水ダウ「名探偵津田」は何がすごかったのか?
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水ダウ「名探偵津田」は何がすごかったのか?

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  • 犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ
  • -354 犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ
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TBSテレビ系列で2014年から現在まで10年近く放送されている、人気バラエティ番組『水曜日のダウンタウン』。毎回、芸人やタレントが自らの提唱する“説”をプレゼンし、その“説”が本当なのかどうかを検証するVTRを紹介。そのVTRを軸に、スタジオで出演者たちがトークを繰り広げるという構成になっています。

カリスマ的人気を誇るプロデューサー・演出家の藤井健太郎による番組であることも広く知られています。

そんな『水曜日のダウンタウン』で2023年に最も話題を呼んだ回の1つが、この「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説 第2弾」です。11月8日と11月15日の2週にわたって放送されたこの企画は、2022年に放送された同タイトルの“説”の続編でした。

「下手なミステリードラマよりも面白かった」「テレビ観ながら叫んでしまった」「映画化してほしい」などとSNSで話題になったこの企画、一体何がすごいのか? 魅力をご紹介します。

※以下ネタバレを含む表現があります。ご注意ください。

「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せない」ってどういうこと?

まずは2022年に放送された回についてご説明します。

バカリズムが持ち込んだ「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説」のターゲットは、お笑いコンビ・ダイアンの津田篤宏です。

「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せない」? スタジオの面々も最初の説明を聞いた時には不思議そうな面持ち。出川哲朗の「なんか面白そうだけど……ごめん全然わかんない」というコメントが象徴しています。

偽のロケ企画で山奥のペンションに呼び出された津田。ディレクターと前日に打ち合わせをして翌朝起きたところで、ミステリードラマ仕立てのドッキリが始まります。

撮影クルーが現れないために起こしにいったディレクターが、部屋で殺されているカメラマンを発見します。さすがドッキリ百戦錬磨の津田、どう考えてもおかしな状況を前に、すぐにこれは本当の事件ではなく何らかのドッキリであることを察します。

なぜかあまり出血が見られない死体、なぜか居合わせた医者、なぜか割り出された死亡推定時刻、なぜか警察や救急車を呼ばず「一旦(情報を)整理しましょうか」と主張するディレクター……明らかにおかしなことだらけです。

ドッキリであれば普通はここで終わりですが、「犯人を見つけないと終わらない」という企画のため、撮影は続きます。そして着実に、このミステリードラマの舞台が整っていきます。

大雨で橋が落ちてしまっていて、誰もペンションに出入りできないという密室状況。昨日から宿泊しているのはここにいる人たちだけ。それらがディレクターから丁寧に説明された後、「ということは、犯人は……どういうことですか?」ととても不自然な会話のパスを出された津田は、困惑しつつも2度目でようやく「(犯人は)この中にいるみたいなことですか?」とおずおずと切り出します。

するとそのセリフがきっかけとなって、ストーリーが次のフェイズに展開していきます。何のドッキリなのか詳細はわからないものの、とにかく犯人を見つけないと企画が終わらないことを悟った津田は、渋々、本当に渋々ながら探偵役を引き受けることに。

番組の空気を読まず視聴者の声を代弁するダイアン津田という、狭間の存在

ここで光っているのが、何より、ドッキリのターゲットで探偵役でもあるのが「ダイアンの津田」という人選の妙でしょう。とりたてて聡明でもない、かと言ってめちゃくちゃ察しが悪いわけでもない(ドッキリということにはすぐ気付く)。

しかも、とにかく津田はこの明らかに手の込んでそうなややこしいドッキリ企画に乗っかるのをめんどくさがります。心底嫌そう、という点がこの場合は重要です。なぜなら、その方が“リアリティ”があるからです。

誰でも事件に巻き込まれたら、面倒に思うでしょう。まさにドラマでもない限りはそれが当たり前で、この企画で視聴者が感情移入できるとしたら津田ですが、探偵役がノリノリすぎるのも不自然で白けてしまうはずです。

また現代日本において、どこにも移動できない、誰にも連絡が取れないといった極限の密室状態はつくろうとしてもなかなかつくれるものではありません。

現に番組でも、みんななぜか携帯電話が圏外という“設定”になっていますが、津田の携帯は普通に繋がります。ですが津田の「(電波が)3本立ってますよ」という主張も無視され「圏外だ」「圏外ですね…」といったチグハグなかけあいがしばしば発生し、それが可笑しくもあります。

