執筆まで16年?警察小説の名手・内藤了が新境地に挑む伝奇ホラーバトル『火之神の奉り』インタビュー
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執筆まで16年?警察小説の名手・内藤了が新境地に挑む伝奇ホラーバトル『火之神の奉り』インタビュー

2025.10.02 18:00

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警察小説やホラー、ミステリーの分野で活躍する内藤了さんが、U-NEXTが創刊した「千夜文庫」のために新シリーズを書き下ろしました。これまでの作風から一転、このたび刊行されたのは女子高生を主人公とした伝奇ホラー『火之神の奉り』。実はこの作品、内藤さんの原点とも言えるべき小説だそうです。構想から16年、ついに始動した壮大な物語について、内藤さんに語っていただきました。

デビュー前から温めていた伝奇ホラーを、満を持して執筆

──このたび刊行された『火之神の奉り』は、女子高生を主人公とした伝奇ホラーバトル小説です。これまでの内藤さんの作風とは大きく異なりますが、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか。

内藤:U-NEXTから依頼を受けた際、複数のプランを提案したのですが、その中から選ばれたのがこの小説です。これまでにない系統の作品ということで、担当編集者がこの案を即決してくださいました。実を言えば、私はこの作品をずっと書きたくて。執筆まで16年待った作品です。

──え、そんなに長く……?

内藤:そうなんです。「てにをは」もわからない頃の私が、最初に書きたいと思ったのがこの小説でした。ですが、執筆経験がないので書けるはずもなく、まずは小説を書く勉強から始めることにしました。その後、どこかでデビューしたいと思い、個人情報を秘匿してくれる文学賞を探し、日本ホラー小説大賞に応募することに。そして、警察小説×ホラーの『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビューしました。「次こそはあの小説を書けるかもしれない」と期待したものの、デビュー作が売れたため、その後のオファーは同系統が多く、なかなか書けないまま16年が経ってしまいました。

──どのような経緯で、この物語を着想したのでしょうか。

内藤:ある時、ポンと降ってきたんです。私はもともと建築デザイナーで、古い建物を博物館に替えるような企画の仕事をしていました。こうした職業柄、私の著書「よろず建物因縁帳」シリーズのように、古い建物にまつわる裏側を知る機会も多かったんです。ですが、体を壊して、デザイナーを続けるのは難しくなりました。それでも命が助かったからには、やるべきことがあるはずだ。そこで、小説ならベッドでも書けると思い、作家を目指すことにしました。

その際、思い浮かんだのが、病気を患った人が病院で楽しめる小説です。病気になると、明るい話は自分の境遇と違いすぎて読めませんし、暗すぎる話も気が滅入ってしまいます。そこで、暗さもありつつ、最後はすっきりさっぱりして「続きを読むために明日も生きていたい」と思える話を書こうと思いました。

そう考えた時に、今まで蓄えてきた知識、これまで出会った方々がふと浮かび、この物語が降ってきたんです。これは書かねばと思い、そこから資料を探し始めました。当時は手に入らない資料もありましたが、今回この話を書くと決まったら「書いてくれ」と言わんばかりに資料が次々に寄ってくるようになり、不思議な縁を感じましたね。

誰もが自分を重ねて読める、等身大の主人公

──『火之神の奉り』は、長野を舞台にした物語です。実在の場所を舞台にしながらも、人と妖、鬼などが存在し、死者のいる彼岸と此岸が地続きにつながっています。この不思議な世界観は、どのようにして生まれたのでしょうか。

内藤:私は、こうした世界を特別だと思っていません。ただ見えないだけで、神秘的な存在は確かにそこにある。それをそのまま書いているだけです。というのも、うちは母方が神社、父方が寺の家系。子どもの頃から、目に見えないものが存在するという感覚を当たり前のように受け止めてきました。

奥社 参道2
作中登場する神社のモデルのひとつ、戸隠神社 奥社参道

──主人公の江姫は、16歳の女子高生です。内藤さんが書く主人公では、最年少だそうですね。彼女はどのような人物ですか?

内藤:私は今でこそ作家ですが、熱心な読者でもありました。子どもの頃は、自分が主人公になり、物語の中に入りたかった。でも、賢くて容姿が良くなければだめなのか、凡庸な自分は主人公になれないのだろうかという思いがありました。そのため、私が書くものは、スーパーマンを主人公にしないと決めています。誰もが主人公になれる、そんな小説を書きたいので。ですから江姫も、神を宿す器「憑童(よりわら)」ではありますが、等身大の10代として描きました。

この年代は、怖いものなしで、何者にもなれるという根拠のない自信を持っています(笑)。一方で、無駄にコンプレックスを感じていて、自分以外の周りの人たちがみんなキラキラして見える。馬鹿で無謀で何でもできて、一番輝いているのに自分の輝きには気づけない。江姫の姿を通して、「輝いているよ」「今は大人になったかもしれないけれど、かつてのあなたもそうだったよ」と伝えられたらと思います。

