イラストレーター・Mika Pikazoを創った『マックイーン:モードの反逆児』──私を創った映画 #07
連載「私を創った映画」第7回は、イラストレーター・Mika Pikazoさんの価値観や原点を探っていきます。
イラストレーターに漫画家、小説家や映像作家……第一線で活躍するクリエイターやアーティストのみなさんは、これまでにどんな映画と出会い、影響を受けてきたのでしょうか。連載『私を創った映画』では、クリエイターやアーティスト本人が選んだ映画作品を通して、その方の価値観や原点を探っていきます。
今回お話を伺ったのは、イメージディレクター/イラストレーターとして活動するORIHARAさんです。歌い手・Adoさんのイメージディレクターとしても知られる同氏。作り手として、なぜ「誠実であること」を最も大切にし続けているのでしょうか。制作に込める想いから、特に印象深い作品、「衝撃を受けた」と語る映画『スワロウテイル』の話までを訊きました。
ORIHARA(イメージディレクター/イラストレーター)
Adoを筆頭にデジタル上に生きている人間のイメージディレクションを得意とする、現代のヘアメイクでありスタイリスト。イラストレーターとしては妖しさ、美しさ、儚さなどの反面力強い眼や特徴的な影、仄暗さのある絵を得意とする。
スワロウテイル(1996年)
娼婦だった母を亡くしたアゲハは、胸に蝶のタトゥーのある娼婦・グリコに引き取られる。グリコは歌手を目指して“円都”にやってきた“円盗”で、アゲハは同じ円盗のフェイホンたちの何でも屋で働き始めるが、1本のカセットテープが彼らの運命を変えていく──CHARAが歌う劇中バンド「YEN TOWN BAND」の楽曲も大ヒットを記録した作品。
──まずはORIHARAさんの現在の主な活動内容について教えてください。
ORIHARA:今は「イメージディレクター」と「イラストレーター」の2つを主な軸として活動しています。
イメージディレクターは簡単にいえば、誰かのイメージをイラストなどを通じて補い、世の中に伝えていく仕事です。アーティストをはじめ、ご自身の顔や姿を出さずに活動される方が、ネットを中心に増えつつあります。そういった方々の魅力や人となりをイラストやビジュアル、デザインを通して表現し、発信していく役割だと捉えています。
私がAdoさんのイラストを担当するようになってから、スタッフの方と一緒に考えて名乗るようになった肩書きでもあります。
もう1つの軸であるイラストレーターとしては、ボーカロイドのキャラクターデザインやミュージックビデオ制作などに携わってきました。最近だと、『関西/関東女子図鑑』・『関西男子図鑑』というオリジナルキャラクターの制作も担当させていただいています。
──これまでに手掛けた作品のなかで、特に印象に残っているものはありますか?
ORIHARA:いくつもありますが、2020年頃に制作したAdoさんのアー写は、自分にとって特別な作品の1つです。
当時の自分を振り返ると、いま以上に「自分はまだ何者でもない」という気持ちが強くあって。右も左もわからないけれど、とにかく必死に、夢中で描くことと向き合っていました。そうした当時の想いや考えを、ずっと大切にし続けたいと思っています。
毎日つくり続けていくと、良くも悪くも「慣れてきた」と感じる場面が出てきます。そうした「慣れ」の積み重なりは、知らず知らずのうちに、過信や鈍感さにつながってしまうのではないかという気持ちがあって。
だからこそ、「慣れ」を自覚したタイミングで、何度も作品を見返すようにしています。当時を思い出すことで、あのとき自分のなかにあった感性や意欲を、完全に忘れてしまわないように心がけています。
もう1つ特に印象深いお仕事が、Adoさんの2ndライブ『カムパネルラ』の衣装デザインです。イラストやビジュアルだけに限らず、もっとさまざまな方法で、誰かのことを表現できるかもしれない……そんな可能性に目を向け、よりいろいろな分野に目を向けようと思うきっかけになったお仕事でした。
衣装はアーティストの方が実際に身にまとうもの。だからこそ、「連続性」を考慮してデザインしなければなりません。最も魅力的な瞬間を切り取って伝えるイラスト作品とは、根本的に違う部分があると思っています。いろいろな服を買ったり、たくさん舞台を観に行ったり……どうすればAdoさんの晴れ舞台にふさわしい衣装ができるのか、手探りを続けていました。その過程も含めて、『カムパネルラ』の衣装はすごく記憶に残っている作品の一つです。
──ORIHARAさんが作品づくりへ取り組む際に、特に大切にしていることを教えてください。
ORIHARA:ひと言で表すならば、「誠実であること」です。
