養護施設にいる子供たちと一緒に暮らすため奮闘するシングルマザーの葛藤を描くドラマ『アース・ママ』。本作の監督は、バレーボールの元オリンピック選手という異色の経歴を持つサバナ・リーフです。長編デビュー作となる本作が2023年サンダンス映画祭でワールドプレミアもされた注目監督に、作品に込めた思いをうかがいました。
──本作はとてもユニークな作品で、人物から一定の距離のあるカメラで社会問題を映しながら、突如としてマジックリアリズムが表現されるような瞬間があります。そして同時に非常に個人的な物語でもあります。サンフランシスコのベイエリアに住む、妊娠中のシングルマザーの物語を描こうとした背景について教えてください。
サバナ・リーフ:私自身の人生に大きな影響を与えた全ての女性たちからインスピレーションを受けて、この映画を作りました。彼女たちはその全員がまったく異なった状況下に置かれていました。私にとってこの映画は妊娠中の出来事を描いた物語であり、妊娠そのものを描いているわけではありません。これは人生で出会うあらゆるタイプの母親「のような」存在についての物語です。彼女たちは私たちの親友や先生、もしかすると血の繋がっていない母親であったかもしれませんが、その全員が今を生きる私たちのために存在しているのです。
私は小さな家族の中で育ちましたが、そこにいるほとんどが女性でした。私は自分の父親が誰かを知りません。ゆえに私は、自分の周囲の女性たちと大きな家族のような関係を形成してきました。この映画は彼女たちに捧げた映画で、映画に登場する人物それぞれに反映されています。もちろん、それに加え人生のさまざまな段階にいた、かつての自分の姿も投影されています。私自身はジアのような体験を実際にはしたことがないですが、彼女の経験する旅にあらゆる形で強い繋がりを感じています。
もう一つの大きな影響はテイラー・ラッセルと共に制作した“The Heart Still Hums”(2020、日本未公開)という短編ドキュメンタリーです。本作は里親制度と闘うシングルマザー、そしてその闘いを諦め自身の子どもを養子縁組に入れた母親を描いた映画でした。その経験から、辛い状況にいる母親たちを簡単にジャッジするのではなく、彼女たちに重層的な物語や人間性を与えられるような映画を作りたいと考えました。黒人の女性や母親たちはしばしば、社会から間違いを起こすことを期待され、またシステムは彼女たちに対して門戸を開こうとしていないという事実を、私たちは常に意識しておく必要があります。私は黒人の女性や母親たちが抱える葛藤の内側に入り込みたかったのです。その葛藤とは、母親になりたいという願望と恐れ、そして母親になることに対して社会と個人が抱く異なった期待から生まれる複雑な感情です。
──児童福祉や里親制度の問題を超えて、私たちはジアの豊かな内面に引き込まれますが、それは彼女の想像力や空想の中に、美しく輝く瞬間が垣間見えるからだと思います。社会問題を映す従来の方法から脱却しようとしたのはなぜでしょうか?
サバナ・リーフ:制作の当初から私は自分自身に次のような問いかけをしていました。その問いかけとは「果たして観客は妊娠中にドラッグを使用するような人間に共感できるだろうか?」「観客が彼女を母親失格である、などと咄嗟に判断させないようにするにはどうしたらよいだろうか?」「どうすればこの人物を深く描き、彼女の喜びや不安、願いを表現することができるのか?」というものでした。
そこで、彼女の内面を描くには非現実的なアプローチが必要だと思い至りました。脚本執筆の早い段階で、へその緒による母親との身体的な繋がりが木の根のようなものであると感じていて、それが意味するものについてよく考えていました。そうして、そのモチーフをどこかで使いたいと思うようになったのです。ベイエリア周辺の海や森といった自然の世界を映画に取り入れることで、母性的な感情を表現したかったのです。
──これから本作が世界の人々に届けられることになります。どのような会話が生まれることを望んでいますか?
サバナ・リーフ:映画の登場人物や彼女たちのような境遇にいる女性に対して、私たちがすぐに抱きがちな偏見に対して、みなさんに疑いも持ってもらえることを望んでいます。観客はジアを劇中のある時点で「彼女はそのような人物だ」と判断してしまうかもしれません。しかしその後で、自分たちが感じたのとは異なる側面を彼女は持っているのではないか?ということに気づき始めると思います。
本作はある人物や行為が間違っていると決めつける映画でありません。仮に何か間違いを犯したとして、その不利益を被ったり傷つけられたりするのは基本的に女性であり、特に黒人女性がその立場に立たされます。ただ社会には本当に様々な状況下に置かれた人たちが存在するので、事態はより複雑でもあります。いつか、現在の施設や制度ではない形で、母親やその子どもたちにとってのより良い解決策を見つけなければならないと強く思っています。ただ今は、観客にジアの立場から物事をみてもらい、彼女のやり方を尊重し、彼女の物語の中で彼女自身がヒーローになることを認めてあげてほしいと思っています。
(翻訳:川原井利奈)
2人の子供のシングルマザーであり、3人目を身ごもっているジア。子供たちは施設に保護されている。我が子を取り戻すため働きながら更生プログラムに通うが状況は変わらず、先の見えない現実に打ちのめされるジアはおなかの子を養子に出すべきか悩み始める。
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