──作中では、そんな江姫が怨霊うごめく高校に転入することに。しかも、死者が出るのを防ぐため、荒神として文化祭恒例の神楽を舞うことになります。過酷な運命を背負い、それでも命を懸けて邪鬼と戦う江姫の姿が印象的でした。

内藤:私としても、そこを書きたいと思っていました。民話等に残る人柱や生贄にされる子どもは、美しく着飾り、豪勢な食事を与えられ、「きれいな着物を着られて、おいしい食事ができてうれしい」と自分の死を理解できないまま神に捧げられます。ですが江姫は16歳ですから、そこに葛藤が生まれるわけです。大人でも子どもでもなく、男でもなければ女でもない。何かになりたいけれど、何にもなれない。そんな江姫がどんな選択肢を選ぶのか、ぜひ注目していただければと思います。

──時には死を覚悟し、それでも周囲の人々を救うために江姫は戦いに向かっていきます。その原動力はどこにあると思いますか?

内藤:個人的な考えにすぎませんが、人間とはそういう生き物だと思うんです。この世に生を受けた者は、いつか必ず死にます。それでもみんな一生懸命に生きていますし、生まれてきたからにはそこに意味があってほしいんです。この作品に限らず、私の小説のテーマは生きることと死ぬこと。これ以上説明すると本編を読んでもらえなくなりそうなので、ぜひ小説を読んでみてください(笑)。

──過酷な運命を背負う江姫ですが、彼女に寄り添う妖の銀竜、彼女を守ってくれる升一郎と隼人、高校の仲間たちの存在に救われたような気持ちになりました。江姫と彼女を取り巻く人々の関係をどう捉えていますか?

内藤:江姫の強みは、否定しないことです。中でも象徴的なのが、ホームレスの老人に対する接し方です。彼女は特別優しいわけではなく、憑童なのですべてを受け入れる資質があります。誰と接する時も、けっして否定から入らないので、周囲の人たちが寄ってきますし、危なっかしい江姫を心配してくれるのだと思います。

──その一方で、江姫の母親はそんな江姫を否定的に見ていますね。

内藤:江姫の母親のように、「私は◯◯なのに」「私は頑張っているのに」とラベルを貼ってしまう人は多いですよね。「私はこんなに頑張っているんだから、もっと認めてもらいたい。でも、頑張っているのに認めてもらえないかわいそうな自分も好き」という人も少なくないでしょう。見方を変えれば楽になるのに、頑なであるがゆえにそうできない。特別ではなく、どこにでもいそうな人として描いたつもりです。

──江姫にしか見えない妖・銀竜にも、心惹かれます。彼はどのような存在でしょうか。

内藤:実は全編を通しての主人公は、江姫というより銀竜なんです。物語を貫く芯、高層物を支える心柱のような存在ですね。彼がなぜ妖になったのかは、3巻で書くつもりです。

最初は銀竜を主人公にする案も考えましたが、それだとライトノベルに寄りすぎてしまいそうで。私が書きたいのは、人が生きる理由と死ぬ理由。妖となって生き永らえ、死ななくなった銀竜と、憑童として死ななければならない運命を背負った江姫、その2本立てで物語を作り上げています。

一線を越える人と踏みとどまれる人の差は紙一重

──江姫が邪神や鬼と戦う神舞の描写も、とても印象的でした。ただ激しいアクションを繰り広げるのではなく、静と動の対比が素晴らしいですね。

内藤:神舞のような神事は、今も連綿と続いています。私たちは「神を演じる舞手が鬼役の舞手を倒す」という表側しか見ていませんが、その裏側では何が起きているのか。奉納舞を描くなら、目に見えない存在も描写する必要があると思いました。そこで、荒神として舞う江姫が足を踏みしめた瞬間、裏側にいく、また何らかのアクションを起こすと表側に戻ってくるという映像的手法を採ることに。神舞の裏側で起きていることが、少しでも伝わればと思い、こうした演出にしました。

中社
戸隠神社 中社

──神社などで行われている神楽も、こうしたことが起きているのではないかと感じさせる迫力でした。

内藤:長野県には、遠山の霜月祭り、火祭りなど、大小問わずさまざまな祭りがあります。小さなお祭りでは一般の方が神楽を舞うので、酒を浴びるように飲み、酔ってトランス状態になったところに神を降ろすことも。その状態になると、手を熱湯に入れても火傷しないのだとか。物語の中でそういった神秘的な事象を信じてもらうには、神楽の裏側で何が起きているのか描く必要があります。それがリアルに伝わったのならうれしいです。

