従来の“コミカライズ”ではない。人気YouTubeアニメから生まれたマンガ『しれギャル』制作の裏側
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従来の“コミカライズ”ではない。人気YouTubeアニメから生まれたマンガ『しれギャル』制作の裏側

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  • 栗村智弘
    栗村智弘
    プロジェクトマネージャー、ライター。

2024年8月、「次にくるマンガ大賞 2024」の特別賞である「U-NEXT賞」Webマンガ部門に『しれっとすげぇこと言ってるギャル。―私立パラの丸高校の日常―』が選出された。登録者数80万人超・累計再生回数7.1億回突破の人気YouTubeチャンネル『私立パラの丸高校』をもとに、オリジナル作品としてマンガ化されている同作。超人的な“異能”を持ちながらもどこか人間味にあふれ親しみを感じる登場人物たち、思わずクスッと笑ってしまう絶妙なネタのセンス……同作が持つ魅力の背景には、どのような考えや想いがあるのだろうか。原作を務めるPlottの松浦太一さんと、担当編集者の杉山洋祐さんに、作品の裏側について話を訊いた。

「ニッチだけど、多くの人に刺さる笑い」を目指して

──まずはYouTubeチャンネル『私立パラの丸高校』について伺います。このチャンネルを始めたきっかけを教えてください。

松浦:2020年頃にスタートしたYouTubeチャンネル『マリマリマリー』の存在が、ひとつのきっかけになっています。『マリマリマリー』が流行するまでは、YouTubeアニメといえば雑学をベースにした作品や、若者向けにかっこよさやかわいさを押し出した作品が、人気の多くを占めていました。そのなかで、『マリマリマリー』の“アニメコント”が流行し、ジャンルとして人気を集めるようになったのです。

そうした流れを踏まえ、Plottでもアニメコントを配信するYouTubeチャンネルを作ろうとなりました。私と当時のディレクターでどんなアニメコントが面白いかを話し合い、最終的に立ち上げたのが『私立パラの丸高校』です。

──『私立パラの丸高校』でさまざまな動画を配信するようになってから、気づいたことはありますか?

松浦:「これで笑っているのは自分だけだろう」と視聴者の方に思ってもらうことが、大切だということです。これは動画だけでなく、マンガ作りにおいても同じことが言えると思っています。

私はもともとお笑いが大好きで、友人とM-1グランプリに出場した経験もあります。結果は3回戦敗退だったのですが、その時に“人を笑わせることの大変さ”を痛感しました。

とはいえ、もちろん漫才と動画やマンガとでは、異なる点がたくさんあります。漫才は目の前でお客さんが笑っているかどうかわかりますが、動画やマンガはいつどこで誰が見たり読んだりしてくれているかわかりません。最初はその違いに苦戦していました。

試行錯誤を続けるなかでたどり着いたのは、「ニッチだけど、多くの人に刺さる笑い」を目指すことの重要性です。言い換えれば、ひとりでも多くに「これで笑っているのは自分だけだろう」と思ってもらうこと。自分が好きなお笑いのエッセンスを入れていくだけでは、なかなか良い反応は得られないと気づきました。特にYouTubeでは、そうした絶妙なラインを意識し始めたことで、それまで以上の反響を得られたと感じています。

杉山:自分でも元ネタがわからない時事ネタやニッチなネタについては、マンガのほうでも1話に1つ〜2つ程度は盛り込まれていて良いと思っています。「わかる人にとっては面白いネタなのだろう」という雰囲気が伝われば、私のような年上の読者にとってはむしろ「若者向けのマンガらしさ」として受け取ってもらうこともできます。

10人に1人が気づくネタは、SNSでシェアされにくいかもしれません。でも100人に1人しか気づかないようなネタは、見つけた人はつい投稿したくなるはずです。「他の誰もわからないかもしれないが、自分にはわかる」と感じてもらえるようなネタを、常に意識しながら作っています。

マンガで最も大切にするのは「キャラクターの新たな一面を見せること」

──新たにマンガ『しれっとすげぇこと言ってるギャル。ー私立パラの丸高校の日常ー』を制作することになった背景には、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