津田のツッコミのおかげで白けずに笑える

津田は、視聴者が思っている/感じていることをちゃんと口にします。番組にもツッコミまくり、違和感を口にしまくります。津田は番組が用意したミステリードラマというフィクションに染まらず、私たち視聴者のいる現実の側に留まろうとします。

「私たちで事件を解決しませんか?」と提案してくるディレクターに、「なんでやねん!」「なんでなん?」「なんで俺が解決せなアカンの?」という津田のツッコミは本当にその通りで、どこまでも本音です。現実では殺人事件が起こったとしても、自分で解決するように迫られることはないからです。

番組的には空気を読まない彼の振る舞いは、実は視聴者に対する等身大の写し鏡でもあります。だからこそスタジオのパネラーとしては諦めの悪い津田をいじりまくれるし、視聴者としては「そんなわけないだろ(笑)」という冷めたツッコミをあらかじめ津田に代弁してもらっているから安心して笑えるし共感を集めるのです。

この二重構造を成立させるためには、続編の冒頭でおぎやはぎの矢作兼が口にするように、津田という探偵役は非常に「ちょうどいい」のです。

現実とフィクションの境界を揺さぶる瞬間、津田は「怖い!」と叫ぶ

もう1つこの企画がすごいのは、現実とフィクションの境界を曖昧にする瞬間が現れる点です。

「ミステリードラマの世界」という違和感をちゃんと引き立て、現実の存在としてその違和感にギリギリまであらがう津田。現実とフィクションの綱引きが行われている状態が、この企画の肝です。しかし津田がひょんな時に、その裂け目に落ちて迷い込んでしまう瞬間が訪れます。

「橋が流れて通れなくなった」「僕たちここにいるしかないってことですか?」というやりとりの最中、「ブンブンブンブン車通ってるよ」と窓を指差す津田のセリフだけは無視され、他の人たちの説明台詞が続いていきます。

脇役たちはゲームのNPCのよう

ロールが定められていて、特定のシーンにおいては同じ行動やセリフしか言えないゲームキャラのような「ミステリードラマの世界」の住人たち。津田が正しい推理をしないと、一言一句同じ質問が繰り返され、場面が進みません。

話が噛み合わない様は、ゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)たちが現実世界に現れたら“ありえそう”な一幕でもあります。その薄気味悪さが可笑しいのですが、もしスタジオのゲストたちが好き勝手にツッコミを入れていなければ、やや不気味さの方が勝ってしまいかねない内容でもあります。

「怖!」なぜ津田は謎が解けた瞬間に叫んだのか?

そして、番組に巧妙に配置されたミステリー的なヒントとどんでん返しが、いよいよ現実とフィクションの境目に揺さぶりをかけていきます。

最初は「テレビのあれ(ドッキリ)やん」と口にしていた津田ですが、観念して謎解きに専念するうちに、徐々に探偵役としてこの世界にのめり込んでいくことに。視聴者も津田と同じようにミステリー世界を受け入れて、没入していきます。

中盤では他人同士だと思っていたペンションの宿泊客たちの、思わぬ過去が明らかになることで、ストーリーに厚みが出始めます。最初は斜に構えて見ていたダウンタウンの浜田雅功も、最後は「そうや……もらったやんな前の日に」と嬉々として謎解きを進めるほど。

前提として、津田は謎を解かなければこの撮影が終わらず、家に帰れそうにありません。終始イヤイヤ感は漂っているのですが、それを差し引いても事件の手がかりを閃いた瞬間は、本当に嬉しそうなのです。

そしてたどり着いた答えから、犯人と思しき人物の正体を特定します。意外な結末を迎えるものの、これで事件は解決したかに思えましたが、なぜか撮影は続きます。当惑する津田は、これが真相ではないことに気づくのです。

そして新たに証言を引き出し、前日の打ち合わせの際に起きた決定的糸口にたどり着いた瞬間、ついに津田は叫びます。「怖い!」と。

正真正銘の真相にたどり着いた途端に「怖!」を連呼する津田は、何を怖がっているのでしょうか? それは事件の真相に辿りつく怖さであると同時に、自分が呆けていた前日にも番組の仕込みが着々と進行していたことへの恐怖、つまり番組の手のひらで踊らされていることへの恐怖です。

作家の存在を看破した瞬間──メタフィクション的展開に

見事なのは、これは「ミステリードラマの登場人物が、神に等しい作家の存在を看破した瞬間の叫び」でもあるということです。専門用語では“メタフィクション”と言われるジャンルです。フィクションに言及するフィクション、例えば「これはつくり話である」と登場キャラが言及する小説やアニメの作品群を指します。

