づけられ、前を向けるきっかけになったのが、この作品なんです。

私はもともとファッションがすごく好きで、この作品を観る前からもちろん、マックイーンのことは知っていました。ただ実際にどんな人物で、どんな人生を歩んだのかまでは知らなくて。彼の作るファッションデザインやインスピレーションがどこから湧いてくるか興味があったので、思い立って映画館に観に行くことにしたんです。いま振り返ると、あの時期にこの作品に出会えて本当によかったと感じます。

──どのような点から勇気づけられたのでしょうか。

Mika Pikazo:マックイーンのファッションデザイナーとしての姿勢や生き方、そして「表現とはどうやって体現していくものか」を全編通して見ることができて衝撃を受けました。作品を観て以来、ひとりのイラストレーターとして、常に影響を受け続けています。

先ほどお話したように、私にとって当時は悩みや葛藤を抱えていたタイミングでした。自分がつくった作品が少しずつ、より多くの方に届くようになってきた喜びはある。ただ同時に、続けていくことへの難しさや辛さ、厳しさを実感していた時期だったんです。自分の未熟さを痛感するような経験もして、正直なところ精神的にも「苦しい」と感じていました。

そんな時にこの作品を観て、苦しみながらも、自分の信念を貫き続けた、マックイーンの姿に出会いました。自身の経験や境遇を引き受けながら、亡くなる間際まで命がけで服づくりに向き合う彼の生き方、彼は彼自身が苦悩したこと、悩んだことを服やショーに込めてました。新しい形でファッションショーを提示していく姿に、すごく刺激をもらったんです。

もちろん、マックイーンのやり方や創るものには、常に賛否の両方があったと理解しています。ときに誰かにショックを与え、誰かに多幸感を与える。個人的には、彼はクリエイターとして素晴らしい人生を送ったのではないかと感じています。少なくとも、自分はマックイーンという存在が生まれてきたことに幸せを感じるような映画でした。たくさんの苦悩を抱えながらも、手加減や妥協を一切しない。歴史や物事を新しい発想で受け止め、自分の作品に入れ込む。だからこそアバンギャルドな考え方を持って、常に新しい何かに挑み続けられる。同じクリエイターとして、それはある種幸せなことかもしれないと感じたんです。

マックイーン:モードの反逆児
©2018 A SALON GALAHAD PRODUCTION. ALL RIGHTS RESERVED.

作中で出てくるマックイーンの言葉のなかで、すごく好きな言葉があって。

彼が初めてファッションショーを開催した後、インタビューで語った

「日曜のランチをした感じで、ショーから帰ってほしくない。最悪の気分か、浮かれた気分で、会場を出てほしい。どっちでもいい。何も感じなきゃ僕の仕事は失敗」

という言葉です。

このインタビューを受けているいままでも、仕事の場面ではこの言葉を思い出して、自分を奮い立たせます。この言葉こそ、モノを人に見せる本質が詰まっていると思います。

私自身も昔から、「自分の作品に触れた人が、忘れられない何かを感じられる作品をつくる」ことを常に目標のひとつにしていて。だからこそ、「何も感じてもらえなければそれは失敗」というマックイーンのクリエイターとしての姿勢が、当時の自分の心にすごく刺さったんです。辛いことがあろうとも、自分も強い信念を常に持って、創ることに向き合っていきたいと思わされました。

──葛藤を抱えていたその時期に出会えたことが、Mikaさんにとってすごく大きな意味があったのですね。

Mika Pikazo:はい。この映画は劇伴音楽も素晴らしく、サウンドトラックを何度も何度も聴いてます。多方面で心を動かす作品でした。

一人のクリエイターとしての姿勢、表現、そのクリエイターを支える沢山の人々。何かを創るに至るまでのたくさんのプロセス。エネルギーや気づきをもらっています。

特に自身で2022年冬と2023年夏に個展を開催したときは、準備の過程で何度もマックイーンのことを思い出していました。ただイラストを飾るだけでなく、ここに来る意味、そして体験を与えたい。人の心に刺さる何かを作りたい。やるからには、来てくださった方々に「これはなんだろう」と感じてもらえる場にしたい。なんとなく、でも、色々と考察してくださっても、いい。見てもらえるヒントを探すために、準備中に何度もこの作品を観返していました。「マックイーンだったらどうするだろう」と、考え続けたんです。

マックイーンがつくるファッションショーには、自身の感性や経験はもちろん、ファッションの歴史など、いつもさまざまな意味が込められています。時に過激なことをするし、ある種のアンダーグラウンドさも含んでいる。一流の仕事人として作る姿もあれば、自分の感情を叩きつけるようなショーを発表したりする。けれども、会場に来た人々が楽しめるような遊び心やポップな要素が、いろいろな仕掛けを通して散りばめられているんです。