イメージディレクターとしては、ディレクションさせていただく方に対して、ほかの誰よりも誠実でありたいと思っています。ご本人の生き方を裏切ってしまうような作品は、絶対につくらないことを心がけています。
もちろん作品をつくる人間として、それをたくさんの人に届けることや、ひとりでも多くの方を笑顔にすることも大切だと考えています。でもそれ以上に、私にとっては、ご一緒する方が一生愛せる作品であることのほうが大切なんです。
また、自分自身に対して誠実であることも心がけるようにしています。特にイラストレーターとしては、自身のなかから生まれる発想やアイデアをもとに、ゼロから作品をつくり出すことが少なくありません。その意味でも、「自分に誠実である」は大切にし続けている姿勢のひとつです。
──ORIHARAさんにとって、「自分に誠実である」とはどのような状態を指すのでしょうか。
ORIHARA:たとえば、自分の過去の恥や黒歴史みたいなものを、自分でバカにしたり、否定したりしない。私にとっては、それも「自分に誠実であること」の一部です。
もちろん、人に話すときは笑い話にして済ませても良いかもしれません。でも、自分に向き合うときには、自分が歩んできた道のりを簡単に否定するようなことはしたくない、と思っています。傷ついた自分も辛かった自分も、ないがしろにせず、できる限り受け止めてあげる。その積み重ねが、誠実に生きるということにつながると考えています。
そうやって自らと向き合いながら生み出した作品にこそ、人は共感してくれるはずだと思っていて。私がこれまでに影響を受けた作品を振り返っても、「きっと作者の方々が、自分に誠実だったからこそ生まれたのだろう」と思わされるものばかりなんです。
だからこそ私も、自分の表面をなぞっただけではなく、過去や本音も含めて、誠実に自分と向き合いたい。そうやって生まれた作品を、一つでも多く届けていきたいです。
──ここからは、ORIHARAさんを創った映画『スワロウテイル』について、お話を伺います。まずはこの作品を選んだ理由について教えてください。
ORIHARA:この作品を初めて観たのは、実はまだ最近のことです。今回の企画のお話をいただいたときは、もっと昔に出会った作品を挙げるべきではないかと悩みもしたのですが……クリエイターとして、今が自分にとって最も成長余地のある時期だと思っていて、その時期に大きな衝撃を受けたという意味でも、やっぱりこの作品しかないと思い選びました。
衝撃を受けた理由の1つが、どのシーンもとにかく美しく、見たことないほどきれいだと感じたことです。ワンシーンごとに、まるで1枚のイラストのように印象深く、自分の心に刺さるような感覚があって。登場する一人ひとりの魅力も存分に伝わってきて、それぞれのことをもっと知りたいと思わずにいられなくなる。その体験自体が、自分にとってはあまりに衝撃的でした。
──この企画ではクリエイターやアーティストの皆様に、特に好きなシーンや人物をイラストに描いていただくことになっています。今回ORIHARAさんが描いてくださったイラストについて教えてください。
ORIHARA:今回選んだのは、ゴミ捨て場で拾ったピアノをグリコたちが走るトラックの荷台の上で弾くシーンです。最も印象的なシーンだったので、これを描きたいと思いました。
あと先のことは何も考えない。お金がないとか、 行くあてがないとかも気にしない。今このとき、目の前にある幸せを目一杯に味わう……そんな人生における一瞬の輝きを、生き生きと美しく表現したシーンだと感じています。
このシーンを見るたびに、自分の心が子どもの頃に戻っていくような感覚が訪れるんです。今日の宿題を終わらせたら、あとは好きな遊びをして、いま楽しいことだけをやって過ごす。将来なんて気にせず、 何にもとらわれることなく、今ある幸福を味わうことに夢中になっていた子どもの頃の記憶が、思い出されるような感覚です。
『スワロウテイル』にはこれ以外にも、そうした“一瞬の輝き”が生き生きと描かれているシーンがいくつもあります。大金が手に入るとわかって喜び合うシーン、ライブハウスを初めて手に入れるシーン……一つひとつが印象深く描かれているところもまた、この作品をすごく好きになった理由の1つです。出会って3ヶ月ほどで、20回以上は通しで観たと思います。
── それだけ繰り返し観続けているからこそ、気づかされることもあるのではないかと想像します。
ORIHARA:はい。レイコというつり目のキャラクターが、自分で思っていたより目尻が下がっていて、その点がとてもかわいいと感じました。登場する時間が長くはないので、何度も見ているうちに気づけたことでもあります。
── 「シーン」の描き方のほかにも、この作品のなかで特に印象深い点はありますか?
