UFCとの契約をかけた『ROAD TO UFC シーズン3』。準決勝に出場する4選手が、目標の舞台をめざして絶対に負けられない戦いに臨む心境を語る
UFCとの契約をかけた『ROAD TO UFC シーズン3』。準決勝に出場する4選手が、目標の舞台をめざして絶対に負けられない戦いに臨む心境を語ります。
強打を強打で返す。
カウンターの応酬。常軌を逸したハイピッチで打球音が刻まれ出す。
そのテンポは、最速でBPM160程度に達していただろうか。
呼応するように、会場のどよめきがどんどん大きくなっていく。
打ち合いは互角にも見えたが、相手のほうが徐々に両足の間隔が広くなっていった。
受けに回らせている証左だ。フットワークがきかなくなった相手に、背番号6が渾身のフォアハンドドライブを打ち込む。
振り返りざま、自軍ベンチにガッツポーズを示す。
わずか5秒間ながら、12回に及んだ打ち合い。これが世界レベルかーー。敵地であるはずの会場が、感嘆のため息と大きな拍手に包まれた。
10月20日、Tリーグ・T.T彩たま戦。
琉球アスティーダの張本智和はダブルス戦に続き、木造勇人とのシングルス戦にも勝った。
「観客の皆さんが温かく迎えてくださって、すごくいい試合になったと思います」
アリーナを去る背中には、万雷の拍手が送られた。
その1週間前。21歳は歴史的な快挙を成し遂げていた。
カザフスタンで行われたアジア卓球選手権決勝。
張本は中国の林詩棟に3-1で勝ち、日本勢としては50年ぶりとなる大会制覇を果たした。
反響は大きかった。
特にメディアは強く反応した。帰国の空港には、オリンピックの金メダリストを出迎えるように、キー局すべてが撮影クルーを送り込んだ。
だが本人は平静だった。
優勝した夜も、早々にホテルの自室に戻った。
「大会中に大学の課題がたまってしまったので、帰国する前にまとめてやらないと、と。夜の2時くらいまでかかってしまいました」
SNSでファンに優勝を報告したが、その文章もきわめて落ち着いた内容だった。
「最近はオリンピックから接戦で負けることが多く、悔しい思いをすることの方が多かったです」
「スポーツは悔しい思いをすることの方が多いのは当然ですが、それを耐え続け、こうやって少しでも喜べる時間を積み重ねることに価値があると思います」
「勝ったからすごく褒められたいわけでもないし、逆に負けたからすごく失望されたくもない、というのはあるかもしれませんね」
帰国直後。U-NEXT本社を訪れた張本は、SNS投稿の意図についてそう切り出した。
「もちろん『おめでとう』という言葉は、とてもありがたいと感じています。『惜しかったね』という言葉にも、ずっと励まされても来ました。ただ、勝ったからすごいというわけではないというのは、いつも思っているところでもあります」
結果以上に重視しているところとは、いったいなんなのか。
「勝っても負けても、次の日に卓球場に向かう。それこそが大事なんじゃないかと。個人的に言えば、負けた時は悔しいので行ける。でも、勝った日も次の日に行けるかどうかっていうと、そっちの方が難しいと感じています」
「選手は皆さん、全力を尽くされている。だから結果については、自分だけでコントロールできるものじゃないと思うんです」
パリ五輪では「日本のエース」と期待された。
だがシングルス、ダブルス、そして団体でもメダルに手が届かなかった。
たとえ全力を尽くしても。「絶対に」と心に誓っても。
結果を自分でコントロールすることはできない。大舞台であらためて、そう感じた。
「卓球選手にできるのは、日々練習して、努力をすること。大会で戦うのは仕事じゃない。普段の練習を頑張るのが、仕事なんだと思います」
ひとしきり続けたあとに、少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「こういうことって、負けたときに言っても仕方ない、っていうのはありますよね。勝った時に言ったほうが、重みがある」
アジア制覇から1週間。
張本はTリーグに「凱旋」した。
会場は対戦相手であるT.T彩たまのホーム、浦和駒場体育館。
だが試合前には、アジア選手権での優勝がアナウンスされ、アウェーの観衆からも温かい拍手が送られた。
これに応じるように、張本は世界レベルのプレーと、派手なガッツポーズで卓球ファンを魅了した。
「見に来なかったことを後悔してもらえるように、みたいなことは考えています」
アジア選手権から1週間。
すぐにフランスに飛び、WTTチャンピオンズモンペリエに出場するタイミングでもあった。
Tリーグ戦をスキップする選択肢はなかったのか。
そう問われると、食い気味に「それはないです」と答えた。
