イラストレーター・Mika Pikazoを創った『マックイーン:モードの反逆児』──私を創った映画 #07
連載「私を創った映画」第7回は、イラストレーター・Mika Pikazoさんの価値観や原点を探っていきます。
イラストレーターに漫画家、小説家や映像作家……第一線で活躍するクリエイターやアーティストのみなさんは、これまでにどんな映画と出会い、影響を受けてきたのでしょうか。連載『私を創った映画』では、クリエイターやアーティスト本人が選んだ映画作品を通して、その方の価値観や原点を探っていきます。
今回お話を伺ったのは、お笑い芸人のくっきー!さんです。どこか不気味さも感じさせる独特な芸風を特徴に、芸人として劇場やテレビ番組などで活躍を続ける同氏。アーティストとしても活動し、絵画を中心とした多くの作品が世界中から高い評価を集めてきました。人気バンド・ジェニーハイのベース担当として音楽活動も行うなど、文字通り多彩な才能を発揮し続けています。
自身の芸風や作風に大きな影響を与えた作品として、映画『ヘル・レイザー』を挙げたくっきー!さん。同作の魅力から、ジャンルの枠を超えて活動するなかで大切にする姿勢や考え方まで、お話を伺いました。
くっきー!
1976年滋賀県生まれ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑い芸人。コンビ・野性爆弾のボケとネタ作りを担当、小道具まですべて自身が手掛けている。絵画や音楽など、アーティストとしても幅広く活動。別名「肉糞太郎」「肉糞亭スポーツ」など。本人いわく「映画は冷やしたカロリーメイト(ブロックタイプ)を食べながら家で見ることが多い」。
ヘルレイザー(1987年)
モダン・ホラー作家クライヴ・バーカーが、自ら監督を務めて自作を映画化。究極の快楽をもたらすパズルボックスを手に入れたフランクが、異界から現れた魔道士に肉体を引き裂かれ、姿を消す。だが数年後、魂が覚醒した彼は、空き家となった家に越してきた主婦ジュリアを使って男たちを誘い込み、その肉体を食らって復活を目論むが…。
──今回は、くっきー!さんが大きな影響を受けた映画作品『ヘルレイザー』についてお話を伺います。まずは「私を創った映画」にこの作品を選んだ理由から教えてください。
くっきー!:僕のつくるネタや作品には、どこか不気味さや恐ろしさが込められていると実感しています。その背景には、実は『ヘルレイザー』から受けた影響がふんだんにあるんですよ。
初めて観たのは小学生の頃。兄貴に「これおもろいで!」と勧められて、家でビデオを一緒に観た記憶があります。ホラー映画なので、初めて観たときはすごく怖かったですね。とにかく恐怖を覚えました。
でも同時に「なんかおもろいなあ」って、ちょっと笑える部分もあったんですよ。それがきっかけで、繰り返し観るようになって。大人になるにつれて、自分のなかで恐怖よりも「おもろい」の感覚の方がだんだんと上回っていったんです。
──これまで何度も観てきたなかで、特に印象に残っているシーンはありますか?
