病棟は幽霊が出がち?看護師はストレス耐性高め?看護師作家のリアルな本音、創作の裏側──前川ほまれ×秋谷りんこ対談
『臨床のスピカ』の著者・前川ほまれさんと『ナースの卯月に視えるもの』の秋谷りんこさんに、看護師作家のリアルな本音、創作の裏側をうかがいました。
2025年8月に創刊された大人のためのエンターテイメント小説レーベル「千夜文庫」。第1弾として刊行された白川紺子さんの『雪華邸美術館の魔女』は、1955年の御殿場を舞台にした浪漫あふれるアンティークミステリー。ひとりは令嬢、ひとりは孤児として育った双子姉妹が再会し、いわくつきの美術品をめぐる人間ドラマに巻き込まれていきます。著者の白川さんに、本作が生まれた背景、各章の見どころについてお話を伺いました。
──『雪華邸美術館の魔女』は、生き別れの双子姉妹、いわくつきのアンティーク、旧華族の人間模様など、心ときめくモチーフがふんだんに盛り込まれた小説です。この作品が生まれた経緯、着想したきっかけを教えてください。
白川:2023年頃にオファーをいただき、最初は「浮世離れした話を書きたい」とお話したように記憶しています。後宮ファンタジー小説が続いていたので、現代を舞台に『有閑倶楽部』のような話にしたいと思ったんです。「俗世から離れた避暑地や別荘地の物語にしよう、私が以前住んでいた御殿場を舞台にしてはどうだろう」と思い浮かび、そこから物語を考え始めました。
また、古き良き少女小説のような作品にしたいという思いもありました。日本の少女小説に限らず、『秘密の花園』のような海外の児童小説のような雰囲気もイメージしています。
──白川さんは、京都を舞台にした『下鴨アンティーク』や『京都くれなゐ荘奇譚』、中国・成都を描いた『龍女の嫁入り』など、土地に根差した物語を執筆されています。やはり、舞台となる土地から物語の構想を広げることが多いのでしょうか。
白川:場所と時代を設定して関連資料を読むと、イメージが広がるんです。そのため、まず舞台設定を決めることが多いですね。
──今回は太平洋戦争の終戦から10年後、1955年という時代設定です。なぜこの時代を選んだのでしょう。
白川:実は、思い返してもよくわからなくて……(笑)。明治・大正までさかのぼらず、現代に近い話にしようと思ったのでしょうね。でも、昭和前期だと戦争の影がちらつくので、いっそのこと戦後にしたほうがもう少し穏やかに楽しめる話になると考えたのかもしれません。しかも、終戦から10年が経ち、「もう戦後ではない」と言われる時代にしたかった。終戦直後ではなく高度経済成長期まではいかない、狭間の時期に面白さを感じました。
──この物語の主人公は、生き別れの双子である小百合と撫子です。小百合は孤児として育ち、撫子は雪宮家の令嬢として育ったため、最初は距離があります。そんなふたりが少しずつ心を通わせていく過程にも心動かされました。このふたりの人柄や関係性について、白川さんはどうお考えですか?
白川:撫子は、雪宮家を背負う誇り高い女の子というイメージです。小百合はとにかく食いしん坊(笑)。元気な子にしたいと思いました。
ふたりの間柄は、最初は反発から始まり、徐々にわかり合っていくという人間関係の王道を目指しました。小百合は、雪宮家を一緒に盛り立てようという気持ちは薄いんですよね。それよりも、ひとりですべてを背負ってきた撫子の荷物を減らしたい。撫子のために何ができるだろうと考え、距離が縮まっていきます。
──表紙もイラストも素敵でしたよね。ふたりのビジュアルは、白川さんの中ではっきり浮かんでいるのですか?
