日比谷音楽祭実行委員長・亀田誠治が描く、誰もが楽しめるアフターコロナの音楽フェス
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日比谷音楽祭実行委員長・亀田誠治が描く、誰もが楽しめるアフターコロナの音楽フェス

老若男女、誰もが楽しめる入場無料の音楽フェスとして、東京・日比谷公園で2019年にスタートした日比谷音楽祭。2年目以降はコロナ禍に翻弄されつつも、ラジオや無観客生配信、規模を縮小しつつ会場と生配信によるハイブリットでの開催など、状況に応じて臨機応変に対応しつつ「フリーでボーダーレス」な意義を伝え、広めてきています。そして今年、初回以降4年ぶりに規制や自粛のない有観客でのフェスと生配信というふたつの発信スタイルで開催を迎えます。日比谷音楽祭の実行委員長である音楽プロデューサーの亀田誠治さんとフェスおじさんことライターの菊地崇さんに、世代を超えるフェスについて語り合ってもらいました。


ニューヨークで見た音楽がもたらす素敵な光景

菊地:日比谷音楽祭をスタートさせた、そもそものきっかけはどういうものだったのですか。

亀田:40代後半から、毎年1ヶ月くらい「休暇」という名目で海外に行って音楽のことをもう一度考える時間を作っていたんです。ロサンゼルスでは、現地のミュージシャンやプロデューサーの方々と一緒に曲を作ったりしていました。2016年には、その長期休暇でニューヨークに行ったんです。ある日、マンハッタンのセントラルパークを歩いていたら、風に乗って、すごく気持ちのいい音楽が流れてきて。公園を見渡してみたら、素敵な行列ができている。ただ並んでいるだけじゃなくて、椅子を持ってきて本を読んでいる人もいれば、ピクニックバスケットを持ってきてサンドイッチとワインを飲んでいる人もいる。老夫婦は手を繋いで待っているし、ちょっと離れたところではサックスを吹いて待っている。一緒にいた現地の人に「これ、なんの列?」って聞いたら、「お前、知らないのか。夏になると、セントラルパークでフリーコンサートが毎晩のように開かれるんだよ」と教えてくれたんです。

菊地:クラシックからロックまで、セントラルパークでは様々なジャンルのコンサートが開かれていますよね。古くはサイモン&ガーファンクルの伝説のコンサートとか。

亀田 有料のコンサートもあるんだけど、基本は入場無料のフリーコンサート。並べば誰でもタダで見ることができる。コンサートが始まるまで、のんびり並んでいるんですっていう雰囲気の光景が、僕にとってはとても新鮮で尊いものに思えたんです。

菊地:確かに日本だとしたら、のんびりしている雰囲気はないでしょうから。

亀田:この人たちの生活の中には音楽が根付いていて、音楽そのものを楽しむための人生を楽しんでいるんだなって気付かされて。いつか日本でも、こういうことをやりたいって思って、心にしまって東京に戻ったら、神様が見ていてくれたんですよ(笑)。「日比谷公園全体を使った音楽フェスを亀田さんプロデュースでやってほしい」と。

菊地:セントラルパークで見た光景が、日本でも展開される。そんなイメージが浮かんだんですね。

亀田:「来た!あれだ!」って。ぜひやらせてくださいと引き受けたんです。

日比谷音楽祭_インタビュー02


誰もが楽しめるフリーコンサートへのこだわり

菊地:日比谷音楽祭が初開催されたのは2019年でした。

亀田:準備期間が2年以上になったんですよ。実はひとつ、大きなかけ違いがあったんです。僕はニューヨークで見た、都心の公園で行われる誰もが楽しめる場であり、トップアーティストから様々な才能のあるアーティストが一堂に集まるフリーコンサートを考えていました。今の日比谷音楽祭のスタイルですよね。しかしオーダーした側は、有料のフェスをやってほしいと。

菊地:そのふたつは、フェスという同じフィールドなんでしょうけど出発点が違いすぎますよね。

亀田:欧米の真似をするわけじゃなく、日本でもこういうフェスが必要だ。しかも日本の首都東京のレガシーとして、ユニーバーサルな視点から見ても絶対にこのフェスは育っていきますからって説明したんだけど、どうしても通じず。1回目の開催数ヶ月前に資金調達の要である代理店が事務局から離れてしまったんです。

菊地:初開催までに激動があったんですね。亀田さんは、東京で開催されるフリーイベントということにこだわり続けた?