非常に強い感性と、本質を探り当てるロジカルさを兼ね備えている。

なぜこんなに素晴らしいショーができるのだろう……『マックイーン:モードの反逆児』を繰り返し観ながら、「自分は何がやりたいのか」の自問自答を重ねていくうちに少しずつ、作りたい展示の輪郭が見えてきました。

結果として、アニメーションやインスタレーション(展示空間を含めて作品とみなす手法)などの表現も盛り込んだ、自分にしかできない世界観が詰まった展示にできたと感じています。振り返ってそう思えているのは、本当にマックイーンのおかげですね。

きっとこれからも彼の姿勢を思い出して、何かを作り続けると思います。

「目が合って、忘れられない」作品を目指した

──この企画ではクリエイターやアーティストの皆様に、特に好きなシーンや人物をイラストに描いていただくことになっています。今回Mikaさんが描いてくださったイラストについて教えてください。

Mika Pikazo:“死”と“美”と“復活”をテーマにした、ファッションショーの様子が流れるシーンです。モデルが順番に歩いてくるのですが、精神科病棟を思わせるような舞台のまわりが、マジックミラーのような造りになっていて、モデルたちからは、外にいる観客やマスコミの姿が見えない状態になっているんです。ショーの最後には真ん中にあった大きな箱が空いて、なかから象徴的な人物が登場しフィナーレを迎える……文字通り今まで見たことがないし、一度見たら忘れられないショーでした。

これはファッションショーを超えた何か、芸術的とも哲学的とも言える、おぞましくも美しい作品群でした。

マックイーンのすごいところは、モデルをただ服を着せられた人ではなく、まるで何かの作品に登場しそうな、意志を持ったキャラクターに仕立ててしまうところです。モデルの一人ひとりに、言葉で表現できないような“かっこよさ”が宿っている。まるで新しくそこに生まれた生き物のように。それが一度見たら忘れられないような、インパクトの大きさにつながっているんです。

image2_Mika Pikazoさん
Mikaさんが描いた、マックイーンのファッションショーに登場するモデルのイラスト

私自身がキャラクターデザインをするうえでも、マックイーンの服やショーからはすごく大きな影響を受けてきました。かわいいやかっこいいだけで終わらない。「なんだこれは?」とインパクトを与えられるような、記憶に残るキャラクターを生み出したい……そう目指す背景には、マックイーンの存在があるんです。

──Mikaさんがこれまでに取り組んだイラストのなかで、特に印象深いものはありますか?

Mika Pikazo:たくさんあるので選ぶのが難しいですが……なかでも印象深いものの一つが、pixivさんが監修した書籍『VISIONS 2023』の表紙を飾らせていただいた時に描いた絵ですね。

この時に一番考えていたのも、「どうやったら忘れられないような、見た人の人生に食い込むようなイラストにできるか」でした。そのうえで、まずこだわったのが“目”です。「見てくれた人と絵のなかのキャラクターの目が合うような作品がつくりたい」と思い、それをどうやって実現するか、試行錯誤しながらつくっていきました。

もう一つ力を注いだのが“髪の毛”。自分なりの新しい挑戦として、髪の毛の部分に、幾何学的にたくさんの色が散りばめられているデザインを取り入れたいと考えたんです。ある種キュビズムのような、リアリティあるものをあえて崩す表現ができないか……そのイメージを形として完成させるのに、すごく苦労しました。毎日「できない、できない、ああどうしよう」と、なにか確信めいたものがあるけどそこになかなか到達できなくて、頭を抱えていたくらいです(笑)。でも、それだけ大変だったからこそ、自分にとっても忘れられない作品のひとつになったと感じています。

image5_Mika Pikazoさん
書籍『VISIONS 2023』の表紙イラスト

──『VISIONS 2023』表紙のように、依頼内容に沿ってキャラクターデザインをされることも多々あると思います。その際に、特に意識されていることはありますか?