白川:小説を書いている時には、ふわっとしたイメージしかありませんでした。キャラクター設定を細かく決めることもないので、イラストを描いてくださったマツオヒロミさんには小説からイメージを膨らませていただきました。私はもともとマツオさんのファンなので、お引き受けいただきとてもうれしかったです。完成したイラストも、本当に素敵ですよね。
──そんなふたりに寄り添うのが、若き執事の橘です。彼も魅力的な人物として描かれていますね。
白川:撫子に対しては主人に対する敬意をもって接しますが、小百合に対してはぞんざい。後者が彼の素なんですよね。ふたりに見せる顔の違いが、書いていて面白いところでした。それに、私はもともとああいう感じの男性キャラが好きなんです(笑)。
──仕事を終えてタバコを一服する橘に、人間臭さを感じました。普段の慇懃な橘との二面性に惹かれるのでしょうか。
白川:慇懃な面とやんちゃな面が両方あり、時々裏側がチラッと見える。そのギャップが好きなんです。私の小説には、彼のような男性キャラはよく登場します。クールだけど時折ちょっと優しいところを見せてくる、みたいな人ですね。
──そんな姉妹が、アンティークをめぐるさまざまな人間ドラマに関わっていきます。「アンティークミステリー」と銘打たれていますが、殺人事件が起きたり、「日常の謎」が解き明かされたりするのではなく、人間の心の謎に分け入っていくようなお話でした。アンティークをモチーフにすることは、当初から決めていたのでしょうか。
白川:そうですね。私は昔からアンティーク、中でもヴィクトリア朝のジュエリーが好きなんです。ヴィクトリア朝のジュエリーは、デザインがロマンティック。それに、ハート型や忘れなぐさなど、恋愛的な意味を込めたジュエリーが多いのも特徴です。イギリスが栄えていた時代なので、豪華で贅沢なものが多いんですよね。メッセージを込めたジュエリーを贈り、いとしい人に思いを伝えるものでした。
──作中にはアンティークジュエリーだけでなく、春の景色を刺繍で描いた屏風も登場します。ジュエリーに限定しなかったのはなぜでしょう。
白川:西洋に偏らず、日本のアンティーク、中でも明治時代の工芸品を取り上げたいと思いました。そう思いながら本を読んでいたら、刺繍の屏風を見つけ、あまりの精緻さに圧倒されました。現存しているものは少ないようなので、せっかくなら小説の題材にして多くの方に知っていただけたら、と。
──今回収録された3編は、どれもアンティークありきで物語を考えていったのでしょうか。
白川:そうですね。まずアンティークの品を見て、「これはお話になりそうだな」と発想を広げていきました。
例えば、3章で描いたジェットはヴィクトリア朝で流行した、「黒い琥珀」と呼ばれる宝石です。ヴィクトリア女王は夫君を早くに亡くされ、長らく喪に服していました。その際、身につけていたのがジェット。それ以降、国民の間でもジェットが大流行したんです。ヴィクトリア朝のジュエリーと言えばジェットというイメージがあったので、アンティークジュエリーを描くならひとつはこれにしたいと思いました。
──作中に登場するジュエリーや美術品には、モデルがあるのでしょうか。
白川:ありますね。と言っても、そのまま描いたわけではなく、モデルになった品からイメージを膨らませて描きました。もともとアンティークジュエリーや美術品が好きなので、そういう本を集めているんですね。それを見直して、モチーフを探しました。
──白川さんは多くのシリーズを抱えており、それぞれで調べものが必要ではないかと思います。ご苦労はありませんか?
白川:私は調べるのが好きなタイプです。むしろ好きすぎるあまり、切り上げ時が難しくて(笑)。
中国の後宮ファンタジーを書いた時も、中国史がわからないので一から勉強しました。すごく時間はかかりましたが、調べはじめるとどんどん面白くなっていくんですね。その流れで、中国のホラー、特に唐代の伝奇小説が好きになりました。
──『雪華邸美術館の魔女』に登場するジュエリーもいわくつきで、例えば「身につけた者は死ぬジュエリー」のように、その「いわく」がとても魅力的です。そこにも、ホラー好きの一面が発揮されているのではないかと思いました。
白川:そうかもしれませんね。ただきれいなだけのものを書くより、キラキラしたものと影のあるものを組み合わせるのが好きなんだと思います。それに、そもそもイギリスのアンティークジュエリーには「呪われたダイヤモンド」など、いわくつきのものも少なくありません。イギリスはホラーや怪奇系の話が多く、そういうものを読んできたので影響が表れているのかもしれないですね。
──1冊書き終えた手ごたえはいかがでしょうか。続編も期待してよいですか?
白川:少女小説を書けて、とても満足しました。書いていて、すごく楽しかったですね。続編も書けたらと思っています。今度は撫子と小百合が通う女学校の話を書こうかなと考えています。
──撫子と小百合の洋服、屋敷で供される料理やスイーツ、アンティークを所蔵する美術館の描写もとても素敵でした。こうした表現において、白川さんがこだわったポイントがあればお聞かせください。
白川:シンプルに、こういったものが好きなんです。ファッションを書くのも好きで、あの年代の服装についても調べました。1950年代と言えば、やっぱりオードリー・ヘップバーン。ああいったファッションを描写するのも楽しかったです。食べ物についても、私はお菓子が大好きで。だから、この作品では好きなことしか書いてないんです(笑)。
──白川さんにとって少女小説を読む楽しさ、書く楽しさとは?
白川:私はコバルト文庫で育った世代なので、そういう作品を書きたいという思いはあります。小中学生時代を過ごした1980~90年代は、コバルト文庫では日向章一郎先生、ティーンズハート文庫では折原みと先生の小説が人気でした。小野不由美先生の悪霊シリーズもあの時代ですよね。今はレーベルごとにジャンルが細分化されていますが、昔はもっと雑多でした。千夜文庫でも、バラエティに富んだ作品が読めたらうれしいです。
三重県出身。同志社大学文学部卒。雑誌cobalt短編新人賞に入選の後、2012年度ロマン大賞(現ノベル大賞)受賞。著書は『下鴨アンティーク』『契約結婚はじめました。~椿屋敷の偽夫婦~』『後宮の烏』シリーズ(集英社オレンジ文庫)、『海神の娘』シリーズ(講談社タイガ)、『京都くれなゐ荘奇譚』シリーズ(PHP文芸文庫)、『花菱夫妻の退魔帖』シリーズ(光文社キャラクター文庫)、『烏衣の華』シリーズ(角川文庫)など。
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