亀田:フリーイベントであるということが根幹にあり、そして良質な音楽がある。この2つの軸を崩さないっていうことだけは守ってきました。「前例がない」と言って降りた人もいたとはいえ、僕の考えに共感してくれる人も少なくなかった。無料イベントとはいえ、トップミュージシャンが集まり、運営スタッフもプロがやるわけだから資金が必要なわけです。最低限の経費を集めなきゃいけない。その最低限の経費を、協賛金と助成金、そしてクラウドファンディングによって集めようと。僕の理念に賛同してくれる仲間を集めてもう一度チームを組み直しました。

菊地:今でこそクラウドファンディングは資金を集めるための有効な手段のひとつとして認識されていますけど、当時はまだそこまで広がっていなかったのではないですか。

亀田:確かに、未確定要素だからクラウドファンディングからの資金を予算書に計上するのはやめたほうがいいぐらいの風潮でしたね。というわけで「クラウドファウンディング=補完」という意味合いで始めましたが、結果的により多くの人に日比谷音楽祭を知ってもらうひとつのきっかけにもなったと思います。そしてようやく第1回が開催できて。これがうれしいことに大成功でした。2日間で10万人以上もの人が日比谷公園に来てくれたんです。「よっしゃあ、来年も」って。

日比谷音楽祭_インタビュー03

日本で前例のないことへの挑戦

菊地:実現して、多くの人が日比谷公園に集まる光景を見て、どんなことを感じていましたか。

亀田:前例のないことをやってみよう、やってみたい。だってニューヨークやロンドンでは、当たり前のように毎年やっていることなんだもん。それを東京の僕らにできないはずはないって思って。開催して、失敗したなっていうことは本当になくて。ただそこまでの道のりがあまりにも険しくて、聞くも涙、語るも涙だったので。「登る山は高ければ高いほど、登ったときは気持ちいい」。ミスチルの歌みたいな、そんな感じです(笑)。「桜井(和寿)さんの歌っていること、本当だったわ」みたいな。目標としていたことを実現できた達成感と、この日比谷音楽祭という存在をもっともっと知ってもらいたいなって思っていました。

菊地:1回目を開催したことで、やっとスタート地点に立てたという感覚だったのですね。

亀田:次が見えたことは確かです。そしたら来ちゃったんですよ、コロナが…。

菊地:2回目が開催される予定だった2020年5月は、緊急事態宣言がはじめて発出されていた時期でした。

亀田:収束したあかつきには、みたいなことを多くの人が言ってたんですけどね。ただ世の中全体が何もできないっていう状況になってしまいましたから。実行委員に入ってくださっているニッポン放送さんが、プロ野球のナイターも飛んでしまっていたこともあって、その時間枠でラジオで日比谷音楽祭をやらないかって言ってくださって。ラジオで『日比谷音楽祭 ON RADIO』を放送し、その様子をYouTube Liveで『日比谷音楽祭 ONLINE』として生配信したんです。まだオンラインの配信っていう概念が、日本では広まっていないときでしたね。

菊地:翌年の2021年では無観客生配信を行いました。

亀田:記憶を遡ると、2021年も、コロナの収束は近いだろうって話をしていましたね。もう大丈夫かもと思いながらも、もしものことがあったらと配信の準備も進めていました。日比谷音楽祭は日比谷公園全体を使っていることもありますから。

菊地:都立の公園だからこそ規制も多い?

亀田:一般の方も自由に出入りできるのが公園です。だから非常にレギュレーションも厳しい。当時、野音はマスクをすれば収容人数の半分は入れてもいいということだったんですけど、緊急事態宣言がこの年も延長されて、日比谷公園をイベントで使ってはいけないというお達しが出て。野音だけ人を入れてやったとしても、それでは日比谷音楽祭が目指すものにはならない。断腸の思いで、無観客生配信で全ステージを届けることに決めたんです。それが開催の2週間前。

