美術監督・原田満生が発起人の「YOIHI PROIJECT」。「映画」で環境問題を伝える、その真意とは。
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美術監督・原田満生が発起人の「YOIHI PROIJECT」。「映画」で環境問題を伝える、その真意とは。

2023.04.19 16:00

気候変動や地球環境の危機が叫ばれる近年、気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が連携して、様々な時代の「良い日」に生きる人間の営みを「映画」で伝えていく『YOIHI PROJECT』がスタートします。

プロジェクトの発起人は『亡国のイージス』『テルマエ・ロマエ』などで知られる日本を代表する美術監督・原田満生。この新たなプロジェクト設立の経緯から、記念すべき劇場映画第1弾『せかいのおきく』に込めた思いなどを原田氏に聞きました。

「映画」を通じて、次の世代へと“伝えていく”プロジェクト


—— まず、「YOIHI PROJECT」の概要からお聞かせください。

原田:「映画」を作り、「映画」を通して環境問題について伝えていくプロジェクトです。ご存知の通り、環境問題にはいろいろな問題・課題があります。それらを説教臭く語るのではなく映画の中にちりばめて、人間ドラマを観てもらうことで環境問題に気づいてもらえるような作品を提供していくこと。そしてその映画を通して、得たメッセージや知識を持続的に次の世代に伝えていってもらうこと。「映画」を媒介に、後世へと環境問題を伝えていこうというプロジェクトです。

—— 立ち上げられたのは2019年ですが、設立のきっかけは何だったのでしょうか?

原田:プライベートなことですが、大病を患った時期がありまして。その時、今後の生き方を考えることになったんです。長く利益追求型の映画作りに関わってきたので、これからはちょっと違う映画との向き合い方もあるんじゃないかと。まあ、人生のリセットですね。

ちょうど同じ頃、自然科学や環境問題の学者の方たちとの出会いもありました。それまで全く縁のない世界でしたが、お話を聞いているうちに、地球環境を守るために必要なことだと感じました。反面、学者のみなさんは様々な活動をされているのに、その話が僕ら庶民レベルまで伝わっていないという悩みを持っていたんです。なので、映画とちょっと難しそうな環境問題をミックスして伝えられたらいいんじゃないかと考えました。

—— 美術監督として活躍されてきたことも今回のプロジェクトと関係していますか?

原田:そうですね。今の時代、「新しく作る方が安くすむから」と、次から次へと作っては捨てることがまかり通っている。でもいい加減、もうそんな時代じゃない。映画も作品の度にセットを作っては壊してますけど、僕は古材などをリユースしてセットを作ることが多かった。だから、いつになったらこの状況が止まるんだろうと思っていました。そうしたらコロナ禍で、世の中が今までと違ってきた。全て、立ち止まって考え直す時になったんじゃないかなと。僕自身も体を壊したし。いろいろなことが積み重なって、一気に合致したことがプロジェクトの設立につながってると思います。

—— 周囲の方たちの反応はどうでしたか?

原田:僕のキャラを知っている人たちは「なに言ってるんだ。環境問題を語るような奴じゃないだろう!?」と思ったみたいです(笑)。実際、僕は商業映画でトップになりたくてずっと走ってきた。そんな人間が真逆のことをやろうとしているので、違和感を持った人もいたようで。周りの反応は賛成半分、反対半分みたいでした。中には様子見だった人もいるんじゃないかな。とりあえず映画が1本できたので、「本当にやるの?」と半信半疑だった人はいなくなってるんじゃないかなと思いますけどね。

—— 「YOIHI PROJECT」ではU-NEXTとも連携しています。

原田:僕はこれまで、映画業界に身を置いて、自分が関わった映画は映画館で伝えるということを何十年もやってきました。数ある動画配信会社の中で、U-NEXTは「映画興行と配信は競合するのではなくて共存する」という考えであると伺いました。それまで動画配信業界に対してクールなイメージを抱いていましたが、U-NEXTは映画愛にあふれた会社なのだなと。しかも、映画業界を応援し、邦画を応援するとも表明している。僕らも映画を通じて伝えていきたいと思っているので、そこが合致しました。

加えて、U-NEXTは動画配信会社の中で品ぞろえの豊富さと国内外の独占作品の多さでは群を抜いていると聞いています。連携することで、「YOIHI PROJECT」から発信していく映画作品を、多くの視聴者に伝えることができるのではないかと期待しています。

—— U-NEXTとの連携で具体的にはどんなことが予定されていますか?

