エミー賞5冠に輝いた犯罪ドラマ、『トゥルー・ディテクティブ』。その最新シーズン『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』が、4月26日(金)より配信されている。
もしいまこの文章を読んでいるあなたが、少しでもミステリーというジャンルに興味を抱いているとしたら、そしてまだ『トゥルー・ディテクティブ』を観ていないとしたら、この傑作を見逃す手はない。少なくとも筆者にとって、この10年のスパンで最も衝撃を受けたクライム・ドラマが、本シリーズだ。新作を含め現在までに第4シーズンまで制作されているが、まずは名作の誉高いシーズン1に触れて、その強烈なビジュアルに、濃厚すぎるキャラクターに、作り込まれた作劇に撃ち抜かれて欲しい。
舞台は、アメリカ南部のルイジアナ。のどかな田園地帯で、若い女性の全裸死体が発見される。頭には王冠のような鹿の角がかぶせられ、背中には渦巻きのマーク。両手首と足首、膝に縛られた痕があり、腹部には複数の刺し傷。死体の近くには木の枝で作った奇妙なオブジェが飾られていた。
これは倒錯的な犯罪なのか、それとも一種の儀式なのか。異常な猟奇殺人事件に挑むのは、ルイジアナ州警察殺人課のラスト・コール刑事(マシュー・マコノヒー)とマーティン・ハート刑事(ウディ・ハレルソン)。1995年と2012年の時間軸を行き来しながら、我々視聴者は17年に及ぶ捜査を目撃することになる…。
オープニングから、強烈すぎるインパクト。あの世とこの世を隔てるカーテンの向こう側に、我々の知り得ない世界が待ち受けているような感覚。『トゥルー・ディテクティブ』は、黄泉の国から視聴者を手招きする。
本作のショーランナーを務めているのは、ニック・ピゾラット。ショーランナーとはドラマ制作を統括する現場責任者のことで、まさしく作品の“顔”。クリエイティブ全体をマネージメントし、シナリオはエピソードごとに複数の脚本家が担当するのが通例だが、このドラマではニック・ピゾラット自身が全エピソードを執筆。誰の力も借りることなく、たったひとりでアメリカの闇を暴くナイトメア・ストーリーを創り上げたのだ(シーズン2以降は、他の脚本家と共同執筆しているエピソードもある)。この規模のテレビドラマ・シリーズとしては、極めて異例な体制といえる。
彼はもともと小説家としてデビューし、ダシール・ハメットのようなハードボイルド小説を書いていた。その後、脚本家としてサスペンス・ドラマ『THE KILLING/ザ・キリング』に参画するが、「他の人間が作ったビジョンに基づいて仕事をするのは、自分の本意ではない」と途中で離脱。警察マニュアルや犯罪捜査の実録を読み漁ってオリジナル・ストーリーを構想し、『トゥルー・ディテクティブ』の企画を立ち上げる。
主演を務めたマシュー・マコノヒーは、当時『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013年)でアカデミー主演男優賞を受賞したばかり。ニック・ピゾラットが精魂込めて作り上げたストーリーは、そんな名優に「これほどの脚本に今まで出会ったことがなかった」と言わしめるほどの吸引力を持ち得ていた。
放送が開始されるやいなや、先の全く読めないストーリー展開に多くの視聴者が熱狂。1000万人以上のエピソード平均視聴者数を記録し、映画・ドラマのレビューサイトRotten Tomatoesでも、評論家によるスコア(トマトメーター)が92%、オーディエンス・スコアが89%と高評価。『ブレイキング・バッド』や『ゲーム・オブ・スローンズ』と並び称される、名作ドラマとして認知されたのである。
続くシーズン2は、ロサンゼルスが舞台。ヴィンチ市警のレイ(コリン・ファレル)、ヴェンチュラ郡保安官事務所のアニー(レイチェル・マクアダムス)、ハイウェイパトロール隊員のポール(テイラー・キッチュ)の3人が、不可解な殺人事件に遭遇したことから、その背後で渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく。
LAを舞台にしたクライム・サスペンスといえば、ハワード・ホークス監督の『三つ数えろ』(1946年)、ロバート・アルトマン監督の『ロング・グッドバイ』(1973年)、ロマン・ポランスキー監督の『チャイナタウン』(1974年)と、名作のタイトルが次々に挙がる。2014年には、トマス・ピンチョンの小説『LAヴァイス』をポール・トーマス・アンダーソン監督が映画化した『インヒアレント・ヴァイス』が公開された。『トゥルー・ディテクティブ』を再起動させるにあたってロサンゼルスを選んだのは、アメリカ映画に対するニック・ピゾラットなりのアンサーなのかもしれない。