くっきー!:たくさんありますが、一番はパズルボックスを持って後ずさりするカースティという女の子の口に、魔道士が指を2本突っ込むシーンですね。チャタラーという魔道士が歯をカチカチ鳴らしながら、何の躊躇もなく口に指を突っ込む……めちゃくちゃ怖いシーンにもかかわらず、なぜかおもろさも備わっている。斬新すぎて、何度観ても思わず笑ってしまうんです。
たとえば女の子の髪の毛をつかむとか、肩を引っ張るとか、恐怖を与える表現としてもっとわかりやすい演出が、他にもたくさん考えられるじゃないですか。それなのにあえて、口のなかに指を2本、スッと入れて押さえつける方法を選んだ。こんな観たことない演出、どうやったら思いつくんだろうといつも感心させられます。
すごく良いシーンなので、おそらくワンテイクじゃないと思うんです。撮影の裏側を勝手に想像して、一人で面白がっていることもありますね。役者の方に「じゃあ今から女の子に近づいて、指を2本口に突っ込んでください」って指示したのかなとか、そもそもこの発想はどうやって生まれたのだろうとか。
こんなに斬新でおもろい設定や物語を、どうやって思いついて実現したのか。自分は漫才やコントのネタを作ってもいるのですが、その意味でも気になって仕方ないです。
──他にも同作のなかで、特に印象深いシーンがあればぜひお伺いしたいです。
くっきー!:炎のなかに立ったホームレスのおじさんが、いきなり骨の龍になって空高く飛んでいくシーンですね。このおじさん、それより前のシーンで一度だけ、物陰からカースティをずっと見つめている描写があるのですが……なんで急に骨の龍になって飛んでいくのか、何度観ても意味がわからない(笑)。あと骨の龍が、やたらとかっこいいんですよ。話の流れも設定もぶっ飛びすぎていて、とにかく忘れられないシーンですね。
──お話を聞いていて、たしかにくっきー!さんがつくるネタや作品とも通じる斬新さや不気味さが、『ヘルレイザー』には含まれているように感じてきました。
くっきー!:作品の雰囲気だけでなく、キャラクターもすごく好きなんです。特に4人の魔道士のビジュアルがえげつないほどかっこよくて、それにも大きな影響を受けています。
たとえば、僕が作った『ゴールネットに顔面から転んだ人』というネタ。顔にネットの模様のような傷がついたメイクをしているのですが、あれは魔道士の一人・ピンヘッドのビジュアルから着想して作ったものです。
あとは学ランを着てネタをやったり、番組に出たりすることがよくあるのですが、実はあれも影響を受けています。魔道士たちがピチッとした革ジャンを着ているのがかっこよくて、それに影響されて始めたことなんです。本当は体に直接服の絵を描いて、そのまま人前に出たいのですが、そうはいかない。なので、代わりに丈が短くてすごくタイトな学ランを着るようにしています。
『ヘルレイザー』はどこを切り取っても、唯一無二の世界観がにじみ出ています。だからこそすごくワクワクさせられるし、なぜか何回も見返してしまうんです。
僕自身も、お笑いでも絵でも音楽でも、何をやるにしても、ある種マニアックな方向に進んでいる自覚がある。「自分がかっこいいと思えるかどうか」ばかりを考えていろいろ取り組んできた結果、気がついたらそういう方向に進んでいました。そんな自分だからこそ、無性に惹かれる何かが『ヘルレイザー』という作品のなかに詰め込まれているのかもしれません。
──「自分がかっこいいと思えるかどうか」は、お笑い芸人として活動を始めた当初から大切にされてきたことなのでしょうか。
くっきー!:はい。良くも悪くも、媚びるような何かができないというか。逆にそれができたら、もっと早く売れてたかもしれないなと、今でも思います(笑)。
「こっちをやった方が、人からかっこいいと思われそう」ではなく、「自分にとってこれが一番かっこいい」と感じることをやる。自分がかっこ悪いと感じることはやろうとも思わないし、やれと言われてもできない。特に若い頃は、かっこ悪いとわかっていながら何かをやるなんて、それはすごく恥ずかしいことだと強く思っていましたね。
そんなことばっかり、昔からずっと頭のなかにあって。結果として特に意識もせず、考えなくとも、自ずと“かっこいいかどうか”を軸に行動するようになっていったのだと思います。
──「自分がかっこいいと思えるもの」だけを作り続けてきたことが、結果としてくっきー!さんにしか生み出せない、独自の世界観につながっているのかもしれません。
くっきー!:そうかもしれません。何より、これだけ自分がやりたいようにやって、それに対して「ファンです」と言ってくださる方がいるのは、本当に嬉しいことです。
言ってみれば、自分がやりたいことを無理やり押し付けてる感じなので。押し付けにいって、それが受け入れられたら、それはやっぱり嬉しいですよね。だからこそ、好きだと言ってくれる人のことは、これからも大事にし続けたいと思っています。
そのうえで、逆に受け入れられなかったからといって何も感じないというか。それはもう、“滑り慣れ”みたいなことです。滑ったり、受け入れられなかったりしたときに、良くも悪くも何も感じなくなっている。今でも滑ることはたくさんありますが、全然痛くないんです。
感覚が麻痺して、おかしくなっていると思います。でも、だからこそ自分が好きなことを特に疑いもせず、やり続けられるのかもしれません。
──今まで作られてきたネタや作品のなかで、自分のやりたいことができたと特に感じるものはありますか?