松浦:YouTubeで公開した『しれっとすげぇこと言ってるギャルの会話』という動画がきっかけです。当時はチャンネル登録者数が1万人にも満たない時期でしたが、その動画は公開から早い段階で300万回ほど再生されました。正直なところ予想外の反響だったので、私を含め制作陣はみんな困惑していました(笑)。

マンガ化についても、もちろんお話をいただくまではまったく考えていませんでした。社内で「ドラマ化したら面白そう」という会話はありましたが、まさかこんなに早くマンガ化の話をいただけるとは……正直思ってもいませんでした。

杉山:『しれっとすげぇこと言ってるギャル。』には、通常のコミカライズと異なる点があります。それは毎回新しくシナリオを書き下ろしていることです。

“コミカライズ”というと、多くの場合は既存作品をある程度そのまま漫画化することを指します。なので、既存作品のシナリオをそのまま使うことが多いです。ただ『しれギャル』に関しては、そうではないオリジナル性を持った作品にしたいと考えていました。だからこそ、シナリオは毎回書き下ろしで、漫画(作画)部分はおつじ先生というオリジナル作品の実績がある漫画家さんにお願いしています。

──ショートアニメとマンガ、それぞれの制作における違いについてはどのように感じていますか?

松浦:最も大きな違いは、受け手が作品に触れる際の“集中力”にあると思っています。たとえばショートアニメの場合は、食事中や寝る前、勉強中など、なにか他の作業をしながら気軽に見ることが少なくありません。それを踏まえて、片耳で聞いていても印象に残るようなセリフや、瞬間的で分かりやすいお笑いを心がけています。

一方で、マンガの場合はショートアニメと比べてより作品に意識を向けて、集中して読んでくださる方が多いはずです。なので、読者の集中力や熱量に見合うようなストーリー展開や起承転結を意識して作っています。杉山さんとの打ち合わせでも、いつも「読み応えが十分か」を話し合うことが多いです。

杉山:ショートアニメではコメディ色が強いですが、マンガの『しれギャル』ではそれだけでなく、プラスαの要素を加えることも試みています。特に心温まる展開やカタルシス、いわば「読んでいてスッキリする要素」など、マンガでしか表現できないような付加価値を生み出したい。そのために、松浦さんといつも議論を重ねながら制作を進めています。

──松浦さんはアニメとマンガ両方の制作に取り組まれていますが、それぞれの制作でどんなことを大切にされていますか?

松浦:まずどちらにおいても共通して大事にしているのは、“キャラクターを好きになってもらうこと”です。光(ひかる)くんとギャル2人の魅力はアニメでもマンガでも、常に引き出せるようにしたいと考えています。キャラクターを好きになってもらうことは、アニメとマンガの両方をチェックしてもらうことにもつながるはずです。

そのうえでショートアニメの制作では、特に“視聴者の興味を捉えること”を重視しています。視聴者が、何にどんな反応をしてくれるのか。まずはその部分をディレクターと議論しながら、『パラ高』の設定を活かせそうなコントのアイデアを出し合っています。

一方のマンガでは、“キャラクターの新たな一面を見せること”を特に心がけています。アニメでは「異能力者だけど普通の高校生」という空気感を重視して、派手な演出やキャラクターの感情表現はある程度抑えるようにしてきました。しかし、マンガではその制限をできるだけ取り払い、キャラクターの可能性を追求することにしたんです。

たとえば、第1巻の3話に出てくるオタクくんの描き方にもその考え方が反映されています。「ごめんね」と引き下がるだけだったオタクくんが、マンガでは怒りを表現するようになりました。キャラを崩壊させずに、「こんな一面もあるんだ」とファンの方に感じてもらえるよう、少しずつさまざまな表現をしていく。そうしたプラスアルファの要素を付け加えていき、キャラクターをより魅力的な存在にしたいと思っています。

しれギャル_第1巻3話「オタクに厳しくも優しいやつ」 P42 (1)

──アニメとマンガ、両方で一貫して大切にしていることと、媒体の特性を活かしてそれぞれで大切にしていることがあるのですね。

松浦:はい。あともうひとつ、アニメでもマンガでも共通して大切にしているのは「優しさ」です。YouTubeで企画を立ち上げた時から、「ダメなところを否定するのではなく、ダメでいいじゃんと笑い飛ばせる世界観」を重視しています。この考えは『しれギャル』の制作をお願いしている漫画家のおつじ先生にも響いていて、大切にしていただいています。

──「高校生の空気感」というお話もでましたが、そうした“高校生らしさ”はどのように表現されていますか?

