“光と影の魔術師”リドリー・スコットのフィルモグラフィーを振り返る
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“光と影の魔術師”リドリー・スコットのフィルモグラフィーを振り返る

2024.11.27 18:00

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サー・リドリー・スコット。今年87歳を迎えるイギリス生まれのこの巨匠は、SF、ファンタジー、サスペンス、歴史大作と、節操がないほどにあらゆるジャンルを横断してきた。

その創作意欲は衰えるどころか、マグマのようにますます燃え盛り、ここ10年のスパンだけでも『オデッセイ』(2015)、『エイリアン: コヴェナント』(2017)、『ゲティ家の身代金』(2017)、『最後の決闘裁判』(2021)、『ハウス・オブ・グッチ』(2021)、『ナポレオン』(2023)、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024)と、とんでもないペースで作品を発表し続けている。

自らストーリーボードを描き、猛烈スピードで撮影を済ませ、編集やCGなどのポストプロダクション作業を進めながら、次回作の仕込みもしてしまうマルチタスクぶり。おまけに他作品のプロデュースや、次々回作の企画検討も同時並行で行っている。スティーヴン・スピルバーグ(77歳)、クリント・イーストウッド(94歳)と並んで、「ワーカホリックお爺ちゃん監督三人衆」のひとりと呼んで差し支えあるまい。

セット・デザイナーとしてキャリアをスタートさせた彼は、1970年に弟のトニー・スコットと共にスコット・フリー・プロダクションズを設立(当時の名称はパーシー・メイン・プロダクションズ)。ジョージ・オーウェルのSF小説『1984』をオマージュしたAppleコンピュータのCMなど、テレビコマーシャルの世界で名声を博し、映画の世界にも進出。その後の活躍は、皆さんご存知の通りである。

彼の最大の特徴といえば、精密に組み立てられた映像美。まるで印象派の絵画をスクリーンに焼きつけたかのような長編デビュー作『デュエリスト/決闘者』(1977)から、その圧倒的ビジュアルは冴え渡っていた。ロンドン王立美術大学出身のグラフィック・デザイナーでもある彼は、映画の1シーンをタブローのように設計していく。

逆光、シルエットの多用。スローモーション、コマ落としといった流麗な演出。スピーディーなカット割り。あらゆる映像テクニックを総動員して、リドリー・スコットはエイリアンとの遭遇を、シフターフッドを、剣闘士の戦いを、過酷な戦場を描く。まさに彼は“光と影の魔術師”なのである。

11月15日からは、アカデミー作品賞を受賞した歴史大作『グラディエーター』(2000)の続編『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』が、全国劇場で絶賛公開中。今なお現役バリバリのフィルムメーカー、リドリー・スコットの偉大なるフィルモグラフィーの一部を紹介しよう。

『ブレードランナー』(1982)

ブレードランナー

説明不要にして問答無用。フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を元に、ハンプトン・ファンチャーが私立探偵フィリップ・マーロウのようなハードボイルドのエッセンスを組み込み、リドリー・スコットがサイバーパンク的世界観で構築した傑作。レプリカントのロイが「そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように」と語りかけるセリフは、演じたルトガー・ハウアーがアドリブを加えていたことでも有名。ちなみに近未来のロサンゼルスが舞台となっているが、時代設定は2019年なので、実はもう5年前のことになる。

レジェンド/光と闇の伝説』(1985)

レジェンド/光と闇の伝説
© 1985 Universal City Studios, Inc. All rights reserved.

トム・クルーズ主演のダーク・ファンタジー。冒頭から、花びらや綿毛がヒラヒラ舞う幻想的ビジュアルにノックアウトされる。『ブレードランナー』の重要なモチーフだったユニコーンも登場。この映画の撮影中に『トップガン』(1986)の出演オファーが舞い込んだものの、あまり乗り気ではなかったトム・クルーズに説得を買って出たのは、リドリー・スコットだったんだとか(『トップガン』の監督は、リドリーの弟トニー・スコットだった)。

『ブラック・レイン』(1989)

ブラック・レイン
TM & Copyright © 2021 Paramount Pictures. All rights reserved.

リドリー・スコットが一貫して描き続けてきた「異人種/未知なるものとの遭遇」というテーマを、日本・大阪を舞台にして描く刑事アクション。この映画における日本人とは『エイリアン』のモンスターであり、『ブレードランナー』のレプリカントなのだろう。それだけにマイケル・ダグラス演じる主人公刑事が、高倉健と少しずつ友情を育んでいく描写は胸に迫る。これが遺作となった松田優作の鬼気迫る演技は、もはや伝説。若山富三郎の吹き替え丸出しイングリッシュが、今見ると逆に微笑ましい。

『テルマ&ルイーズ』(1991)

テルマ&ルイーズ
© 2004 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.. All Rights Reserved

圧倒的なフィルモグラフィーを誇るリドリー・スコットだが、正直90年代は不遇の時代だったといえる。『1492 コロンブス』(1992)も、『白い嵐』(1996)も、『G.I.ジェーン』(1997)も、正直彼の代表作とは言い難い。そのなかでも、1991年に発表された『テルマ&ルイーズ』は、一際強烈な光を放っている。専業主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)とウェイトレスのルイーズ(スーザン・サランドン)が、ひょんなことからお尋ね者となってしまう、女性版アメリカン・ニューシネマ。シスターフッド映画の偉大な金字塔。この作品が初脚本となるカーリー・クーリは、いきなりアカデミー脚本賞の栄誉に輝いた。

『グラディエーター』(2000)