くっきー!:どうだろうな……少なくとも「やりきった」と思えるものはないかもしれませんね。 もっと面白くできたなとか、もっとかっこよくできたなとか。そんなのばっかりですね。
ただ、自分で気に入ってる作品はいくつか思い浮かびます。たとえば絵だったら、「これは売りたくないな」って思って引き取ったものが1枚だけありました。
タイトルは忘れてしまったのですが、粉を吹いているしいたけの絵です。「この先人間〜海対応〜」というテーマで、未来の地球がすべて海に沈んでしまい、そのなかで独自の進化を遂げた生き物たちを想像して絵に描き続けていて。これもそのシリーズのうちの一枚です。
ただ、いま改めて見ると「これ誰が買うねん!」と思いますね。「どこに飾んねん!」っていう。
お笑いの場合は、自分で気に入っているものを選ぶことさえも、なかなか難しいですね。自分で満足したり会心の出来だと思ったりしたものと、世間から高い評価を受けているものが、一致しないことのほうが多いので。
以前、ゴールデンタイムのお笑い番組で、フランスピエロに扮してネタをやったことがありました。どう見ても怖い見た目なのに、なぜか子供たちに人気が出たんです。自分は全くそんなつもりでやっていなかったので、「このキャラがそんなに世間に受け入れられるんだ」という驚きと喜びがあって。同時に「これが広く受け入れられる日本やばいな」と恐怖を覚えましたね(笑)。今まで30年間芸人をやってきましたが、予想もしていなかった手応えや広がりが生まれることのほうがほとんどですし、これからもきっとそうなんだろうと思います。
──2024年で芸歴30年目の節目を迎え、アーティストとしても活動の幅をますます広げられています。今後挑戦してみたいと考えていることはありますか?
くっきー!:ミュージシャンの方のMV制作は、特にやってみたいことの1つです。以前、BIGYUKIさんという方のMVを作ったことがあるのですが、それ以外はやったことがなくて。脚本とか撮影も含めて、全部を担当してみたい。あいみょんさんのMVとか、いつか作ってみたいですね。
──なぜMV制作に挑戦してみたいのでしょうか?
くっきー!:これからは「形として残るものをつくることにも取り組みたい」という気持ちがあるんです。お笑いのネタってどうしても形としては残りづらいし、あまり繰り返し何回も観るものではないと思っていて。ネタはネタでもちろん良いのですが、そうではなくて、より形として残る作品も好きなんですよ。時間が経っても残り続けていくから、子供たちにも自慢できますからね。
──「より形として残るものを作りたい」という意味でも、絵を描くことにも引き続き取り組んでいきたいと思っているのでしょうか。
くっきー!:そうですね。絵を描き始めたときは、まさかこれが商売になるなんて思ってもいなかったので、本当に幸運なことです。その意味でも、できる限り続けていきたい気持ちはあります。
でも一度嫌になったら、やめてしまう癖があるので。この先、嫌だなという感覚やストレスが多くならなければ、きっと長く続けていけると思います。
──お笑いについては、これから特に挑戦してみたいと考えていることはあるのでしょうか。
くっきー!:どうせいつか辞めるなら、最後はかっこよく辞めたいという気持ちはありますね。
お笑いに限らず、僕はドラゴンボールに出てくるフリーザのようでありたいと考えています。フリーザって倒されても倒されても、ツルツルになって小さくなって、最終形態に近づいていくに連れて、どんどん強くなっていくじゃないですか。自分もそうやって、いつまでも進化を続けていきたい。
だからこそ、老いてよぼよぼになって、若い後輩にいじり倒されて、じじいとか言われて辞めていくのは嫌なんです。そもそも死ぬまでやりたいとは思っていないので、自分が少しでもかっこよくいられるうちに、潔く引いていきたい。まだ先の話かもしれませんが、そんな理想は常に持っていますね。
連載「私を創った映画」第7回は、イラストレーター・Mika Pikazoさんの価値観や原点を探っていきます。
連載「私を創った映画」第6回は、ヤバイTシャツ屋さん・こやまたくやさんの価値観や原点を探っていきます。
連載「私を創った映画」第3回は、イメージディレクター・ORIHARAさんの価値観や原点を探っていきます。
映画『グランメゾン・パリ』が大ヒット中の木村拓哉さんに、『グランメゾン東京』5年ぶりの復活について伺いました。