菊地:いろんなことを想定して動いていたからこそ、その決断がもたらされたんだと思います。

亀田:配信であっても、音の臨場感にはこだわりました。配信してくれたU-NEXTさんに超わがままを言って、音のミックスバランスもリハーサルから立ち会ってアーティストや僕たちがどんな音楽を表現したいかをわかり抜いてくれているPAエンジニアがライブ会場で調整した音をそのまま流す。配信だからある程度のクオリティーロスはしょうがないって妥協するのではなく、配信でも最高の音と最高の映像を送ろうと。それと3チャンネルを同時に走らせて、野音のステージだけではなく、すべての会場のライブを見られるっていう形にしてもらったんです。

菊地:その結果があって、2022年は有観客と生配信というスタイルになったのですね。

亀田:2022年は会場に来てくれた方が約10万人。そして配信は20万8000人もの方が見てくれました。日比谷音楽祭にとっての配信は、オフラインの補完ではなく、日比谷公園に来られない人に向けてのメッセージでもあると思えたんです。

菊地:確かに当日に来られない人もいるし、当日に見られない人もいるわけですから。

亀田:配信自体を日比谷音楽祭の魅力を楽しんでもらうポジティブなコンテンツだっていうふうに考え直したんですね。だから今年も、配信ありきで進めているんです。

日比谷音楽祭_インタビュー04

屈託のない形で音楽が楽しめるフェスへ

菊地:去年の日比谷音楽祭での有観客ライブは、ステージに立つミュージシャンとして、どんな感覚でしたか?

亀田:無観客のときでも、アーティストや自分のバンドの仲間と一緒に音を鳴らせることが満足だったんですね。ミュージシャンってかわいいもので、馬の人参じゃないけど、これだけでもうれしかったりするわけ。去年はお客さんが入って、みなさんマスクをして声を出せないんだけど、拍手が聞こえるだけで、やっぱり全然違って。

菊地:目だけでも伝わってくるものがあるって、ミュージシャンの方から聞いたことがあります。

亀田:お客さんからの熱い「気」を感じるんですね。その気によって、僕らの演奏も熱がこもった。今年になって、僕自身も歓声ありのライブも何本かやってきているんですけど、本当に「戻ってきた」っていう感じになりますよね。今年の日比谷音楽祭では、コロナ対策に関してはすべて参加する人の任意にしています。声を出すことに躊躇する方もいると思います。マスクをしてもしなくてもいいし、声を出してもいいし出さなくてもいい。誰も排除しないという日比谷音楽祭が掲げた、誰もが楽しめるフェスになればと思っています。

菊地:今年、ここが変わるということはあるのですか。

亀田:フードエリアを解禁します。日比谷音楽祭自慢の美味しいフードが戻ってきます。その中にはアーティストがプロデュースするフードもあります。今年の日比谷音楽祭について、こんな言葉を使わせてもらって説明しています。「屈託のない形で音楽が楽しめる夏フェスの第1号」。

菊地:開催が近づいてきて、少しずつワクワクしているというような状態ですか。

亀田:はい。屈託なくリアルでライブを体験できるということはかけがえのない経験になると思います。自分がもし10代後半や20代前半でコロナ禍の制限にあっていたら、ちょっとおかしくなっていたと思いますよ。

菊地:確かにその多感な時期って、笑うことも泣くことも怒ることも、一番激しくいられるときですから。

亀田:はいその一番大切なときに、イベントやライブをリアルで体験するっていうことを強制的に奪われてしまった世代の人たちへ、イヤホンで聞く音楽も気持ちいいけど、実際のステージから生の歌声や演奏が聞こえてくることもめちゃくちゃ感動的だよっていうことを、今年の日比谷音楽祭では伝えたいんですよね。配信を見るのもいいけど、もし来られるのなら日比谷においでよと。小さなお子さんでも楽しめるキッズ向けのエリアも再開させますし、世代を超えて多くの人が楽しめる場になっていると思います。

菊地:日比谷音楽祭は、日本でもっとも幅広いフェスなんだろうし、それを実現させるために、いろんなことを考えていらっしゃるんですね。

亀田:日比谷音楽祭は、ボーダーレスかつユニバーサルな目線に立っているけれど、日本人的な細やかな改善とか工夫とかを繰り返して進化してきているんですね。大きくするというよりも質を高めていくということを根底に考えています。

