A24スタジオの日本初公開となる11作品を上映した特集「A24の知られざる映画たち presented by U-NEXT」。中でも一際目を集めたのは、アメリカの“インディーズ映画の至宝”と評されるケリー・ライカート監督最新作『ショーイング・アップ』。
芸術家の理想どおりにいかない日々を描く本作について、ご自身もA24ファンという映画ライターSYOさんにインタビューしていただきました。
──『ショーイング・アップ』は『ファースト・カウ』に続く2度目のA24とのコラボレーションになります。監督にとってA24はどういった存在でしょう。
ライカート:本当にいい関係を育ませていただいていて、これ以上ない支援と応援を与えてくれた存在です。A24のメンバーには昔なじみもいるため関係は長いですし、これからもコラボレーションが続いていくことを願っています。そしてこの先もアートフィルムを作り続けてほしいと思っています。私は編集も自分で行いますが、仕上げ期間も忍耐強く待ってくれて、自分が仕事するスペースを与えてくれました。
──『ショーイング・アップ』の物語の着想を教えて下さい。
ライカート:元々は共同脚本のジョン・レイモンドとカナダの画家エミリー・カーを題材にした話を撮ろうとシナリオハンティングに行ったのが始まりです。ただ彼女は現地では大変有名で、私たちが想像していたテイストとはやや異なると感じました。そこで、私たちの知るたくさんのアーティストたちを参考にしつつ、まだそこまで著名ではないアーティストの生活や作品が作られていく背景を描く映画になっていきました。
エミリーの著書の中に、大家になったというエピソードが登場します。大家になれば安定した収入があるため創作の時間が取れると思いきや、入居者から日夜リクエストが入り、絵を描く時間が全然なかったという失敗談が着想のひとつになりました。私たち自身、シナハン中に家族に危機があって電話で対応していたため、なかなか集中できなかったことも結果的にインスピレーションになりました。
また、今回は各々がどんな表現をしているのかを決めずにはキャラクターをつかめないと感じ、人物より先に作品を決めていきました。リジー(ミシェル・ウィリアムズ)は彫刻家のジェシカ・ジャクソン・ハッチンズ、ジョー(ホン・チャウ)はミシェル・セグレを参考にしています。リジーは机に向かって背中を丸めて作るような小さい作品、ジョーは全身を使って空間で表現するような大きい作品という対比もありますね。ミシェルとホンは、撮影前にアーティストたちと過ごして役作りをしてくれました。
──ミシェル・ウィリアムズさんとの4度目の協働はいかがでしたか?
ライカート:ミシェルとは話し合いを重ねながら一緒にキャラクターの人物像を発見していくところがあります。もちろん、今回ですと先ほどお話ししたような参考人物に取材したり、役の衣装を着てアパートで猫と過ごしてくれたり、粘土の練習をしたりといった準備は完璧にしてきてくれました。
これまで培った信頼関係があるからこそ、『ショーイング・アップ』ではお互いにトライをする余地がよりできたと感じています。「これはどうかな」と思うことも試してみて、結果的に発見できることが増えました。
──劇中の環境音のコントロールが秀逸でした。何を聞かせる/聞かせないのか含めたこだわりを教えて下さい。
ライカート:サラウンド系の音響システムを今回初めて試してみたのですが、アイソレーション(分離)されすぎてしまい、自分が求める映画体験とは違った印象です。後ろでドアを閉める音などが際立ちすぎてしまうんですよね。それはそれとして、今回の舞台となったポートランドは自分が実際に住んでいるエリアでもあり、なじみ深かったことがサウンドデザインの面でも功を奏しました。最終的なミックス作業はニューヨークで行いましたが、ミキサーのスタッフはポートランドに行ったことがないため、現地の雰囲気がわからないんです。鳥のさえずり等を一生懸命レクチャーしながらこだわって作ったのは、面白い体験でした。
──画面構成についてはいかがですか?日常を切り取ったように見せながら、非常に緻密にデザインされています。偶然性と決め打ちのバランスについて教えて下さい。
ライカート:最初に色彩設計等を行うためのテスト撮影を行った後、美術・衣装・ヘアメイクたちと作っていくのが自分のベースとなる方法です。今回はそれに加えてアート作品を色々と登場させたかったので、事前にリサーチを行う必要がありました。こちらでオファーしたアーティストたちの作品に加えて、ロケ地となるオレゴン芸術工芸大学の生徒たちが作っている作品も使いたいと考えて、「いま何を作っているんだろう?」と大学の各教室を回り、その時の感覚で「これはいい」と思ったものを映画に取り入れてゆきました。とはいえコロナ禍の撮影だったため、現場にいられる人数は限られていましたし、選択肢が多かったわけではありません。画面構成でいうと、人の配置などは工夫が必要でした。
ご質問の答えとしては、私は事前に完全なプランニングを行います。ショットリストも具体的に完璧な状態のものを用意しますが、現場に入ったら一度も見ません。あくまでガイドとして使っているのと、監督がショットリストを把握していない状況になりたくないという想い、役者さんがどんな芝居をするかわからないという理由からです。とはいえ撮影はどんどん進んでいきますから、ベースとなるプランがないとスピーディにこなしてゆけません。しっかり準備をしたうえで、現場で起きることに臨機応変に対応していくことに尽きます。
