安住紳一郎さんの2024年の1本は『マミー』
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安住紳一郎さんの2024年の1本は『マミー』

2024.12.18 12:00

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安住紳一郎さんが、映画『マミー』を「2024年の1本」に選んだ理由

安住紳一郎

『マミー』を観たのは今年の9月です。番組のスタッフと話していて、和歌山毒物カレー事件を取り上げた映画が公開されていると知りました。袴田事件のことが話題になっているタイミングでもありましたし、気になって映画館へ向かうことにしました。

和歌山毒物カレー事件が起きたのは1998年。実は、自分もあの事件の取材場所にいた人間の一人です。当時はTBSに入社してまだ1-2年目の頃。社会情報局という部署でワイドショーを担当し、その取材のために何度か足を運んでいたことを思い出しました。

作品を観て特に印象に残ったのは、取材に答えたくない、カメラを回してくれるなという人たちに対しても、諦めず話を聞こうとする姿勢です。自分たち放送局はいつからか、そういうことをやっちゃいけない、嫌われちゃいけない、個人の権利は守らなきゃいけないなど、色々なことを徹底するようになりました。もちろん、そうした徹底には意味があるし、守るべきだと思います。一方で、あまりにも徹底しすぎてしまうと、知れたはずの真実を知れないままになってしまうかもしれない。グイグイ行くべきときがあってもいい、なんでもかんでも事なかれ主義はやっぱり良くない。私自身も含めて、取材する側は「ここに真実がある」と思ったら、何かを捨ててでも勝負をかけるべきだと思います。

そうした意味で、『マミー』は「真実を知れないことの危険性」について、気づいたり考えたりするきっかけになる作品だと感じました。観た人のなかには「こんな取材は良くない」と思った人もいれば、「これくらいやらないと真実にはたどり着けない」と思った人もいるはずです。真実を知らないことは不幸だと感じるのか、もしくはそれでも良いと感じるのか。みんなが望む社会とは何なのかを考えることにも、つながる作品ではないでしょうか。

先日20代前半の番組スタッフと話していて、和歌山毒物カレー事件をまったく知らないことに驚かされました。25年ほども前の出来事ですから、無理もないのかもしれません。私が20代だった頃は好き嫌いにかかわらず、テレビを通して自分たちの生まれてくる前の事件を次々に、半ば強制的に見たり聞いたりする日常が当たり前でした。情報のシャワーを一方的に、毎日浴びているような感覚です。だからこそ、自分が生まれてくる前の事件であっても、ある程度知っていることが少なくありませんでした。

一方で、今は膨大な情報から自分が見たいもの、知りたいものだけに触れる時代です。言い換えれば、自分が関心のない情報や、知りたくない情報は全然入ってこない。この作品がきっかけで後輩と話したことで、そうした社会の変化にも改めて気付かされました。ひとまず、後輩たちにはこの作品を勧めました。

私自身は、ドラマや映画をそこまでたくさん観るタイプではありません。好きなジャンルはノンフィクション。どちらかというと、現実社会に即した内容のものが好きなのかもしれません。

ドラマを始めとしたフィクション作品について、最近は地上波ではなく、映画や配信サービスといった別のプラットフォームを通して出すのが珍しくなくなりました。ノンフィクション作品もまた、そうした流れになりつつあるのではないでしょうか。たとえば、富山の放送局であるチューリップテレビが制作したドキュメンタリー作品『はりぼて』は、2020年に映画館のみで公開されました。富山県議会の腐敗を追求したドキュメンタリーで、おそらく地上波で出すにはハードルの高い作品だったと思います。そうした取り扱いの難しい作品でも、お金を払った人だけが観る前提の映画館や配信サービスなら、地上波よりも届けやすくなります。さまざまなプラットフォームが、ある種地上波のサブチャンネルのような形でも使われ始めている。今後もその流れは続いていくのではないでしょうか。

この流れは、もちろん私を含め放送局の人間も向き合うべきものです。作品一つひとつに対する感想が可視化され、良くも悪くもすべて作り手に届く時代になりました。作品の意図が真意とは違う形で伝わってしまい、誤解されてしまうことも増えたように感じます。そうした難しい時代において、作り手にとってもプラットフォームの使い分けはますます大切になってくるはずです。そういう意味では『マミー』というドキュメンタリーも映画館で見る映像作品でした。作り手にとって届け方を考えるきっかけとなる作品のひとつであるとも言えるかもしれません。

安住紳一郎さんプロフィール

1997年入社。現在は「THE TIME,」「情報7daysニュースキャスター」、ラジオ「安住紳一郎の日曜天国」などを担当。

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