グラディエーター

第73回アカデミー賞で作品賞に輝いた、威風堂々たる歴史大作。ウィリアム・ワイラー監督の『ベン・ハー』(1959)や、スタンリー・キューブリック監督の『スパルタカス』(1960)といったスペクタル史劇の伝統を、リドリー・スコットは圧倒的な筆致で現代に蘇らせた。ラッセル・クロウ演じる主人公マキシマスを完全に陵駕する、皇帝コモドゥス役ホアキン・フェニックスの怪演っぷりが凄い。それにしても、公開から24年後に続編が作られることになろうとは。

『ハンニバル』(2001)

ハンニバル
© 2001 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. and UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

アカデミー賞主要五部門を獲得した名作、『羊たちの沈黙』(1991)の正当なる続編。だがリドリー・スコットはこの映画を、まるで70年代イタリアン・ホラーのようにグロテスクな作品に仕立て上げてしまった。R-15指定も納得の、猟奇シーンのオンパレード。リドリー的ダークサイド・アートの極致。「腹を空かせた大量のブタが人間に食らいつく」という、トンデモ場面がこともなげにインサートされているので、視聴にはくれぐれも注意を。

『ブラックホーク・ダウン』(2001)

ブラックホーク・ダウン
©2001 Revolution Studios Distribution Company, LLC and Jerry Bruckheimer, Inc. All Rights Reserved.

1993年にソマリアで起きた「モガディシュの戦闘」を、ほぼ2時間にわたって描く市街戦映画。「リドリー・スコット作品は、映画のなかのタイムスパンが短ければ短いほど面白い」が筆者の持論なのだが、ほぼ1日の出来事を描く本作は、非常にリドリー・スコットにマッチした題材といえるだろう。ジョシュ・ハートネット、ユアン・マクレガー、エリック・バナ、オーランド・ブルーム、トム・ハーディといった俳優たちが大挙出演している「スター映画」でもある。

『マッチスティック・メン』(2003)

マッチスティック・メン
© Warner Bros. Entertainment Inc.

主人公の詐欺師ロイ(ニコラス・ケイジ)が、長らく疎遠だった娘のアンジェラ(アリソン・ローマン)と再会することで、心の平穏を取り戻していくヒューマン・コメディ。ライアン・オニールとテータム・オニールが父娘共演した『ペーパー・ムーン』(1973)を彷彿とさせるストーリーに、思わずほっこりしてしまう。やはり最大の見どころは、重度の強迫性障害を患ったロイを体現する、ニコラス・ケイジの爆裂テンパり演技。神経質で心配性な主人公とは、つまりリドリー・スコット自身のことだろう。ある意味で本作は、非常に自己言及的な作品ともいえる。

『アメリカン・ギャングスター』(2007)

アメリカン・ギャングスター
© 2007 Universal Studios. All Rights Reserved.

1960年代から70年代にかけて、ニューヨークの麻薬王として君臨した実在の人物、フランク・ルーカス。いかにして彼が巨大麻薬帝国を築き、そしてどのように崩壊していったのかを、デンゼル・ワシントン×ラッセル・クロウの二大スター共演で描くクライム・ドラマ。この映画に触発されて、ラッパーのJay-Zがその名もズバリの「アメリカン・ギャングスター」というアルバムをリリースしたことは有名。ブライアン・デ・パルマ監督&アル・パチーノ主演の『スカーフェイス』(1983)もパフ・ダディやスヌープ・ドッグに影響を与えたことで知られているが、優れた犯罪映画はヒップホップ・カルチャーと接続する歴史があるのだ。

『ロビン・フッド』(2010)

ロビン・フッド
© 2010 Universal Studios. All Rights Reserved.

幾度となく映画化されてきた「シャーウッドの森に身を隠す、義賊ロビン・フッド」ではなく、それ以前の「イングランド兵士としてフランス軍に立ち向かう、英雄ロビン・フッド」を描く歴史ロマン。亡くなったノッティンガム領主を偽るロビン(ラッセル・クロウ)と、未亡人マリアン(ケイト・ブランシェット)が偽夫婦を演じているうちに、本当の恋が芽生えていく様子がリドリー・スコットらしからぬラブコメ・タッチで描かれる。

『ゲティ家の身代金』(2017)

ゲティ家の身代金
© 2017 ALL THE MONEY US, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

当時世界一の大富豪と称された実在の石油王、ジャン・ポール・ゲティ。その孫が誘拐されて莫大な身代金が要求されるも、その支払いを拒否したことでゲティ家は大混乱に陥る…。有名な誘拐事件を虚実織り交ぜて描く、いかにもリドリー・スコットらしいスキャンダラス・ドラマ。当初ケヴィン・スペイシーがゲティ役を演じていたが、セクハラ報道によって急遽クリストファー・プラマーが代役となって全シーンを撮り直したことは有名。準備期間がほとんどなかったにも関わらず、クリストファー・プラマーは圧巻の演技でアカデミー助演男優賞にノミネートされた。

すでにリドリー・スコットは、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』で主演を務めたポール・メスカルと再びタッグを組んで、ピーター・ヘラーのSF小説『ドッグ・スターズ』の映画化を正式アナウンスしている。それとは別に、来年2月からは「ステイン・アライヴ」や「愛はきらめきの中に」で知られるバンド「ビージーズ」の伝記映画にとりかかる予定なんだとか。

おそらくこの巨匠は90代になっても、いや、ひょっとしたら100歳を超えても、超人的な仕事量で映画を撮り続けていくのだろう。我々にはまだまだリドリー・スコット映画を愉しむ権利が残されている。

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