ヤバイTシャツ屋さん・こやまたくやを創った『マスク』──私を創った映画 #06
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ヤバイTシャツ屋さん・こやまたくやを創った『マスク』──私を創った映画 #06

2024.04.08 12:00

イラストレーターに漫画家、小説家や映像作家……第一線で活躍するクリエイターやアーティストのみなさんは、これまでにどんな映画と出会い、影響を受けてきたのでしょうか。連載『私を創った映画』では、クリエイターやアーティスト本人が選んだ映画作品を通して、その方の価値観や原点を探っていきます。

今回お話を伺ったのは、スリーピースバンド・ヤバイTシャツ屋さん(ヤバT)のこやまたくやさんです。同バンドではギターボーカルに加え、作詞・作曲、MV制作、ライブ演出、公式SNSでの発信まで、多岐にわたる役割を担うこやまさん。「寿司くん」の名前で映像作家としても活動し、様々なアーティストのMVやオリジナルアニメ、企業とのコラボグッズなど、数多くの作品を手掛けてきました。

表現やメディアを問わず、唯一無二の作家性を発揮し続ける同氏が「私を創った映画」に選んだのは、不朽の名作として知られるコメディ映画『マスク』。子どもの頃から繰り返し観てきたという同作の魅力から、こやまさん自身がアーティスト・作家として大切にする姿勢まで、お話を伺いました。

こやまたくや

1992年京都府生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。大学在学中にロックバンド・ヤバイTシャツ屋さんを結成し、2016年にメジャーデビュー。同バンドではギターボーカル、作詞、作曲などを担当する。「寿司くん」の名前で映像作家としても活動し、ヤバTのMVに加え、岡崎体育やanoのMV、オリジナルアニメ『寿司くん』などを手掛ける。結成10周年を記念した『“BEST of the Tank-top” 47都道府県TOUR 2023-2024』が開催中。

マスク(1994年)

ある日、さえない銀行マン・スタンリーは川で古ぼけた仮面を拾い、家に帰り何気なくこれを付けてみる。すると仮面がゴムのように顔に吸いつき、竜巻が発生。超スピードで回転したスタンリーは緑色の頭に黄色の派手なスーツを着た怪人に変身していた──ジム・キャリーのケレン味たっぷりの演技をVFXがさらに誇張させる、爆笑必至の名作。

見たことのない“スピード感”に魅了された

image2_こやまたくやさん

──今回は、こやまさんが大きな影響を受けた映画『マスク』についてお話を伺います。まずは「私を創った映画」に同作を選んだ理由から教えてください。

こやま:自分が人生のなかで、今まで最も多く観てきた映画なんです。なので少なからず、自分自身にいろいろな影響を与えているはずだと思い、この作品を選びました。

初めて観たのは、おそらく小学生の頃です。「金曜ロードショー」でテレビ放送されていたのが、この作品と出会ったきっかけでした。そのあとは近所のレンタルビデオ店で何度も借りてきて、家で繰り返し観ていた記憶があります。今でもふと思い立ったときにDVDや配信サービスで観ますし、テレビの再放送も欠かさずチェックしていますね。

──こやまさんはこの作品のどんなところに、特に魅力を感じているのでしょうか。

こやま:たくさんあるので、思いついたものからお話していきます。

1つは映像技術です。主人公・スタンリーの腕が伸びたり、目玉が飛び出したり、全身がグネグネと動いたり……おそらく当時の最先端の技術を使っていると思うのですが、いま見ても全く違和感がない。最近のCGやVFXが使われた映像と比べて、むしろ自然に感じられる部分さえあるくらい、クオリティが高いんです。

画面に映るユニークな動きや表現自体が、当時まだ子どもだった自分にとってはとにかく刺激的で、衝撃を受けました。「この目玉はどうやって飛び出ているのか」があまりに気になって、コマ送りにして繰り返し再生していたくらいです。見たことのない映像が見られたことに、純粋にワクワクしたんだと思います。

あとはなんといっても、スタンリー役のジム・キャリーですね。『マスク』の次に好きな映画は何かと言われたら、同じくジム・キャリーが主演の『イエスマン』と答えるくらい、彼の演技が大好きなんです。

特にすごいのは、作品のなかで見せる顔の表情の多彩さ。「表情筋どうなってんねん」と思わされるくらい、僕たちには真似できない動きや表現ができる。あと顔だけではなくて、体の動きもすごく独特で。だからこそ何度見ても飽きないし、いつ見ても「面白い!」と感じられるんだと思います。

マスク (1)
ジム・キャリー演じるスタンリーは、マスクを被ると型破りで陽気な人物に変身。さまざまな超能力を駆使してコミカルな動きを見せる。 © New Line Productions, Inc.

