A24『スライス』をライター・辰巳JUNKさんがレビュー
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A24『スライス』をライター・辰巳JUNKさんがレビュー

2024.01.29 12:00

「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」として特集上映した作品の中から『スライス』について、ライターの辰巳JUNKさんが寄稿してくれました。

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© 2018 Slice the Movie, LLC All Rights Reserved.

映画、音楽、アート、政治 真に自由なインディムービー

辰巳JUNK(ライター)

『スライス』は、正真正銘のインディムービーだ。配給スタジオはご存知、A24。2012年に設立されて以降、若者を夢中にさせるヒットを連発して米映画シーンを牽引するまでに至った独立系スタジオだ。そして主演をつとめるのは、同じく2012年にデビューした音楽界のインディスーパースター、チャンス・ザ・ラッパーである。

1993年、シカゴに生まれた本名チャンセラー・ベネット、通称チャンスの特徴は「絶対に音楽を販売しないインディアーティスト」であること。それどころか、創作の自由を護るためレーベルとの契約すら行わず、音楽配信でファンを増やしてツアー、マーチャン(グッズ)で稼いでいくのが彼流だ。このストリーミングサービスありきな手法でトップにのぼりつめたチャンスが示したものこそ、大資本に頼らなくてもいい「新時代のインディスーパースター」像だったのだ。

シカゴらしいゴスペル、ジャズを織り込むチャンスの作風は、ハッピーで陶酔的なラップミュージックだ。日本でも、テレビCMをとおしてバンド名義ソーシャル・エクスペリメントによる「Sunday Candy」(2015)を聴いたことがある人は多いだろう。じつは、同曲のミュージックビデオは本作の監督オースティン・ヴェセリーによって撮られている。元々ヴェセリーはチャンスチームのクリエイターだったため、自然なかたちで長編映画デビューも共作になったという。

新時代の映画界と音楽界を代表するA24とチャンスのコラボレーションは、はじまりからインディそのものだった。まず2015年に、自主制作予算をつのるためヴェセリーが映画企画を発表し、SNSで話題を巻き起こした。これによりA24が声をかけたが、彼らの想定と異なり映画はまだ撮影されてもいなかった。ここから数年かけて製作しているうちに、A24は『ムーンライト』(2016)でアカデミー賞、チャンスは3rdミックステープ『Coloring Book』(2016)でグラミー賞を獲得する成長を遂げていった。

ついに日本公開となった『スライス』は、インディスピリットここにありな実験と遊び心にまみれたホラーコメディだ。「幽霊が住む街でのピザ屋殺人事件」というシュールなあらすじそのまま、一言で説明ができない多様な魅力にあふれている。参照されたのはデヴィッド・リンチ監督のTVシリーズ「ツイン・ピークス」(1990〜91)とポール・トーマス・アンダーソン監督『マグノリア』(1999)。複数の立場のキャラクターが登場する群像劇のもと「どんな映画なのか」わかるようでわからないカオスな演出構成がとられている。なんといっても、音楽スターを看板にした映画でありながら、チャンスが中々出てこない。このことは名作『第三の男』(1949)を意識した仕掛けに転じるようだ。

美術やロケーションも大きな魅力だろう。記者役ジョー・キーリーも出演する人気シリーズ「ストレンジャー・シングス」(2016〜)とも近しい1980年代風のポップな世界観は、見ているだけで観客を魅了し没入させる。撮影地となったのは『ブルース・ブラザーズ』(1980)で有名なイリノイ州ジョリエット。チャンスが拠点を置くシカゴ都市圏だ。「アトランタ」(2016〜22)や『デッドプール2』(2018)でおなじみのザジー・ビーツといったスターが物語を牽引する一方、コメディアンのハンニバル・ブレスを筆頭としたシカゴシーンの著名人が画面を行き交うことで、ローカル文化の魅力がかもしだされている。

当然、チャンス・ザ・ラッパーの俳優としての魅力も発揮されている。アメリカで狼男といえば、マイケル・ジャクソンの「スリラー」(1982)のミュージックビデオだ。キング・オブ・ポップによって音楽に目覚めたというチャンスが演じる狼男は、おそろしき殺人鬼なのか、それとも地元を照らす救世主なのか?音楽ファンにもたまらないスリリングな展開を期待しよう。

最後にはずせないのは政治的寓意だろう。本作に出てくる政治家は、コメディリリーフながら、どこかリアルな存在だ。じつは、ヴィセリーとチャンスは、シカゴで政治運動や福祉支援を行う活動家でもある。二人が共作した「Angels」(2015)のミュージックビデオでは、地元でスーパーヒーローとなるラッパーを映しながら、このように主張されている。「俺は故郷を前転させたんだ 父親も、市長も、ラッパーも捨てていったこの街を」。ここで暗示されているシカゴ市長とは、現在は駐日米国大使をつとめるラーム・エマニュエルであったりする。チャンスが「Summer Friends」(2016)などの楽曲で語っているような犯罪や暴力、人種問題を抱えるシカゴの政治事情を調べてみると、この自由なインディ映画の理解がより深まるかもしれない。

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『スライス』

スライス
© 2018 Slice the Movie, LLC All Rights Reserved.

ピザの配達をしていたショーンが、何者かに喉を切り裂かれて殺される。ガールフレンドのアストリッドが復讐を決意するなか、別の配達員も同様の手口で殺害される。手掛かりとなるのは、過去に起こった中華料理屋の殺人事件と正義を謳う奇妙な集団だが…。

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