「確かに僕たちにとっては、たくさんある試合の中の1試合かもしれないですけど、ファンの皆さんからしたらあとにも先にもない1試合かもしれない。そう思うようにはしています」
地元仙台に本拠を置くプロ野球・楽天を、常日頃から応援している。
国際試合とTリーグを掛け持ちして戦う中で、楽しみは年に1度の野球観戦だ。
「本当に大切な機会なんですよね。だから勝っても、負けても『行ってよかったな』って感じたい。つまりそれが、ファンの皆さんの気持ちだと思う」
国際大会もTリーグも、真剣勝負であることに変わりはない。
やはり結果はコントロールできないが、だからこそ「勝っても負けても満足してもらう」を追及する必要があると考える。
「もちろん、チームの地元沖縄のファンは大事ですが、めったに来ないアウェーや中立地のファンの方との一期一会も大事にしたい」
子どもとハイタッチする。目が合った観客に、笑顔で手を振る。
ホーム、アウェーを問わず、ファンとの距離を縮める努力をかかさぬようにしている。
「アジアで優勝した意義、かもしれないですけど、今の自分にしかできないことはあるのかなと。『張本が地元に来るから見に行くか』と思ってもらえたら。今の卓球界では知名度がある方なので、卓球やTリーグに興味を持ってもらうきっかけにもなりたいです」
「変化は感じますね」
琉球のチームメートにして、日本代表の先輩にあたる吉村真晴は、静かにうなずく。
かつての張本は、そこまでファンとの関わり合いを重視していなかったようにも思う。
「今は日本のエースとしての自覚があるんだと思います。自分が変われば、みんなが変わると思っている」
自らも2016年のリオ五輪で、日本男子初となる団体での銀メダルを獲得。
世界選手権でも石川佳純とのペアで、日本勢48年ぶりの優勝を果たした。日本卓球の歴史をつくってきたレジェンドだが、張本は特別だと言う。
「出たら勝たないといけないし、背負ったものがあまりにも大きい」
卓球にはオフシーズンがない。
勝負にこだわる緊張感を持ち続けていると、心身がすり減り、やがて限界を迎える。吉村もかつてはそれが理由で、日本代表から離れた時期があった。
今の張本ならなおさらではないか。自らの体験を思い返し、懸念したりもする。
だが一方で「Tリーグから彼が得られるもの」もあると考える。
ひとつは人生の幅だ。
試合のかたわら、観光をする。ご当地グルメに舌鼓を打つ。そうやって気持ちを切り替えたり、視野を広げたりすることは、競技生活を続ける上でとても大事だと感じてきた。
そして何より、全国のファンと触れ合う体験。
これこそが、トップアスリートにとってかけがえのないものだと、吉村は考えている。
「実際に顔を合わせて、これだけの人に応援してもらっていると実感するのは、とても大事だと思うんですよね」
「日の丸を背負い、重圧の中で戦うときこそ『全国各地でたくさんの人が応援してくれている』というのは、何よりの心の支えになる。パワーになるんです」
11月3日。WTTフランクフルト初日。
張本は男子シングルス1回戦で、ナイジェリアのアルナに敗れた。現地メディアは「張本は安定感を欠いている」と評した。
試合で出た結果は、ただただ受け止めるしかない。
自分にコントロールできるのは、自分の頑張りだけ。
そう言い聞かせて、淡々と日々の練習に取り組む。
張本は卓球について、こう語る。
どちらかと言えば趣味のほう
楽しんでやってるほうだと思ってましたけど
趣味でやってるにしては
あまりにも辛いのっていうのは
途中で思ってきたので
趣味っていうのはゲームだったり
自分の好きなこと遊びに行く
大体楽しいことばかりだと思うんですけど
趣味にしては
辛い瞬間のほうが多いかな
楽しい瞬間っていうのは一瞬しかないので
2028年のロサンゼルス五輪を、競技人生の集大成として位置づける。
日本のエースとして、メダル獲得を求められる向きも強まることだろう。
より孤独で、プレッシャーもかかる戦い。
そして、報われる保証もない戦いが、張本を待っている。
技術。フィジカル。練習環境。自分でコントロールできる範囲は、すべて手を尽くしてきた。
だからこそ、だ。吉村が言った「心の支え」が、最後にものをいうことになるかもしれない。
全国各地の会場で、どれだけ多くのファンと接点を持てるか。
自分がたくさんの人に応援されているという実感を、どこまで強めていけるか。
今の張本にしかできない卓球界への貢献、があるように。
Tリーグの会場でしか得られないものは、確かにそこにある。
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