ドラマというフィクションに迷い込んでしまった津田が、巧妙に張り巡らされたヒントから謎を解き明かした時、逆説的に“ここはあつらえられた舞台なのだ”ということを痛感します。登場人物がこの世界は虚構であるということに気付く瞬間です。

現実とフィクションとの綱引きで、主人公の津田だけがその裂け目に佇んでいます。しかし津田自身は、自分が看破した感覚の正体がわからないし言語化できません。ただし、間違いなく気持ちは昂っている。「えっ何この感じ…」とひとり戸惑う様子が、それを端的に表しています。そしてその虚構性に気付いたからこそ、初めて津田自身も、ミステリードラマの登場人物として演技がかった芝居を始めるのです。

すべてが自分ひとりのためだけに用意されたキャストに舞台。用意された探偵という主人公役を演じ、用意された謎を見事解決に導く。石ころ1つない綺麗に舗装された道路を、完璧な乗り物でアクセルベタ踏みで走らせる感覚。いわば、釈迦の手のひらの上で踊る倒錯と恍惚。これが、現実と虚構の境界が融解した瞬間です。

犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ
©TBS

それまで全く芝居に入れなかった津田が、渾身の探偵による決め台詞「犯人はあなただ!」を叫ぶ姿をどうか目撃してください。

続編はもっとスケールがデカいフィクションの舞台

大反響を呼んだのち、満を持して2023年に放送されたその続編「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説 第2弾」。

2週分ぶち抜き放送ということでスケールは大きいのですが、構造自体は基本的に初回と同じです。

前回の企画を忘れた頃に、津田を主人公に再びドッキリが仕掛けられます。しかも今度は、半ば無理やり実現された外界から孤立したペンション、などではありません。長野の山奥の田舎、町丸ごとが舞台です。

まだドッキリだと知らない津田は、番組冒頭からロケ車の乗り心地が悪かったと文句ばっかり。ある意味、とても信用できます。この日は、村の1年に1回の祭りでした。そんな最中に再び殺人事件が起きた直後、津田はまたドッキリだと気付きます。ドッキリへの察しだけは超一流なのです。

そしてまた犯人を見つけないと帰れないと察した瞬間から、その後のスケジュールの心配が顔に出始めます。そうして泣きそうな顔で渋々観念し、事件解決のために一肌脱ぐことに。

舞台は村全体。山奥のため坂道も多いのです。事件解決に向けて村中を奔走する羽目になり、前回と違ってフィジカルを使いまくることに。それも津田を苛立たせます。前回の企画でのめり込んでしまった興奮などとっくに忘れ、津田が本気で苛立ちながらも渋々事件に向き合う様子がまた、たまらなく面白いのです。この辺の嫌がらせの塩梅が、さすが『水曜日のダウンタウン』という感じです。

新たな事件の鍵を握るのは手毬唄だといいます。いかにもミステリーっぽい設定は、作家・横溝正史の作品などへのオマージュでしょうか。手毬唄の全容を知るおばあちゃんに会いに行ったところ、なぜか毱がないと歌えないと主張し始めます。

現実では「いや歌えるだろ!」というツッコミが起こるこういう設定も、確かにゲームなどのフィクションではよくあります。なぜか厳密な条件を整えないと進行しない展開は、能動的に楽しんでいる分には良いのですが、やらされるとなると面倒くさいものです。

でも、ここはミステリードラマの世界という“フィクション”なのです。現実でフィクションに巻き込まれた津田が、そのめんどくささを視聴者の代わりに味わってくれます。今回も「どういうテイでやったらええねん訳分からん」「前回のあの人役ですね」と、津田は、メタ的な発言をすることに全く躊躇しません。

そして推理する途中でなぜか発生する、唐突なラブロマンス。ロマンスが発生する必然性が全然ないのに挟まれる展開も、逆にミステリードラマ感があります。

さらに今回、田舎町と同時並行で、東京でも殺人事件が起こっていたということで、そこで事件に巻き込まれていたお笑い芸人のみなみかわが合流してきます。

みなみかわとのバディ感もたまらない

スタジオの伊集院光が言うように、みなみかわの表情からドラマの住人ではない、“こっち側だ”ということが一目でわかる点は秀逸です。周りはドラマの世界の登場人物だらけで、自分(を投影した津田)とみなみかわだけが別のところから来た感覚。まるで異世界転生もののようでもあります。