松浦:自分の学生時代の経験を思い出しながら作るようにしています。学生時代の記憶、特に誰もが忘れたい恥ずかしい経験は、意外と共通点が多いものです。そういった経験を掘り起こしてネタにすると、「自分もこんな経験あった!」という反応がたくさん返ってきます。

恥ずかしい経験の掘り起こしは、ある種“かさぶた”をめくるような作業でもあります。正直なところ最初は抵抗がありました。ただ、段々と進めるうちに楽しめるようにもなってきたんです。何より、リアリティを出すには自分の経験こそが一番の素材になると実感しています。

──「ショートアニメをもとにした、オリジナルのマンガの制作」という展開自体にも、ユニークさがあると思います。編集者の杉山さんから見て、制作面で通常のマンガとの違いはあると感じますか?

杉山:企画や打ち合わせの進め方は、基本的には通常のマンガ制作と変わりません。大きな違いがあるとすれば、ショートアニメのファンの方々への配慮かもしれません。

先ほど松浦さんも触れたとおり、“キャラクター”の個性をいかに表現するかは常に大事にしている点のひとつです。他のアニメコントと違い、『私立パラの丸高校』には固有名詞を持った明確なレギュラーキャラクターがいます。それこそが、私がマンガ化したいと考えた最大の理由でもありました。

マンガでは、オムニバス形式の作品は人気が出にくい傾向があります。毎回キャラクターが入れ替わるのではなく、光や未来(みらい)といった強いキャラクターがいるこの作品なら、マンガとしても成功できると可能性を感じたんです。

だからこそ、アニメでは描かれないキャラクターの心情の深掘りや、設定の開示を意図的に行っています。たとえば第1巻では光とギャルたちの出会い、第2巻ではギャルズの初めての喧嘩など、感情面に焦点を当てた展開を盛り込んでいます。

しれギャル_01

そうした試みを続ける一方で、アニメの時からあるキャラクターの魅力を壊さないように、常に気をつけながら制作しています。そのバランス感の追求が、『しれギャル』の制作におけるひとつの特徴かもしれません。

より広く届けたいから、「テレビアニメ化」を目標に見据える

──お二人がこの作品を通して、今後挑戦したいと考えていることを教えてください。

松浦:キャラクターの公式SNSアカウントを作成し、それを通じて視聴者や読者の方と交流したり、作品の世界と連動した企画を展開したり、といった試みはやってみたいことのひとつです。マンガ化してから、それまで以上にファンの方との距離が近くなっていることを実感しているので、それを活かした取り組みにチャレンジしてみたくて。ショートアニメとマンガだけに限らず、より多角的にキャラクターの魅力に触れてもらえるような機会を作りたいと考えています。

杉山:私が次に目指したいことのひとつはテレビアニメ化です。今より認知度が高くなれば、より多くの人に刺さる可能性を秘めている。『しれギャル』はそんな作品だと確信しています。

マンガの読者層が充実している今の段階で、メディアミックスの形でテレビアニメ化することは、より幅広い層にこの作品が届く足がかりになるはずです。キャラクターによる悩み相談サービスなど、アイデアとしては色々なものが思い浮かぶのですが……今のタイミングではテレビアニメ化が最も効果的な展開だと考えていますし、個人的にもチャレンジしたいことのひとつです。

松浦:テレビアニメ化……もし実現したらどれほど嬉しいか、想像もできないですね(笑)。マンガ化の話をいただいた時も泣いて喜んだので、もしアニメ化となれば、さらに信じられない気持ちです。

もちろんアニメづくりの大変さについては、色々な方から伺っています。でもやっぱり、僕としてもそれは目指したいことのひとつです。そのためにも、今はとにかく夢に向かって頑張るしかないなと思っています。

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