一転してシーズン3の舞台は、ミズーリ州南部とアーカンソー州北部に広がる高原地帯オザーク。アーカンソー州警察のウェイン・ヘイズ刑事(マハーシャラ・アリ)とローランド・ウェスト刑事(スティーヴン・ドーフ)が、失踪した子供たちの行方を追う。シーズン1は1995年と2012年の2つの時間軸を行き来する物語だったが、このシーズン3は1980年、1990年、2015年の3つの時間軸が交錯する、さらに複雑な構成に。
しかも老年を迎えた2015年のヘイズはアルツハイマーを患っており、事件の<記憶>が失われつつある。いま目の前で起きていることは現実なのか、それともヘイズが生み出した幻なのか。彼は、探偵小説でいうところの“信頼できない語り手”。視聴者はヘイズの主観に導かれ、真実は曖昧となり、撹乱させられてしまう。その手つきが非常に巧みで鮮やかだ。
『トゥルー・ディテクティブ』は続き物ではなく、全て独立したアンソロジー形式(正確にいうと、薄ーーーく重なっている部分もあるのだが)。だが、主人公たちが内面に闇を抱え、過去と対峙するというスタイルは、全シリーズで踏襲されている。それは、最新シリーズとなる『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』でも同様。このドラマは優れた犯罪ドラマであると同時に、優れたサイコロジカル・ドラマでもあるのだ。
ツァラル北極研究所で働く8人の科学者たちが全員失踪するという事件が発生し、警察署長のリズ・ダンヴァース(ジョディ・フォスター)と捜査官のエヴァンジェリン・ナヴァロ(カーリー・レイス)が捜査を進める。果たして彼らはどこへ消えたのか?氷の下にはどんな真実が隠されているのか?『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』は、太陽が昇らない夜の国=ナイト・カントリーで紡がれる、謎に満ちたミステリーだ。
シーズン1はルイジアナ、シーズン2はロサンゼルス、シーズン3はアーカンソーと、『トゥルー・ディテクティブ』シリーズは「場所そのものが主役」というくらいにロケーションが特徴的。そして今回の舞台は、アラスカ極地の小さな町エニス。極寒の地の研究所という設定は、どことなくジョン・カーペンター監督のSFホラー『遊星からの物体X』(1982年)っぽさも。確かにこれまでのシリーズのなかで、最もホラー的な要素(そして、超自然的な要素)が強い作品であることは間違いない。
ネタバレになるため詳細は省くが、本作は歪んだ男性優越主義に対する、女性たちからの強烈な異議申し立てというテーマが内包されている。氷に閉ざされたこの閉鎖的空間では、増長したマチズモが蔓延。男ばかりの警察機構で必死に職務を遂行しようとするダンヴァースと、誰よりも女性への暴力を憎んでいるナヴァロの、2人の女性警察官がバディを組んで、失踪した男性科学者たちを捜索するという構造からしても、それは明白だ。
ダンヴァースを演じるのは、約50年ぶりのテレビドラマ出演となるジョディ・フォスター。思えば彼女は、『トゥルー・ディテクティブ』がその遺伝子を受け継いだであろうサイコ・ホラーの傑作『羊たちの沈黙』(1991年)で、主人公のFB研修生クラリス・スターリングを演じていた。その演技は各方面で大絶賛され、アカデミー主演女優賞受賞。ある意味で『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』は、アラスカに赴任したクラリスの、35年ぶりとなるニュー・チャプターという見方もできる。
彼女がもうひとつアカデミー主演女優賞を受賞した作品が、『告発の行方』(1988年)。レイプ事件裁判を扱ったこの映画で、彼女は被害者のサラを熱演。サイコ・ホラーのアイコン的存在であり、暴力を訴える勇気ある告発者でもあるジョディ・フォスター以上に、ダンヴァース役にふさわしい俳優はいない。
これまでシリーズを牽引してきたニック・ピゾラットに代わって、第4シーズンのショーランナー、そして監督・脚本を務めているのは、メキシコ出身の映画監督イッサ・ロペス。主要キャストとショーランナーが女性にバトンタッチされることによって、このシリーズはネクスト・ステージへと飛翔した。同時に、「超自然的な力に導かれるようにして、この世界の理(ことわり)が解き明かされる」という、特にシーズン1に色濃く刻印されていたエッセンスも濃厚。作り手は違えども、新シリーズには『トゥルー・ディテクティブ』のスピリットが確実に宿っている。
長々と駄文を垂れ流してしまいましたが、まずは可及的速やかに動画の再生ボタンをクリックして、この世界に身を浸して欲しい。打ちのめされて欲しい。間違いなく本作は、アメリカの暗部を暴く犯罪ドラマの傑作だ。
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