Mika Pikazo:まずは、自分にお願いしてくれた理由を考えること。自分にどんなことが求められているのか、求められたことをどうやって形にしていくのか。そこにあるキャラクターに命を吹き込んでいく前段階として、考えを巡らせるようにしています。

そのうえで、依頼時にいただいた設定から、自分なりに想像を膨らませていくことも意識しています。たとえば、「この子はクールなキャラクターという設定だけど、『実はかわいらしい部分もある』という要素を追加しても面白いかも」とか、「『こんな性格なのに、意外にもこんな趣味を持っている』設定にしたら、より魅力的なキャラクターになりそう」とか。自分がそのキャラクターになったつもりでその子自身が何を思ってそうか考えてみる。

自分からそのキャラクターの設定を提案することもありますし、つくる過程で他の方からアイデアが出てくることもあります。自分一人ではなく、みんなでキャラクターをつくり上げていくことには難しさもあります。同時に、だからこその面白さもたくさん詰まっている。

誰かと一緒に作ったキャラクターは思いもよらない形で自分の前に現れてくれる。何より、最終的に受け取ってくださる一人ひとりがどんなふうにキャラクターを愛してくれるのか、つくっている最中から、毎回楽しみな気持ちでいっぱいなんです。

試行錯誤の過程を、ひとつのストーリーとして楽しんでもらえるように

──イラスト制作から個展まで、さまざまな活動を続けるなかで、Mikaさんが特に大切にされていることを教えてください。

Mika Pikazo:今ある自分自身の作品群に囚われず、試行錯誤を続けていくこと、自分が今感じている感情をしっかり見つめ合った中で、自分を客観的に見て「今何をやるべきか」を問いかけることです。

自身をいろんな視点でずーっと考えていると、突然、自分がどうしていくべきか、何を表現していくべきか、見えてきたりします。

もちろん、自分の作品の良いところは大事にしていきたい。それを楽しんでくれる人々がいるから。一方で、誰かの記憶に残ったり、心が動いたりするような作品は、新しいことに挑戦し続けるなかでしか生まれないとも思っているんです。挑戦を続けた結果、ファンの方に「なんだか以前と変わってしまったな」という印象を抱かせることもあるかもしれません。でも自分としては、自分でさえ予想できていなかった方向に進んでいくほうがワクワクできる。そうやって向かっていった先で今まで自分がもっていた良いところが新しく光ったりする。

私は音楽も大好きなのですが、自分が尊敬するアーティストの方は皆、常に自分の変化を歓迎しているように見える人たちばかりです。定番だけでなく、変化を恐れずにいろいろな曲調やスタイルに挑戦し続けている。時に昔自分がやってたことを覆すような方向性の作品を出してくる。だからこそ、聴いていて「こんな音楽も作れるのか」という驚きが生まれるし、ますます魅力的に感じるんです。

今日お話したマックイーンも、まさに自分の殻を破り続けていた人物でした。いろいろなものを作るからこそ、気づかされる面白さや難しさもきっとあるはず。こういうものになるだろう、と思っていたモノが、時に自分の限界を超えたり、時に次のアイデアに繋がる閃きを産んだりする。私も一人の作り手として、そうした試行錯誤の過程を楽しんでいきたいと思っています。

image4_Mika Pikazoさん
2023年夏に開催されたMikaさんの個展『ILY GIRL』のメインビジュアルにもなったイラスト

──試行錯誤を続けていくという意味で、Mikaさんがいま特に取り組んでみたいと考えていることはありますか?

Mika Pikazo:いま特に興味があることのひとつは、アニメーションですね。アニメーションの場合は、1枚の綺麗なイラストを描くのとは異なり、動きを出すために何十枚もの絵を描かなければなりません。その大変さはあるものの、自分がつくったキャラクターが動くことそれ自体に、大変さを上回るくらいの面白さを感じています。

同時に、アニメーションとインスタレーションをかけ合わせたような表現にも、これからますます取り組んでいきたい。その意味でも、やっぱり展示会はこれからも精力的に続けていきたいです。これまでもイラストアニメーションや空間芸術など、展示会を通してそのときできることをいろいろなチャレンジをしてきました。表現方法を少しずつ増やしていくことで、自分でも味わったことのないような体験が届けられるかもしれません。

思いつくテーマが沢山あるので、それを一つずつ、マックイーンのショーみたいに出していきたいです。今だからこそ感じる幸せも苦悩も発見もあって、それは多分過去の自分や未来の自分では体験できないものがある、そういったものを集めて投げてみたい。

いつか時が満ちたときに作りたいからこのアイデアを大事にしまっておこう、と思わず、今だからこそできる、と描いてみる。逆にこのアイデアはボツだ、と思っていたものが後で壮大なテーマになって、自分の元に降り注いでくるときがあります。

まだ発表していないことで、こういった方向性の作品やアイデアはどうか、といったものも作ったりしています。それらをひとつずつ実現していった結果、一つでも多くの方に面白いと思ってもらえたら、自分にとってもすごく嬉しい。Mika Pikazoというひとの人間の試行錯誤を、1つのストーリーとして一緒に楽しんでもらいたい気持ちもあります。そのために、まずは今の自分にできる努力を精一杯続けていきたいです。

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