みなみかわはこのドッキリは初めてなのに物分かりがよく、「やるしかないんでしょ?」とすぐに受け入れ態勢。ここが津田との決定的な違いでもあり、その点でも好対照なキャスティングでした。ミステリーではバディものも定番なので、そこも視聴者的にはたまりません。

何が虚構らしく、何が現実らしい? 自分のいる世界線を見失った津田

-354 犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ
©TBS

今回、2週跨いだのも非常に巧みでした。完結編までの1週間、考察が捗ったのです。犯人について、まるで人気ドラマの考察かのような勢いでSNSが盛り上がっていました。

昨今、みんな考察が大好きです。理由は簡単で、ちゃんと答え合わせができるからです。学生時代、自分が一生懸命考えて臨んだテスト用紙の返却と答え合わせの瞬間ほど、ドーパミンが出る瞬間はなかったでしょう。

完結編では、いよいよこの謎の真相に迫ります。ここでもまた、前回以上に現実とフィクションの境界を揺さぶる出来事が起こります。

ドッキリの入れ子構造に翻弄される津田「俺はどの世界で生きてんの?」

新作では、YouTube全盛という現代の情報環境を取り入れた、“ドッキリの入れ子構造”が組み込まれていました。殺人の最初の被害者である村長は、YouTubeで津田にドッキリを仕掛けるため、当初は死んだフリをしていたということが判明するのです。

謎解きという本筋とは全く関係ないところで、津田は、段々わからなくなっていきます。『水曜日のダウンタウン』で津田たちに仕掛けられている、「犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ、めちゃしんどい説」というドッキリ。その「ミステリードラマの世界」の登場人物が起こした<津田へのドッキリ>。しかし「ミステリードラマの世界」で、ドッキリを仕掛けたはずの村長はなぜか本当に死んでしまっているのです。

このドッキリの中のドッキリという存在が、津田の頭を悩ませます。「どういうこと?」「村長はどこの世界で生きてる人? 水曜日のダウンタウンの世界で生きてる人やろ?」「もう訳分からん」「俺は…どこの人?」「俺はどの世界で生きてんの?」自分がどこの世界にいるのか。世界線を見失った津田の自問は、まさに現実と虚構の境界に立っている者だけが抱けるものです。

このシーンはSNSでも大いに話題になりましたが、実は同種の奇跡は最後にもう一度訪れています。

-355 犯人を見つけるまでミステリードラマの世界から抜け出せないドッキリ
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フィクションでは起こらないけど現実だとありそうな“リアリティ”を追求する藤井健太郎

淡々として冷静なみなみかわのツッコミも、津田とは違う角度で冴え渡ります。全ての真相が明らかになり、犯人が自白するクライマックス。ここで犯人が妙な言い間違いをしたところ、すかさずツッコんで訂正するくだりは見事でした。現実では得てして、大事な場面で言い間違えることもある。せっかくの種明かしなのに格好がつかない。フィクションでは絶対に起こらない出来事、それもまた妙に“リアル”なのです。

みなみかわは事件解決の大事な場面でおぼつかない“演技”を連発する犯人と番組にツッコみます。「犯人役ちゃんとキャスティングせんとアカンやろ」と。それに対して津田は「リアルやろ」とたしなめます。「リアル?」と聞き返すみなみかわですが、では何が虚構らしく、何が現実らしいのか、もはや完全に当惑していました。

番組、そして探偵役で自分のいる世界を見失いかけている津田に、曖昧なフィクションと現実の境目に引きずり込まれる瞬間が、この企画のすごみだと言えます。

フィクションでは起こらないけど現実だとありそうというその絶妙な“リアリティ”に、どうやらプロデューサーの藤井健太郎はこだわっているようです。

純粋なミステリー好きの不評を買いそうですが、“現実ではありそうだけどミステリーにそれを含めるのは反則じゃないか?”という絶妙に腹立たしいミスリードがあります。

医者が“シンプルに”誤診していたことです。

そのありえそうなリアリティを追求しているからこそ、むしろフィクションの違和が鮮明になっているとも言えます。

ドッキリは、かけられている側に選択肢がなく強制的な形式です。コンプライアンスが徹底され同意形成を遵守する社会の中で、肩身が狭くなっていく企画かもしれません。しかし間違いなく、現実に作為的な虚構を持ち込むドッキリという形式でしか実現されない瞬間がある。その目撃者となった視聴者は、震えたのでした。


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