──江姫が戦う鬼や亡者は、怒りや怨念といった感情から生まれた存在です。誰もが持ちうる人間の業を敵としたのはなぜでしょうか。

内藤:これまで数多くの警察小説を書いてきましたが、書き手として一番興味があるのは「なぜ犯人はそんなことをしたのか」「どうしてそんなことができたのか」という点です。犯罪者は、私たちと何が違うのか。彼らはもとから犯罪者だったのか。私は、そうではないと思います。一線を越えてしまう人と踏みとどまれる人の差は、紙一重。犯罪者を擁護するつもりはまったくありませんが、抗いたくても抗えないこともある。その瞬間、なぜ凶行を止められなかったのかと考えた時、鬼や怨霊がその部分を担ってくれるのは都合がいいですね。

「魔が差した」と言いますが、鬼や怨霊がそうさせたという考えは、犯人の家族や周囲の人たちの救いになるかもしれません。飢えに苦しみ、つい目の前の食べ物に手を伸ばしてしまった人に「そんなことをするな」と言えるのか。誰にでもそういう瞬間はあるし、だからこそ気をつけなければならない。作品のどこかに、そういう思いを入れておきたいんです。

──お話を伺い、人間のどうしようもなさ、弱さに対する内藤さんの優しい眼差しを感じました。

内藤:いや、まっとうに怒っていますよ。ですが、ただ怒って終わるだけでは小説は書けません。「なぜこんなことを」と深掘りしていった結果、そういった考えに行きつきました。江姫と同じで、一方的に断罪しない。理解しようと試みて、一緒に悩む。逆に言えば、それくらいしかできないのかもしれません。

全5巻で描く「憑童」と「妖」の物語

──長年温めていた作品ですが、1巻を書き終えた手ごたえをお聞かせください。

内藤:思い入れがあるがゆえに、冷静に書けているか、盲目的になっていないか、怖くて仕方がないですね。実際、初稿はボロボロでした。「どうした内藤、お前はそんなやつではないだろう」と、頭から水をかぶるような思いで改稿しました(笑)。

──とはいえ、長らく書きたかった作品ですから、楽しさもあったのでは?

内藤:楽しいからこそ、問題なんです。小説を楽しむのは読者であり、書き手が楽しんではいけません。ですから、今回は本当に大変でしたね。居心地がいい世界観なので、なかなか外に出てこられない。別の作品を書く時にも、幾度となくこの世界観に引き戻され、今も困っているほどです。

──発売後すぐに重版がかかり、読者からも好評を博しています。

内藤:評価のばらつきはありますが、それはそれでよかったと思います。長年、内藤作品を読んでくださっている方には、とっつきづらいかもしれませんが、私ごときは挑戦していかないと腐るだけ。守りに入る気はみじんもありません。

途中で振り落とされてしまう方がいたら残念ですが、せめて伴走してくださる読者には楽しんでいただけたらと思います。この作品に限らず、何度読み返しても楽しめるよう、2回目、3回目に再読した時に気づくことを必ず入れています。それが、繰り返し読んでくださる方へのお礼のつもりです。

──このシリーズは、全何巻を予定していますか?

内藤:今のところ、全5巻の構想です。

──巻末に記されていましたが、次巻の副題は「吸魂の剣」だそうです。そんな展開が待っているのでしょうか。

内藤:1巻では、江姫が神の器「憑童」であるらしいというだけを明かしました。次巻は、江姫が前世の宿敵と戦います。2026年夏までには刊行したいです。

──『火之神の奉り』は、U-NEXTの新レーベル「千夜文庫」の創刊第1弾にラインナップされました。「大人を寝不足にさせるエンターテイメント小説レーベル」というコンセプトについて、どんな印象を抱きましたか?

内藤:私は、まさしくそういう小説を書きたくて作家になりました。子どもの頃、夢中になって本を読み、残りのページを見ながら「ああ、あとこれだけで終わってしまう」と惜しむことがよくありました。ですが、大人向けの本は内容が難しく、大人になってからはそういった読書体験から遠ざかっていました。大人になっても、子どもの頃のように貪るように本を読みたい。「この世界から出たくない」と切望し、読み終わってしまったら寂しくて仕方がなくなる。読書に飢えるあの感覚を味わってほしくて、私は小説を書いています。

ですから、大人が寝る間を惜しんで読むという「千夜文庫」のコンセプトは、まさにドンピシャ。『火之神の奉り』も、1冊読み終えたら続きを読まずにいられず、飢えを引き起こしてくれますように。次巻もぜひ手に取っていただけたら、うれしいです。

内藤了さんプロフィール

長野県出身。長野県立長野西高等学校卒。2014年、「ON」で第21回日本ホラー小説大賞読者賞受賞。同作を改題した『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』でデビュー。16年、同シリーズがテレビ化される。以降、緻密な取材に基づく、大胆なストーリー展開が多くの読者を魅了する。著書に「憑依作家雨宮縁」シリーズ「東京駅おもてうら交番・堀北恵平」シリーズ「警視庁異能処理班ミカヅチ」シリーズ等多数。

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