ピューリッツァー賞に2度ノミネート経験のある劇作家スティーヴン・カラムがトニー賞を受賞した自身の戯曲を映画化し監督デビューを果たした『ザ・ヒューマンズ』。2007年に描かれた戯曲が今なお普遍的であり続ける理由、そして、「同じ物語を観ることで異なる解釈が生まれることはとても魅力的」と語る背景について、お話をうかがいました。
──本作を映画化することに決めた経緯について教えてください。
スティーヴン・カラム:この戯曲を執筆し始めた頃、私はホラーやサイコスリラーといったジャンルに影響されていました。そして元々舞台のために考えたものを新しいメディアに置き換えることでより良いものになるはずだという、揺るがない直感がありました。そして映画という形式がこの物語の本質をより深めてくれるのではないかと考えました。
ただそのためには何か再び発明をする必要があるとも感じていました。脚本に加え、200枚にも及ぶ参考資料を準備しました。そこには(舞台となるアパートの)手書きの間取り図なども含まれていました。いわばそれは、映画全体のルックを歩き回るようなバイブルとなったのです。
──本作のストーリーを2007年に書き始めたとのことですが、この映画にある恐怖の感覚は非常に今日的なものに思えます。本作の執筆時どのようなことを考えていましたか?またそれは現在の考えと変化していますか?
スティーヴン・カラム:この物語は2007年に起きた経済危機への不安と恐怖から生まれました。その頃私は4つ目か5つ目かの日雇い仕事で働いていました。結局7年ほどその仕事は続けたのですが、多くの国民と同じように私にはセーフティネットがありませんでした。私はいつも自分の人生に起こっていることや、自身が答えられない疑問からアートを生み出そうとしています。そして当時はそれが、自分に収入がなくなったら、健康保険がなくなったら、という真の恐怖から来るものでした。私が愛してやまないペンシルバニアに住む人々も同じ状況に置かれていて、中には40年以上同じ仕事を続けているのにもかかわらず、安心して退職できない人もいました。
この舞台は2014年にシカゴで初演を迎えました。その後ブロードウェイでも2016年に上演されましたが、常に様々な反応がありました。ペンシルヴァニア出身のある白人労働者階級一家の、つまり、ある特定の状況下にいる家族に起こった出来事にもかかわらず、それが世界中の観客にどう受け入れられるかを目にするのは、とても興味深いことでした。
鑑賞後、人種も出身も異なる人々が「ジェイン・ハウディシェルは“わたしたち”の母親だ」と口を揃えて言ったのは忘れがたいことでした。同時に、物語は時が経てば意味が変わることがあるということも本作から気付かされました。この家族の経済的な苦しみは、今まで見過ごされてきた階級の人たちの心に響いたようです。一部の観客は政治的なフィルターを通してこの物語を鑑賞し、これがトランプ当選に影響されたものだと言いました。しかし実際は彼が選挙に立候補とする随分前に書いたものですし、この舞台はそのような政治的背景から生まれたものではありません。政治が関わる創作物は私にとって魅力的ではありません。政治的要素が足されると、誰かが勝たなければならないからです。
私がアートを好きな理由は、そこではただ真実を語る必要があるからです。本作に登場する一家の物語は観客に共感を与え続けるはずです。なぜなら、彼らの抱く恐怖は物語上のひとつの意味に限定されないからです。私が好むのは、相反するアイディアがありつつも、それが絶妙な均衡で保たれている、そんな物語です。
──鑑賞後、観客たちがどのような会話をすることを望んでいますか?
スティーヴン・カラム:恐怖に関する物語を人は好みます。例えば、他人の地下室に忍び込み、苦悩しているところをこっそり覗き見る。私たちはそんな状況に興奮しますよね?それは、ある種自分たちの不安を認識し、克服するための方法なのです。よその家族を観察するという行為には、感情を揺さぶる何かがあります。私はこの物語を描ききったと思っています。そして、この物語は観客に深く、恐ろしく、また完璧でない愛について会話する機会を生み出し、更にはそれは観た人それぞれの家庭の食卓にまで波及していくことでしょう。
ヒラリー・クリントンやトランプ主義についての物語を書く必要はないのです。ただリアルな人々と、彼らの完璧ではない愛情について書いてみれば良いのです。この家族について観客が感じるべきテーマをことさらあげつらう必要はなく、ただ観た人の間に会話がなされるのを望むのが美しいあり方だと思っています。同じ物語を観ることで異なる解釈が生まれることはとても魅力的です。この一家を世界中の観客たちと共有していく過程で、私は孤独を感じなくなり、より人々と繋がっていると感じるようになりました。そしてこの映画を見たみなさんもそのような思いを抱いてくれることを祈っています。
(翻訳:川原井利奈)
ブレイク一家は、感謝祭の日に次女・ブリジッドとパートナーのリッチが住む新居を訪れる。どこか薄気味悪い部屋で、彼らは他愛もない会話を繰り広げる。だが、夜が更けるにつれて不穏な空気が漂い始め、古い建物は妙な音を響かせ、次々に明かりが消えていく。
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