字幕版だけでなく、吹替版も大好きですね。なかでもスタンリーの声優を務める山寺宏一さんの声が最高で……ジム・キャリーの演技との相性も抜群なんです。セリフも字幕版とは異なる内容に変更されていて、それがまた素晴らしい。言い回しや出てくる言葉が違うからこそ、字幕版と吹替版とで違った楽しみ方ができるんです。

──この企画ではクリエイターやアーティストの皆様に、特に好きなシーンや人物をイラストに描いていただくことになっています。今回こやまさんが描いてくださったイラストについて教えてください。

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『マスク』の記憶に残るシーンを書くこやまさん

こやま:スピード感”を題材に描くことにしました。ここまで『マスク』の好きな点をいろいろと挙げてきましたが、僕が最も魅力を感じているのは、やっぱりスタンリーが見せるスピード感なんです。

僕、昔からとにかく“速い”ものが好きなんですよ。動きの速い生き物やキャラクターに、なぜかすごく惹かれてしまう。自分で「スピード感のあるキリン」というキャラクターを描いて、それをTシャツにして、ヴィレッジヴァンガードさんで販売したこともあるくらいです。いま思えば、それほど速いものが好きになった背景には、『マスク』の影響があるのではないかと考えています。

というのも、変身したスタンリーの動きがめちゃくちゃスピーディなんですよ。高速で回転したり、ビューンって走り去ったり。初めてそのスピード感を見たとき、なぜか無性にワクワクしたのを今でも覚えています。

大人になってからも、スピード感のあるものに面白さや好感を覚える根底には、きっと子どもの頃に『マスク』を見て味わったワクワクがあると思うんです。だからこそ、1つ題材を選ぶならこれしかないなと思って、「スピード感のあるマスク」を描きました。

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こやまさんが描いた『スピード感のあるマスク』

人を傷つけない、“ユーモア”のある面白さを

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──今でもふと思い立って『マスク』を鑑賞されるとのことですが、最近になって新たに魅力を感じるようになった点はありますか?

こやま:ストーリーの構成や展開の秀逸さですね。観る人を飽きさせない絶妙なテンポも含めて、すごく洗練されているなと驚かされました。

人をこれほど夢中にさせる作品を生み出すのは、そう簡単なことではないと思います。しかも90分以上もある作品となれば、より難しいと想像できる。子どもの頃はどうしても映像技術や演技に目が行くことが多かったのですが、自分で映像作品をつくることもある今だからこそ、すごさを感じるポイントが変わってきたのかもしれません。

──ご自身がさまざまな作品をつくるようになったからこそ共感できる点がある、と。

こやま:はい。たとえば『マスク』という作品が持つ魅力のひとつに、「わかりやすさ」があると思っていて。作品を受け取る人に過度に解釈を委ねることなく、必要以上に考えさせない。だからといって内容が薄いかと言われると、決してそんなことはないんです。何回だって観てしまうし、飽きることがない。

それは僕自身が作品をつくるときに、意識していることの1つに近いかもしれません。受け取る人の頭のなかを、変にモヤモヤさせたくない。最初から最後まで、スッキリとした気持ちで見たり聴いたりできるものを届けたいと思っています。

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こやまさんのアトリエにある『マスク』のグッズの一部

──ご自身が作品をつくるにあたって、ほかにも大切にしていることはありますか?

こやま:「誰かを傷つけるものをつくらない」ことです。 曲にしても映像にしても、何かをつくるときはそのための試行錯誤に一番力を注いでいます。制作だけでなく、SNSなどの発信においても同じことが言える。誰かを傷つけてしまうかもしれない言葉や表現は、できる限り選ばないし、使わないようにしています。

僕は作品を受け取ってくれる人たちに、少しでも元気になってほしいと考えながら活動しています。具体的には、「ちょっとニヤッとしてほしい」と思っているんです。ただ単に爆笑させるのとも少し違う、いわゆる“ユーモア”のある面白さを届け続けていきたい。

そのためには、人として最低限の倫理観を身につけているべきだと考えています。何かをつくるときの軸として、倫理観が中心にしっかりとある。その中心から少しだけズレたときに、結果として、誰かにとってユーモアのある面白さが生まれると思っているんです。