菊地:質を高めることで、長く続いていくし、広く浸透していくと思います。

亀田:より大きくっていうのは、昭和や平成の考え方ですよね。いつか疲弊して限界が来てしまう。少子化もそうだし、CO2の問題も同じ。地球のことであったりひとりひとりの人間のことを考えていくと、エンターテインメントも、大きくっていうことよりも質を高くすること。もしくは人の心を豊かにしていくっていうことに力を注いでいくことが大事なんじゃないかと思っています。

日比谷音楽祭_インタビュー05

タダよりもいいものはない

菊地:今年は日比谷野音の100周年のメモリアルイヤーです。そして今年を最後に日比谷野音は改修されるという記事を読みました。

亀田:来年のどこかから改修に入るんですけど、公園全部が使えなくなるわけじゃなくて、ポイント、ポイントを改築していく。工事が終わるまで10年かかるっていうことらしいです。

 菊地:少なくとも、都心のオアシスという雰囲気は残してほしいものです。

 亀田:明治神宮も日比谷公園も、本多静六さんという造園家であり投資家であり学者である方が100年かかってさまざまな木々がお互い助け合って育っていくようにって構想して木々を植えたんです。あらためてその100年の歴史がもつ意味を大切にしなければいけないと思っています。今あるものを大切にしながら創意工夫を凝らして未来に繋げていくことだって「進化」です。しかもそれはやがて「文化」になって永遠の財産になっていきます。日比谷音楽祭が日比谷公園という場所を、文化を、次の100年に向けて一緒につくっていけるような存在になれたらと思っています。

菊地:今年の日比谷音楽祭ではどんな楽しみ方をしてもらいたいと思っていますか。

亀田:とにかく、思いのままに楽しんでもらいたいですね。タダなんですから(笑)。

菊地:タダより高いものはないっていう慣用句もありますけど(笑)。

亀田:いやいや、日比谷音楽祭に限って言えば、タダよりいいものはありませんよ(笑)。無料は貴重なリアル体験の開かれた入口になると思います。ここで素晴らしい音楽を見たり聞いたりすることで、「このアーティスト、すごい」とか「この楽器、おもしろい」とか、絶対に何かを感じる。いろんな音楽に興味を持ってもらって、その先に作品を買ったり、コンサートに行ったり、楽器を買ったり習ったり、音楽にお金を使ってほしいですね。クラウドファンディングもそうなんですけど、地球や時代が進化していくなかで、様々な人が、自分の目利きで文化を応援していく。そういう社会に日本が近づいて行ったらいいなと思っています。

日比谷音楽祭_インタビュー06


祝・日比谷野音100周年 日比谷音楽祭2023

日比谷公園で開催される、フリーで誰もが参加できる、ボーダーレスな音楽祭を生配信!

配信開始前、または配信終了しています。
配信開始前、または配信終了しています。

<6月2日の公演について>
・悪天候に基づく主催判断により公演の中止が発表されました。
・公演中止に伴いライブ配信も中止となります。
・詳細は公式サイトでご確認ください。
 

楽しみにお待ちいただいていたお客様へは申し訳ございませんが、ご理解賜りますようお願い申し上げます。

日比谷音楽祭はクラウドファンディングによるご支援を受け付けています。みなさんのご支援が、誰かの音楽体験につながり、豊かな音楽文化が育まれ、きっとみなさんの元に戻ってきます。音楽文化を支援するという大きな循環の中にぜひご参加ください。

クラウドファンデイングについてはこちら


<プロフィール>

亀田誠治

椎名林檎、平井堅、スピッツ、いきものがかりなど、数多くのアーティストのプロデュースやアレンジを手掛ける日本を代表する音楽プロデューサー&ベース・プレイヤー。東京事変のメンバー。日本レコード大賞編曲賞や日本アカデミー賞優秀音楽賞など受賞歴も多数。2019年にスタートした参加費が無料の日比谷音楽祭では実行委員長を務めている。

菊地崇

フェスやオーガニック、エコロジーなどのテーマを、紙媒体をメインに多角的に発信し続けている編集者・ライター。フリーペーパー『DEAL』発行・編集人。2019年にNPO日本ミュージックフェスティバル協会を設立して会長に就任。フェス界隈では「フェスおじさん」と呼ばれている。


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