ORIHARA:「キャラクター」の描き方もまた、この作品の大きな魅力だと感じています。ストーリーが先にあってそこにキャラクターを合わせるというよりも、キャラクターが先にあったうえでストーリーが描かれているようにも感じられる。それくらい、外見から内面まで、登場する一人ひとりの人間的な部分の描き方が素晴らしく、大好きなんです。
── キャラクターもまた、ORIHARAさんが映画を観る際に特に注目されるポイントの一つなのでしょうか。
ORIHARA:そうですね。映画を選ぶときは、まず予告編を見るようにしています。そこでひとりでも気になるキャラクターがいたら、本編を観ることが多いです。
そもそも自分も含めて、誰かの人生を想像したり眺めたりすること自体が、昔からとても好きで。ひとりでも多くの人生を眺めてから、生涯を終えたいと考えています。
映画などの作品を観ていて、たとえばすごく尊敬できるキャラクターに出会ったら、そのキャラクターの生まれたときから今までの人生を想像して、勝手に年表をつくることもあります(笑)。自分が惹かれた誰かの人生について、ゆりかごから墓場まで知りたいし、考えたくなってしまうんです。
── 『スワロウテイル』のなかで、特に好きなキャラクターはいますか?
ORIHARA:悩ましいですが、一番好きなのはやっぱりグリコですかね。最初から最後までずっと、「美しい人だな。まるで太陽みたいな魅力が詰まった人だな」と…。人に対しても歌に対してもすごく正直で、そこが魅力的に感じました。
──ここまでのお話も踏まえつつ、ORIHARAさんが今後挑戦したいことについてお聞きしたいです。
ORIHARA:やりたいと思っていることのひとつが、自分が描くイラストだけで構成された“写真集”をつくることです。
写真集は1冊を通して、その人の物語が感じられるものでもあると思っていて。私が描くさまざまなイラストを、1冊のなかで連続して見てもらうことで、描いた誰かの物語を感じられるような作品をつくってみたいんです。どうすれば自分にしかできない、魅力的な写真集がつくれるのか。毎日ちょっとずつ構想を練っているところです。
他にも、イラストレーターとしての登竜門に挑戦したいとか、映画に関わるお仕事をしてみたいとか、新しいキャラクターや衣装デザインもいろいろやってみたいとか……これからチャレンジしたいことはたくさんあるので、一つひとつ形にしていけるよう頑張りたいです。
── 『スワロウテイル』という作品がORIHARAさんに影響を与えたように、ORIHARAさんが生み出す作品もまた、この先多くのクリエイターの方にさまざまな影響を与えていくと思います。
今日のお話のなかで触れたように、私はご一緒する人はもちろん、自分自身に対しても「誠実であれること」を大切にし続けています。私の作風や色使いにどこか「仄暗さ」を感じていただいているとしたら、誠実であろうとした結果のひとつだとも思っているんです。
自分が作品を通して、与えたいと思う影響をあげるとするならば、「誰もが自分のなかにある負の側面に、正直に向き合っていいんだ」と感じてもらうことかもしれません。そうやって自身と向き合うことで生まれる不安や怒りが、自分をより良い方向へ動かすエネルギーに変わっていく場合もある。『スワロウテイル』を観たことで、私自身が感じたことでもありました。私もまた、少しでも良い影響を誰かに与えられる作品をつくり出していきたいと思っています。
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