その点、『マスク』はまさにユーモアのある面白さを届けてくれる作品でもあります。見ていて不快に感じる部分がないし、誰かを深く傷つけるような要素も含まれていない。僕自身もこの作品を見るたびに思わず笑ってしまうし、ちょっと元気になるんです。自分が何かをつくるうえで目指したい面白さに、近い部分があると感じています。

「執着」という変化と、変わらない原動力

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──バンド結成10周年を迎えたヤバTですが、こやまさんご自身のなかではこの10年でどのような変化があったのでしょうか。

こやま:いろいろな変化が日々ありますが、最近は自分自身がヤバTというバンドに執着し始めているなと、じわじわと感じていて。悩みとも少し違うのですが、その変化にどう向き合っていくべきかは、毎日考えながら過ごしている最中です。

結成当初のことを思い出すと、「別に売れなくてもいいから、とにかく自分たちの好きなことをやろう」という、ある種の思い切りのよさがありました。こんなにたくさんの方が応援してくれる日が来るなんて、想像さえもしていなかった。だからこそ、表現できることがあったのではないかと思うんです。

一方で、今はたしかに「売れてやるぞ」と思い始めている自分もまた存在している。もちろん、それ自体は必ずしも悪いことだとは思いません。でも心のどこかで、それはあんまり良くないんじゃないかとモヤモヤする自分もいて。

言うまでもなくバンド活動はすごく楽しいし、自分にとって不可欠な生きがいでもある。ただやっぱり、「俺にはこれしかない」という状態にまでなってしまうのは、いろいろな意味で良くない気もするんです。

結成10周年を記念した47都道府県ツアーの真っ只中なので、いつもより余計にそんなことを考えてしまうのかもしれません。いずれにせよ、そうやっていろいろなことをぐるぐると考え続けてしまう点も含めて、執着の感覚が芽生え始めている。これは自分にとって大きな変化でもあるので、どう向き合っていくかを考えながら、活動を続けていきたいと思っています。

──いわば葛藤もあるなかで、活動を続けていく原動力になっているのはどんなことなのでしょうか。

こやま:楽しみにしてくださる人たちがいる、それに尽きます。僕は自分が好きなものをつくれればそれで満足というタイプではなくて、やっぱり誰かに見てほしいし、聴いてほしいと思ってしまう人間なんです。だからこそ、作品を受け取ってくれて、ポジティブな反応を返してくれる人たちがいるのは、本当に励みになっています。感想がもらえるのは嬉しいですし、ライブにたくさんの人が来てくれるのもすごく嬉しいんです。

ファンの方からお手紙をいただくこともあるのですが、そこに「ヤバTが生きがいです」「ライブがあるから明日も頑張れます」と書いてくれる人たちが何人もいて。そういうメッセージを受け取るたびに、自分がやっていることにも意味があるのかもしれないと思えるんです。間違いなく、活動を続けていく原動力になっています。

──ご自身のなかで変わったこと、変わらないことの両方があるなかで、今後特に挑戦していきたいことがあれば教えてください。

こやま:やりたいことはたくさんあります。映像も撮りたいし、絵も描きたい。絵本もつくってみたいですし、お店も開いてみたいですね。

自分はもともと裏方志向の人間です。なので、バンドみたいに自分が前に立って表現するのとは別の何かにも、チャレンジしてみたいと考えています。それらをひとつでも多く実現できるように、今は少しずつ準備を進めているところです。

本当は20代のうちにいろいろと実現できるよう、自分なりに準備に取り組んでいたんです。でもコロナ禍が訪れてしまって、少なからず計画通りにいかなくなってしまった。正直なところ、落ち込んだこともありました。ただ過ぎたことはもう仕方がないことなので、今はとにかく「全部楽しんでやってやろう」という気持ちで過ごしています。

バンドに関しては結成から今まで、とにかく好き勝手にやらせてもらってきました。周りの人たちが、僕が誰かに言われたことに左右されるのがすごく苦手なタイプだと理解して、そうさせてくれているのではないかと想像しています。それはすごくありがたいですし、だからこそこれからもっといい曲をつくりたい、もっといいライブがしたいという気持ちはあります。

何より、完成しているけれどまだ世の中に出ていない曲のなかに、自分でもすごく気に入っているものがいくつもある。いま最も楽しみなことのひとつは、その曲を聴いてもらえる日が来ることですね。

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