原田:映画『せかいのおきく』の劇場公開を受けて、「YOIHI PROJECT」の作品がU-NEXTで配信になります。その一つがアニメ『うんたろう たびものがたり』、ドキュメンタリー『MATAGI-マタギ-』。今後、さらに増えると思います。作品に限らず、イベントなどの企画をするということもあるかもしれない。この連携でプロジェクトが次のステージにアップできるんじゃないかなと勝手に考えてます(笑)。

harada_mitsuo_02 | 美術監督・原田満生が発起人の「YOIHI PROIJECT」



30年来の付き合いになる阪本監督との絆で生まれた『せかいのおきく』


—— 『せかいのおきく』では阪本順治監督とタッグを組んでいます。

原田:僕が20代の時に、阪本さんの映画に誘っていただいてから、30年以上の付き合いになります。いろいろと教えてもらい、一番信用をしている一人で、プライベートでもよくご飯食べたり飲んだり。病気のときも支えてくれました。だから、今回、新しいプロジェクトで作品を作るなら阪本さん以外にはなかった。でも、企画書を渡した時には断られました(笑)。

「気持ちはわかるけど、自分は環境問題とか、そういう啓蒙的な作品を撮ったこともないから無理だ」と。でも、企画書の中にあった、糞尿を畑にまいて、それで野菜を作り…という江戸の循環型社会に興味を持ってくれたんです。そして、阪本さんは「底辺から世の中を見たほうが面白い。そんな時代劇はないし、ウンチの話もないし。これだったらできるんじゃないか」と言ってくれてね。

—— 脚本も阪本監督が手掛けられましたね。

原田:実はできあがるまで4、5回ダメ出しをしたら、最後にはキレられました。「俺を誰だと思ってるんだよ、阪本順治だぞー!」って。いろいろありました(笑)。でも、脚本はさすが阪本さんでした。下肥買いという非常に下層階級の若者たちをめぐる物語で、どんなに打ちのめされても懸命に生きようとする。循環型社会を描きつつも、そういう差別社会の問題もある。意外と深い。でも、説教臭くないエンターテイメントになっています。

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江戸時代の長屋も小道具もリユースし、糞尿の素材は段ボールなどで製作


—— 錚々たるキャストですが、現場はいかがでしたか?

原田:自分は、皆さんと何度かご一緒させていただいてるので、とてもスムーズで楽しく仕事をさせてもらいました。

黒木華さん演じる、おきくは、とにかく素晴らしく、せかいのおきくという作品に魂を吹き込んでくれたと思います。また、池松(壮亮)くんと寛一郎の若いバディの2人は、プロジェクトのコンセプトをちゃんと体現してもらい、2人でいろんなアイデアも出して、キャラクターを作り上げていました。それぞれ難しい役だったと思いますけど、勝負してくれました。脇を高めている佐藤浩市さんにしろ、石橋蓮司さんにしろ、長年、共に映画を作ってきた大先輩ですし、本当に素晴らしかったです、助かりました。スタッフも何十年も付き合ってきた阪本組の先輩の面々で、本当にすごくいいチームワークでできたと思います。だから、そういう空気が作品に出ていると思います。

—— 本作のセットはリユースですか?

原田:そうですね。長屋はパーマネントセットといって、京都の東映、松竹、両撮影所に行ったらあるんです。それを脚本に合うようにアレンジして使いました。劇中に登場する舟も小道具も装飾も、新しいものは一切ないです。厠も古材を使って組み立てています。

衣裳も、昭和初期の生地を再利用しています。池松くんが着ている衣裳の生地は明治時代のものです。それを全て仕立て直して衣裳を作っています。

—— 糞尿はどのようにして作っているのでしょう?