──浮世離れしていると思われがちなアーティストが時間やお金、家族や他者との関係に直面するのが本作の特長ではないでしょうか。リアリスティックなアーティスト像が印象に残りました。
ライカート:きっと貴方も同じかと思いますが、マジカルな思考なんてものは幻想で、私たち作り手はただただ日々練習を重ねて、良いものを作れるようにコツコツと極めていくだけなんですよね。本作で描いたようなフラストレーションは、常にあるものです。日常の些事に時間を取られてしまって創作を出来なかったり、あるいは時間があってもアイデアが生まれてこなかったり、「どうやってものづくりをしたらいいのか」と悩むことこそが私たちの日常で、『ショーイング・アップ』はそれをそのまま描いているだけなんです。
それと共に、コミュニティや学校という存在がアートにいかに重要なのかを描きたいと考えていました。話し合える友人がいたりコミュニティがあることは、創作のプロセスのひとつになり得るのだと。いまや東京もニューヨークも、若いアーティストが家賃を払えるような場所ではなくなってしまいましたよね。かつてはただ街に出て「いま何が流行っているのか」をインプットしたりアートを探しに行ける時代がありましたが、もう難しくなってしまいました。じっとして思考する時間が大切なのに、家賃を稼ぐためにその時間が作れなくなってしまって、そんな状況では豊かなものづくりなんてできませんよね。かといって家賃の安い地方の閑散としたエリアで生き生きとしたアートのコミュニティが生まれるかといったら、それも難しいと思います。人が集まってこそ発展するものですから、「お金がかかりすぎて街にアーティストが住めない」この状況は非常に残念です。
そうした中で、学校はより重要な場所になり得るのですが……それもまた縮小されたり、なくなってきてしまっています。今回のロケ地であるオレゴン芸術工芸大学には100年ほどの歴史があり、60~70年代にはアメリカ北西部で陶器づくりの中心地となりました。しかし、一度学校がなくなるという経験もしています。リジーが勤める大学のモデルのひとつにブラック・マウンテン・カレッジがありますが、「学びの中心にアートを置けばしっかりした対話と思考ができるはずだ」という信念のもとに設立された学校でした。ただこちらも、資金難で20数年で閉校になってしまいました。そうした精神を育む場所は、いまこそ必要なものなのですが。
──コロナ禍やオーバーテクノロジーが加速する中で、映画を観る際の観客の意識にも変化が生じたように感じています。例えば、ライカート監督の作品に流れる緩やかな時間に対して、より切実に「羨ましい」「この世界に行けたら」と思うようになったり……。こうした時代の変化に対して、監督ご自身が影響を受けたこと・変わっていないこと・変えたくないことについて教えて下さい。
ライカート:壮大な難問ですね(笑)。アメリカはいま緊張感が高まっていて、「この先私たちはどこに向かっていくのか」という雰囲気がどこにでも漂っています。銃による暴力は常軌を逸していますし、家を失った方もいれば、ドラッグ関係の問題があり、深刻な分断が起こっていて、皆が息を止めているような状況です。「トランプが再選したらどこに住む?」という話が日常的に行われていて、私たちにとっては母国を捨てるか否か考えるというところまで来ています。
先日、東京国際映画祭に参加するために日本を訪れた際に「日本ではあまり政治の話をしません」とある人に言われて「信じられない……」と衝撃を受けましたが、私は常に政治が話題に上るアメリカでものづくりをしている以上、圧倒されてしまうこともあります。アートや映画は、世界を変えることはできないとも感じます。ただ、アートは間違いなく重要な存在で「こういう風な考え方をしよう」という“足し”にはなると信じています。世界を一変させる魔法はなくとも、民主主義にとっては役立つものなのだと。ただ、自分としてはそうしたことはものづくりをするうえではあまり意識しないようにもしています。ジョンと私が目を向けているのは、我々の世界における小さな政治です。社会や学校、近所のコミュニティといった身近な政治に注力して今は作品を作っています。
少し話が逸れますが、国や世代を超えて自分の作った作品が響くと「ものすごいことだ」と感動してしまいます。そうやって自分たちはつながっているのだと感じさせてくれますから。私が映画を作っていなければ、いまこうして実りのある会話を出来ていないわけですしね。
芸術家の理想どおりにいかない“一生懸命な日常”を描くドラマ。美術学校で講師を務めるリジーは、来週の個展に向けて大忙し。思うように創作活動ができない彼女は、仕事を休み、地下のアトリエにこもって作業を始めてみる。だが、大家のジョーから預かったハトの様子がおかしく、病院へ連れていくことに…。
ケリー・ライカート監督作はこちらから
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