原田:この撮影には2年半ぐらいかかってるんですけど、実はその間、糞尿も進化してるんですよ(笑)。最初はダンボールを削って、それに、食用油を入れたり、色を付けたりして。監督も一緒になって水分具合を見て作ってました。で、やってるうちに気づいたことがありました…。映画を作っていくとき、現場を「わぁー!」っと奮い立たせるものがいくつかあるんです。一つは火で、次が赤い血、それから水や雨とか、そういうのがあると映画人って奮い立つ。みんなで「わぁー」っとなるんですけど。“うんこ”もそうだったんですよ。「何、何、そこで?」という感じぐらい奮い立つわけです(笑)。それで、作っていくうちに、今度は、糞尿がとんだりはねたりするシーンがあって。そうすると顔にかかったりするじゃないですか。口に入っても大丈夫なもので作ろうということになってお麩で作って、そこに食用油やいろんなものを入れたり、改良に改良を重ねて固まるバージョンや細かいバージョンなども作っていって。そうすると、担当スタッフの中にウンチマイスターみたいなやつもいて。もうみんな楽しんでましたよ。

—— うんこで、そんなに現場が盛り上がったんですか?

原田:なんでなんですかね?(笑)子供…というか、男の子は好きじゃないですか?で、阪本監督もですよ。監督も男の子なんですね。後になって、「ちょっとうんこ、多かったかな?」と言ってましたけど。この映画ではスタッフも俳優もみんなうんこで楽しんで、お祭り騒ぎでした。

—— 現場ではそんな盛り上がりがあったんですね。では『せかいのおきく』を通してのメッセージを教えてください。

原田:この作品で、今の時代の何かが変わるとは思いません。ただ、江戸時代にはこんな素晴らしい社会があったということを多くの人に伝えられたらと思います。こうして映画として残したら、100年後、150年後に誰かが語り継いでくれて、いつの日か循環型社会の技術を活用できるかもしれない。残して伝えていくことが大事だし、この作品を見たことで、何かを自分で考えるきっかけになればいいかなと思います。

—— 今後のプロジェクトの活動予定は?

原田:まず、『せかいのおきく』の世界から生まれたキャラクターを主人公にした絵本「うんたろう たびものがたり」を出版します。絵本は伝えるという意味で、非常にいいツールですし、映画とはまたちがって親子で循環型社会を楽しく学べる機会になると思うんです。

さらに、このキャラクターを元にしたアニメーション『うんたろう たぴものがたり』も作っています。このアニメはU-NEXTで配信になります。『せかいのおきく』の劇場公開は4月28日からですが、これは今後海外での上映も決まっています。この作品は内容的に旬がなく、普遍的なもの。撮って出したら終わりではなくて、「映画」を通して環境問題を伝えていくという「YOIHI PROJECT」の活動を続けていけたらと思います。

harada_mitsuo_04 | 美術監督・原田満生が発起人の「YOIHI PROIJECT」


【プロフィール】

原田満生
1965年、福岡県出身。美術スタッフとして阪本順治監督などの作品に多数参加したのち、セットデザイナーを経て、『愚か者 傷だらけの天使』(98)で美術監督を務める。00年、『顔』『ざわざわ下北沢』で毎日映画コンクール美術賞、藤本賞特別賞を受賞。以後も、『舟を編む』(13)、『日日是好日』(18)で毎日映画コンクール美術賞を受賞。企画・プロデューサーとして本作を立ち上げ、美術も手掛けている。



【作品紹介】せかいのきおく

せかいのおきく_場面写真 | 美術監督・原田満生が発起人の「YOIHI PROIJECT」
(c)2023 FANTASIA

2023 年4月28日(金)GW 全国公開

脚本・監督:阪本順治
出演:黒木華 寛一郎 池松壮亮 眞木蔵人 佐藤浩市 石橋蓮司
製作:FANTASIAInc./YOIHI PROJECT
制作プロダクション:ACCA
配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア


特別番組『せかいのおきく エピソード0』をU-NEXTで独占配信中

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